鬼に襲われるどうこう以前の話だ。
飢えや孤独を幼い二人が耐えられるはずがない。
琴は暗いだけで泣いてしまう。
永太だって、強がっているだけで、まだ小さな子どもなのに。
まさか、こんなことが——。
「だったら、お前が一緒に連れて行けばよかっただろう!」
「そうよ!自分が逃げ遅れた癖に人のせいにして、一人だけこんな立派なお屋敷でよい暮らしをして……よくそんな顔ができるわね!」
「母さんの言う通りだわ!姉さんこそ、私たちに申し訳ないと思わないの!?私たちがどれだけ苦労してここまで来たか!」
三人の声が、次々に降ってくる。
責められているのは私のはずなのに、まるで別の誰かの話を聞いているようで。
「——っ、私を……!!」
喉が焼けるように熱い。
口にしてしまえば、もう二度と元には戻れないような、そんな言葉が溢れ出しそうになる。
「私を、置いて逃げたのは、あなたたちの方じゃない……っ!!」
あんな恐ろしい目に遭っても、それでも生きたいと思えた。
それは、生きてさえいれば、いつか必ず二人と再会できると信じていたから。
あの子たちの笑顔だけを希望に、私はこの恐ろしい現実の中でも、辛うじて立っていられたのに。
その希望を、目の前の三人は、あまりにも簡単に踏みにじった。
温かい温もりが、肩に感じる。
朔夜の大きな手が、私の震える肩を慰めるように置かれた。
けれど、その掌の奥で、抑え込まれた怒りが静かに震えているのが分かった。
「……せっかくお越しいただいたところ申し訳ありませんが、本日の会食は中止です。お引き取り願えますか」
「い、いや、しかし睦月様、せっかくこうして……」
「俺の番の親族である貴殿らに、手荒な真似はしたくない」
肩に触れる彼の手に、僅かに力が籠もる。
私を支えるためなのか。
それとも、今にも抜き放たれそうな怒りを、自分自身で押さえつけるためなのか。
「聞こえないのか。……二度言わせるな。帰れ」
「……っ、ひいっ!」
朔夜の、底冷えするような冷徹な声が玄関に響き渡る。
さっきまで媚びるように笑っていた父と継母は顔面を蒼白にさせ、逃げるように門へと走っていった。
鈴だけが、一瞬だけ振り返る。
「姉さん。……姉さんだけ、こんなに……。絶対に許さないから」
去り際、鈴の呪いにも似た声が聞こえた気がした。
けれど、今の私にはそんな言葉を撥ね退ける気力さえ残っていない。
足に力が入らず、立ち上がる術も分からない。
玄関の冷たい床に膝をついたまま、私はただ、空っぽになった車の方を見つめ続けていた。
永太。
琴。
名前を呼びたいのに、声が出なかった。
ただ、胸の奥で何かが音もなく崩れていく。
それはきっと、あの日から必死に抱え続けていた、最後の希望だった。
「……すまない。俺の確認不足だった。まさか、身内を切り捨てて報告を上げていたとは……」
顔を上げる。
朔夜の痛ましげな表情が見えた気がした。
次第に視界が涙で歪み、何も見えなくなる。
「永太……琴……。どうしよう、私のせいだ。私が、あの時無理にでも二人を抱えていれば……あの子たちを、ちゃんと……」
「違う!お前のせいではない!」
ぐっと、肩を掴んでいた熱い掌が離れたかと思うと、有無を言わさぬ力で、その胸の中へと抱き寄せられた。
息が詰まるほど強い。
けれど、その強さに寄りかからないと、今にも崩れ落ちそうになる。
「それは違う。それを言うなら……俺が、もう少し早くあの場に到着してさえいれば、こんなことにはならなかった」
「そ、んな……朔夜のせいじゃ……っ」
「俺が、必ず見つけ出す。お前の弟も、妹もだ。約束する」
見つけ出す。
その力強い言葉に縋りたい一方で、冷たい現実が頭をもたげる。
集落が襲撃を受けてから、すでに一週間以上の時間が経ってしまった。
あんなに小さな子どもたちが、鬼から逃げられても、飢えや寒さを凌いでいられるだろうか。
生存の確率は、限りなく無に等しいのではないか。
考えたくない。
けれど、考えずにはいられない。
「二人がいなくなったら、わ、たし……本当の家族が……独りになって……」
「……俺がいる」
「朔夜……?」
「俺が、お前の家族になる。お前を独りにはさせない」
家族に……。
血の繋がりも、共有した時間もほとんどない私と朔夜が、家族になる。
それは番という、契約や役割で縛られただけの関係ではない、もっと別の……。
その名前を私は知っているけれど、口に出すのも躊躇われる……
