溢れていた涙は止まった。
けれど、代わりに朔夜の真意を測りかねて、言葉を失い俯くことしかできない。
行方不明の二人の安否を最優先に考えなければならないという焦燥。
今、彼から投げかけられた重すぎる言葉。
その二つを、今の私には同時に処理することができない。
「……すまない。今、言うべきことではなかったな」
「あ、あの……」
「心が弱っているところに付け込むような真似はしたくない」
考えがまとまらない。
今も、こうして彼に抱きしめられている。
もし私が今、この腕に抱きしめ返したら——。
そんな迷いを見透かされたように、ゆっくりと身体が引き離される。
二人の間に冷たい風が吹き抜け、混ざり合っていた体温が急速に下がっていく。
その喪失感が、胸の奥を細く締めつけた。
「……もちろん、無理強いはしない。お前の心が決まるまで待つ」
いつも見せる峻烈な無愛想さでも、私をからかうような軽薄な声音でもない。
静かで、慎重で、まるで刃を鞘へ収める時のように丁寧な声。
「俺自身……周囲が皆そうしているから、それが正しいと思い込んでしまっている可能性も、否定はできないが」
私を慰めるためだけの、安っぽい言葉ではない。
なし崩し的に始まった、鬼狩りと番という歪な関係。
そこに、新しい名前と意味を、朔夜は追加しようとしている。
家族。
その言葉は、私にとって温かいだけのものではなかった。
失って、奪われて、それでも手放せなかったもの。
だからこそ、軽々しく受け取るには重すぎる。
「……何より、抱きしめると駄目だな。何もせずとも、無性に血が欲しくなる」
「そ、そうなんですか……?え、あの……噛みますか?」
「お前……っ、そういうところだぞ……!?」
「ええっ、何がですか!?」
「……ふっ、まあいい。少しは落ち着いたみたいで安心した」
言葉の通りに受け取っただけなのに、なぜか彼を呆れさせてしまったようだ。
それでも、がんじがらめになっていた私の心は、この他愛ないやり取りで僅かに解されていく。
朔夜は片膝を立てたまま、無造作に前髪をかき上げた。
その仕草が、戦場で刀を払う時のように自然で、少しだけ見惚れてしまう。
こんな時なのに、と自分を責める気持ちと、それでも彼の存在に救われている自分が、胸の中で静かにぶつかった。
「さっきも言った通りだ。必ず二人を見つけ出す。心配するな」
見つける。
あの子たちは今、どこにいるのだろうか。
こちらから居場所を知らせる術はないけれど、幼い子どもの足だ。
一度辿り着いた町から、そう遠くへは行けないはず。
誰かが保護してくれているかもしれない。
泣き疲れて、どこかの軒下で眠っているかもしれない。
そうであってほしい。
そうでなければ、私はきっと息の仕方すら忘れてしまう。
「……それとも、俺のことが信用できないか?」
「ち、違います!信じています、本当です!」
「ならば、次の任務にはお前も同行しろ。傍で見ていろ」
「任務に、ですか……」
朔夜が戦う場へ。
前回の任務では、私はただこの屋敷で待つことしかできなかった。
何も知らされず、彼の無事を祈り続けるだけの時間は、あまりに長く、辛かった。
もし彼の戦う姿をこの目で見ることができたなら、少しは安心できるのかもしれない。
同時に、あの夜の光景も蘇る。
月下に走った白銀の閃光。
鬼を斬り伏せた、苛烈で静謐な太刀筋。
そして、私を庇って傷ついた背中。
「あの夜は、お前に無様な姿を見せたからな」
ぽんと、頭に大きな手を置かれる。
その掌は温かく、重く、今にも崩れ落ちそうな私をこの場所に繋ぎ止めてくれる。
恐らく、この人はきっと誰よりも強い。
そして、今にも折れそうだった私の心を、彼はその温もりと不器用な優しさで包んでくれている。
「独りではない」という確信が、冷え切った胸の中に、小さな火を灯してくれた。
