鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

玄関まで、彼の後を追う。
部屋の設えから察してはいたが、ここは想像を絶する広壮な屋敷だった。
長い廊下の先にはまた別の廊下が続き、磨き込まれた床に行灯の明かりが淡く揺れている。
どれほど多くの部屋を通り過ぎただろう。
玄関の壮大さと、そこに居並ぶ使用人たちの多さに、私は圧倒されるばかり。

不要だと言いつつ、玄関には多くの人が集まっていた。
きっと彼らも、言葉には出さずとも朔夜の身を案じているに違いない。
誰も大きな声は出さない。

無骨な軍靴を履く朔夜の後ろを、私は草履を履いて慌てて追いかけた。

番になった影響なのだろうか。
まだ出会って間もないというのに、この人と離れることに、胸が締め付けられるような不安を覚える。
こんな落ち着かない心地になるくらいなら、いっそどこへでも連れて行ってほしい。
そんな甘えが、ふと胸をかすめる。

けれど、私を守ると言ったこの人は、きっと本当に必要な時以外、私を危険な場へは立たせないのだろう。

「行ってらっしゃい。気を付けてください」
「……」
「……?どうかしましたか?」
「……見送りは不要だと言ったが」

漆黒の外套が、風に揺れる。
朔夜は制帽を深く被り直し、こちらを振り返ることなく、独り言のように言葉を紡いだ。

「——悪くない、気がした」
「……なら、『お帰りなさい』も言わせてくださいね」
「ああ」

短い返事だったけれど、その一音だけで、胸の奥に灯がともる。
私が帰りを待つことを、この人は拒まなかった。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
少しだけ、息がしやすくなる。

短く一言だけ答えて、彼は門の外へと足を踏み出した。
門の向こうには、同じ深紅と黒の制服を纏った隊士たちが、整然と隊長を待ち構えていた。
おそらく、彼が率いる一番隊の人たちなのだろう。

朔夜が先頭に立つと、空気が変わった。
先ほどまで私の額を弾いていた人と、同じ人とは思えない。
誰もがその背に従い、闇の中へ進んでいく。

そのまま、朔夜は一度も後ろを振り返ることなく闇へと消え、バタン、と重厚な音を立てて門が閉ざされた。

「ただ待つだけというのは、想像以上に……辛いかも」

誰に聞かせるでもなく。
ぽつりと零した独白は、冷たい風と共に月夜の静寂へと紛れ、消えていった。