鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

「梓様!」

不意に明るい声で名前を呼ばれ、足を止める。
視線を向けると、そこには先ほどの車に同乗していた二人の番の女性が立っていた。

「お二人はここの天幕なんですね」
「はい」
「宜しければ少し、お話ししませんか?私たち、一度梓様とお話しができればと思っていたのです」

その言葉に、ドキリとした。
脳裏をよぎるのは、あの西園寺さんに投げつけられた『相応しくない』という言葉。
ここでも、また身の程知らずだと詰られてしまうのだろうか。

思わず身構える。
けれど、次に視界に入ってきたのは、二人が柔らかな笑みを浮かべ、深々と私に頭を下げる姿だった。

「睦月隊長の番となってくださり、心から感謝申し上げます。ありがとうございます」
「そ、そんな!私の方こそ何も分かっていない身で……。お願いです、頭を上げてください!」
「いいえ……。以前は、もっと……その、一番隊は番の入れ替わりが非常に激しかったのです。ですから、睦月隊長に番ができて、皆安堵していると思います」
「睦月隊長がいるといないとでは、鬼狩りの生存率が全く違いますから」
「もし、番となった鬼狩りが任務で亡くなれば、残された私たちは……」

亡くなる。
その単語が、ずしりと重く胸に沈んだ。
出会ってから今日まで、私は朔夜の怪我を心配することはあっても、彼が死ぬなんて、一度も考えたことがなかった。

けれど、それは単なる幸運に過ぎないのかもしれない。
私が、最強と謳われる一番隊隊長の番になれたからこそ、持たずに済んでいた危機感。
彼女たちは、戦地へ向かう背中を見送るたび、私が想像もできないほど深い不安と対峙し続けているのかもしれない。

「あの……一つ伺ってもよいでしょうか。鬼の目的とは、一体何なのでしょうか」
「……元来、鬼は食料として人間や家畜を襲うだけの存在でした」
「けれど近年は、鬼そのものを増やすことへと目的が変質しているようです」
「鬼を、増やす……」

鬼狩りが鬼を狩り、鬼がまた人を喰らって鬼を増やす。
そんな救いのない絶望的な追いかけっこが、いつ終わるというのだろう。
すべての鬼をこの世から根絶するまで、この拭いきれない不安が付きまとい続けるだなんて。

思わず、朔夜が歩いて行った方へ視線を向けた。
気のせいかもしれないけれど、作戦会議の場がある方から、彼の気配を感じられたような気がした。
さらにその向こうには、鬼に占拠された村がある。
朔夜は、そこへ向かうのだ。

「あ、作戦会議が終わったようですね」
「それでは梓様。また明日も、宜しくお願いしますね」
「はい。こちらこそ……」

歩み寄ってくる副官の方々に会釈をして、二人はそれぞれの天幕へと消えていった。
少し歩いてから振り返ると、仲睦まじそうに、何か話しながら天幕の中へと入っていく二組の姿が見える。
出迎える笑顔や、声を掛ける間も、ごく自然に。

……あの二人は、いつもどんな会話をしているんだろう。

私は、朔夜のために何ができるのだろう。
きっと、私が番としてやるべきことは、ただ血を差し出すこと、それだけではないはず。
なのに、それ以外に何ができるのか、今の私にはまだ分からない。