けれど、代わりに朔夜の真意を測りかねて、言葉を失い俯くことしかできない。
行方不明の二人の安否を最優先に考えなければならないという焦燥。
今、彼から投げかけられた重すぎる言葉。
その二つを、今の私には同時に処理することができない。
「……すまない。今、言うべきことではなかったな」
「あ、あの……」
「心が弱っているところに付け込むような真似はしたくない」
考えがまとまらない。
今も、こうして彼に抱きしめられている。
もし私が今、この腕に抱きしめ返したら——。
そんな迷いを見透かされたように、ゆっくりと身体が引き離される。
二人の間に冷たい風が吹き抜け、混ざり合っていた体温が急速に下がっていく。
その喪失感が、胸の奥を細く締めつけた。
「……もちろん、無理強いはしない。お前の心が決まるまで待つ」
いつも見せる峻烈な無愛想さでも、私をからかうような軽薄な声音でもない。
静かで、慎重で、まるで刃を鞘へ収める時のように丁寧な声。
「俺自身……周囲が皆そうしているから、それが正しいと思い込んでしまっている可能性も、否定はできないが」
私を慰めるためだけの、安っぽい言葉ではない。
なし崩し的に始まった、鬼狩りと番という歪な関係。
そこに、新しい名前と意味を、朔夜は追加しようとしている。
家族。
その言葉は、私にとって温かいだけのものではなかった。
失って、奪われて、それでも手放せなかったもの。
だからこそ、軽々しく受け取るには重すぎる。
「……何より、抱きしめると駄目だな。何もせずとも、無性に血が欲しくなる」
「そ、そうなんですか……?え、あの……噛みますか?」
「お前……っ、そういうところだぞ……!?」
「ええっ、何がですか!?」
「……ふっ、まあいい。少しは落ち着いたみたいで安心した」
言葉の通りに受け取っただけなのに、なぜか彼を呆れさせてしまったようだ。
それでも、がんじがらめになっていた私の心は、この他愛ないやり取りで僅かに解されていく。
朔夜は片膝を立てたまま、無造作に前髪をかき上げた。
その仕草が、戦場で刀を払う時のように自然で、少しだけ見惚れてしまう。
こんな時なのに、と自分を責める気持ちと、それでも彼の存在に救われている自分が、胸の中で静かにぶつかった。
「さっきも言った通りだ。必ず二人を見つけ出す。心配するな」
見つける。
あの子たちは今、どこにいるのだろうか。
こちらから居場所を知らせる術はないけれど、幼い子どもの足だ。
一度辿り着いた町から、そう遠くへは行けないはず。
誰かが保護してくれているかもしれない。
泣き疲れて、どこかの軒下で眠っているかもしれない。
そうであってほしい。
そうでなければ、私はきっと息の仕方すら忘れてしまう。
「……それとも、俺のことが信用できないか?」
「ち、違います!信じています、本当です!」
「ならば、次の任務にはお前も同行しろ。傍で見ていろ」
「任務に、ですか……」
朔夜が戦う場へ。
前回の任務では、私はただこの屋敷で待つことしかできなかった。
何も知らされず、彼の無事を祈り続けるだけの時間は、あまりに長く、辛かった。
もし彼の戦う姿をこの目で見ることができたなら、少しは安心できるのかもしれない。
同時に、あの夜の光景も蘇る。
月下に走った白銀の閃光。
鬼を斬り伏せた、苛烈で静謐な太刀筋。
そして、私を庇って傷ついた背中。
「あの夜は、お前に無様な姿を見せたからな」
ぽんと、頭に大きな手を置かれる。
その掌は温かく、重く、今にも崩れ落ちそうな私をこの場所に繋ぎ止めてくれる。
恐らく、この人はきっと誰よりも強い。
そして、今にも折れそうだった私の心を、彼はその温もりと不器用な優しさで包んでくれている。
「独りではない」という確信が、冷え切った胸の中に、小さな火を灯してくれた。



