鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

やがて、敷地内でも一際重厚な威容を誇る建物へと足を踏み入れる。

「到着です!睦月隊長の番様、お連れしました~!!」

彼女の朗らかな声が響くと、室内にいた人々の視線が一斉に私へと集まった。
一瞬の、静まり返るような沈黙。
そして、所狭しと、あちこちからざわめきが広がっていく。

先ほどまでの囁き声とは比較にならないほど注目されている。

「こちらのお部屋ですっ、どうぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってください。……もう少しだけ、声を抑えていただけませんか。なんだか、物凄く見られている気がして……」
「ああっ!申し訳ありません!梓様の事例、この鬼省庁でも本当に珍しいケースでして、皆興味津々なのですよ」
「珍しい……?」
「はい!元々ご夫婦だった方が番になるならともかく、基本的に番はここにある『鬼宿校』で教育を受けた候補生の中から選ばれるものですから」

鬼宿校(きしゅくこう)
耳慣れない言葉が、また一つ増える。
どうりで、目を覚ました時の朔夜が、あんなにも激しく憤ったわけだ。
私は、それほどまでに異質な、掟破りの存在だったのだ。

「では、私は……本来なら、ここにいるはずのない番なんですね」
「ええっと……言い方は少々難しいのですが、前例がとても少ない、と言いますか」
「気を遣わなくて大丈夫です。自分でも、そうなのだろうと思いましたから」
「梓様……」

案内されたのは、落ち着いた意匠の応接室だった。
彼女がテーブルにドサドサと書類を置くと、その量に耐えかねたように、紙束が少しだけ横へ崩れる。
彼女は慌てて両手で押さえ、それから照れたように笑ってソファへ腰掛けた。
私も、戸惑いを隠せないままその向かいに腰を下ろす。

「ええっと、何からご説明しましょうか?」
「……すみません、私、本当に何から何までわからないことだらけで」
「ですよねぇ~!大丈夫ですよ、ゆっくりいきましょう。まずは息をしてください」
「息……」
「はい。ここ、初めて来る方はだいたい空に気を取られて、呼吸を忘れますから」

彼女は眼鏡の奥の瞳を細めて、優しく微笑んだ。
その何気ない冗談に、張り詰めていた肩から、少しだけ力が抜ける。

そもそも番という存在もだし、異界のような『鬼省庁』の仕組み、そして『鬼宿校』という耳慣れない場所。
思考の海に溺れそうになりながら、目の前の書記の少女との対話を整理する。
知りたいことはたくさんあるけど、どんなことよりも、胸の奥に燻る一つの懸念があった。

「あの。私が住んでいた集落がどうなったか……分かりますか?」
「集落、ですか?」
「家族……。弟の永太と、妹の琴と逸れてしまって。どこかの町に逃げていればいいのですが」
「鬼に襲われた区域は、浄化が終わるまでしばらくは立ち入り禁止になるんです」
「立ち入り禁止に……」
「必要でしたら、周囲の宿場町や避難所に確認を取ってみますよ~!」
「……お願いします」

大丈夫。
あの子たちは、きっと無事だ。
そう信じていても、永太と琴のことだけが気がかりでならない。

鬼に襲われたあの夜、私は一度死んだも同然の身だ。
その命を繋いでくれた人のために血を捧げることに、躊躇いはない。

朔夜は一番隊の隊長。
そしてこの子は十二番隊の書記と名乗った。
少なくとも、この組織には十二もの部隊が存在するということなのだろう。

机に並べられた書類に視線を落とすと、役目のこと、規則のことが目に入る。
昨日まで山間の小さな集落しか知らなかった私には、あまりにも広すぎる世界。

迷い、口を開きかけたその時。
ガラッと音を立てて、応接室の扉が開かれた。

「——失礼します」