「姉さん。昼間に、新八さんと睦まじくお話しされていたんですって?」
鈴が放ったその一言で、夕餉の空気は一変し、逃げ場のない檻へと変わる。
箸の触れる音も、味噌汁の湯気も、急に遠ざかった。
誰かの目に触れていたのか。
……あるいは、初めから。
「全く。容姿ばかりあの女に似て、いやらしい。男を誘惑する術だけは一人前だこと」
「新八さんから、永太と琴にと、お土産の品をいただいた。それだけです」
「あらぁ、本当にそれだけかしらぁ?」
鈴が口元に手を添え、わざとらしく目を細める。
母の面影を色濃く残すこの顔をなじられるのは、もはや日常の儀式のようなもの。
父も、亡き母も、そして継母も。皆、この集落で生まれ育った者たち。
父が婿入りしてまで母を娶ったこと。
その母が亡くなった直後、後妻の座に収まった継母は、十六年経った今も、母への暗い執念を根に持っているのだ。
「そうだわ!姉さん。せっかくその顔があるのなら、隣町の大店の主とでも縁組すればいいのに!」
「あら、名案ね!そうなれば、我が家も安泰だわ!」
隣町の主といえば、五十を優に超えた男。
それも、過去に四人もの妻が、数日も持たずに逃げ出したという、不吉な噂の絶えない人物。
二人は楽しげに、ありもしない妄想を事実のように塗り固めていく。
まるで、それがもう決まった縁談であるかのように。
父が二人を諌める気配は、微塵もない。
ただ黙々と箸を動かすその背中は、この光景を当たり前の景色として受け入れている。
一度でいい。
こちらを見てほしかった。
けれど、その願いも、とっくに口にするには遅すぎた。
ふと、隣に座る永太と琴に目を向ける。
二人は怯えに瞳を揺らしながら、小さな手で懸命に茶碗を握りしめ、口を動かしていた。
こぼさないように。
叱られないように。
ただそれだけを考えている子どもの顔。
実の母と姉が醜く嘲笑う姿を、この子たちに見せ続けなければならない。
申し訳なさに、胸の奥がぎりりと軋んだ。
鉛を飲み込むような心地で進む夕餉。
味など微塵も感じないまま、ただ胃に流し込み、逃げるようにその場を後にする。
言い返せば、火に油を注ぐだけ。
こうして沈黙を守り、気配を消して立ち去ることだけが、私に許された唯一の抵抗。
背中にまだ鈴の笑い声が刺さっている。
零れた溜息は、夜の寒さに白く溶けて消えた。
鈴が放ったその一言で、夕餉の空気は一変し、逃げ場のない檻へと変わる。
箸の触れる音も、味噌汁の湯気も、急に遠ざかった。
誰かの目に触れていたのか。
……あるいは、初めから。
「全く。容姿ばかりあの女に似て、いやらしい。男を誘惑する術だけは一人前だこと」
「新八さんから、永太と琴にと、お土産の品をいただいた。それだけです」
「あらぁ、本当にそれだけかしらぁ?」
鈴が口元に手を添え、わざとらしく目を細める。
母の面影を色濃く残すこの顔をなじられるのは、もはや日常の儀式のようなもの。
父も、亡き母も、そして継母も。皆、この集落で生まれ育った者たち。
父が婿入りしてまで母を娶ったこと。
その母が亡くなった直後、後妻の座に収まった継母は、十六年経った今も、母への暗い執念を根に持っているのだ。
「そうだわ!姉さん。せっかくその顔があるのなら、隣町の大店の主とでも縁組すればいいのに!」
「あら、名案ね!そうなれば、我が家も安泰だわ!」
隣町の主といえば、五十を優に超えた男。
それも、過去に四人もの妻が、数日も持たずに逃げ出したという、不吉な噂の絶えない人物。
二人は楽しげに、ありもしない妄想を事実のように塗り固めていく。
まるで、それがもう決まった縁談であるかのように。
父が二人を諌める気配は、微塵もない。
ただ黙々と箸を動かすその背中は、この光景を当たり前の景色として受け入れている。
一度でいい。
こちらを見てほしかった。
けれど、その願いも、とっくに口にするには遅すぎた。
ふと、隣に座る永太と琴に目を向ける。
二人は怯えに瞳を揺らしながら、小さな手で懸命に茶碗を握りしめ、口を動かしていた。
こぼさないように。
叱られないように。
ただそれだけを考えている子どもの顔。
実の母と姉が醜く嘲笑う姿を、この子たちに見せ続けなければならない。
申し訳なさに、胸の奥がぎりりと軋んだ。
鉛を飲み込むような心地で進む夕餉。
味など微塵も感じないまま、ただ胃に流し込み、逃げるようにその場を後にする。
言い返せば、火に油を注ぐだけ。
こうして沈黙を守り、気配を消して立ち去ることだけが、私に許された唯一の抵抗。
背中にまだ鈴の笑い声が刺さっている。
零れた溜息は、夜の寒さに白く溶けて消えた。