「え……それ、は……」
「……お前を番として迎えたあの日から、俺はそのつもりでいた」
飢えや孤独を幼い二人が耐えられるはずがない。
琴は暗いだけで泣いてしまう。
永太だって、強がっているだけで、まだ小さな子どもなのに。
まさか、こんなことが——。
「だったら、お前が一緒に連れて行けばよかっただろう!」
「そうよ!自分が逃げ遅れた癖に人のせいにして、一人だけこんな立派なお屋敷でよい暮らしをして……よくそんな顔ができるわね!」
「母さんの言う通りだわ!姉さんこそ、私たちに申し訳ないと思わないの!?私たちがどれだけ苦労してここまで来たか!」
三人の声が、次々に降ってくる。
責められているのは私のはずなのに、まるで別の誰かの話を聞いているようで。
「——っ、私を……!!」
喉が焼けるように熱い。
口にしてしまえば、もう二度と元には戻れないような、そんな言葉が溢れ出しそうになる。
「私を、置いて逃げたのは、あなたたちの方じゃない……っ!!」
あんな恐ろしい目に遭っても、それでも生きたいと思えた。
それは、生きてさえいれば、いつか必ず二人と再会できると信じていたから。
あの子たちの笑顔だけを希望に、私はこの恐ろしい現実の中でも、辛うじて立っていられたのに。
その希望を、目の前の三人は、あまりにも簡単に踏みにじった。
温かい温もりが、肩に感じる。
朔夜の大きな手が、私の震える肩を慰めるように置かれた。
けれど、その掌の奥で、抑え込まれた怒りが静かに震えているのが分かった。
「……せっかくお越しいただいたところ申し訳ありませんが、本日の会食は中止です。お引き取り願えますか」
「い、いや、しかし睦月様、せっかくこうして……」
「俺の番の親族である貴殿らに、手荒な真似はしたくない」
肩に触れる彼の手に、僅かに力が籠もる。
私を支えるためなのか。
それとも、今にも抜き放たれそうな怒りを、自分自身で押さえつけるためなのか。
「聞こえないのか。……二度言わせるな。帰れ」
「……っ、ひいっ!」
朔夜の、底冷えするような冷徹な声が玄関に響き渡る。
さっきまで媚びるように笑っていた父と継母は顔面を蒼白にさせ、逃げるように門へと走っていった。
鈴だけが、一瞬だけ振り返る。
「姉さん。……姉さんだけ、こんなに……。絶対に許さないから」
去り際、鈴の呪いにも似た声が聞こえた気がした。
けれど、今の私にはそんな言葉を撥ね退ける気力さえ残っていない。
足に力が入らず、立ち上がる術も分からない。
玄関の冷たい床に膝をついたまま、私はただ、空っぽになった車の方を見つめ続けていた。
永太。
琴。
名前を呼びたいのに、声が出なかった。
ただ、胸の奥で何かが音もなく崩れていく。
それはきっと、あの日から必死に抱え続けていた、最後の希望だった。
「……すまない。俺の確認不足だった。まさか、身内を切り捨てて報告を上げていたとは……」
顔を上げる。
朔夜の痛ましげな表情が見えた気がした。
次第に視界が涙で歪み、何も見えなくなる。
「永太……琴……。どうしよう、私のせいだ。私が、あの時無理にでも二人を抱えていれば……あの子たちを、ちゃんと……」
「違う!お前のせいではない!」
ぐっと、肩を掴んでいた熱い掌が離れたかと思うと、有無を言わさぬ力で、その胸の中へと抱き寄せられた。
息が詰まるほど強い。
けれど、その強さに寄りかからないと、今にも崩れ落ちそうになる。
「それは違う。それを言うなら……俺が、もう少し早くあの場に到着してさえいれば、こんなことにはならなかった」
「そ、んな……朔夜のせいじゃ……っ」
「俺が、必ず見つけ出す。お前の弟も、妹もだ。約束する」
見つけ出す。
その力強い言葉に縋りたい一方で、冷たい現実が頭をもたげる。
集落が襲撃を受けてから、すでに一週間以上の時間が経ってしまった。
あんなに小さな子どもたちが、鬼から逃げられても、飢えや寒さを凌いでいられるだろうか。
生存の確率は、限りなく無に等しいのではないか。
考えたくない。
けれど、考えずにはいられない。
「二人がいなくなったら、わ、たし……本当の家族が……独りになって……」
「……俺がいる」
「朔夜……?」
「俺が、お前の家族になる。お前を独りにはさせない」
家族に……。
血の繋がりも、共有した時間もほとんどない私と朔夜が、家族になる。
それは番という、契約や役割で縛られただけの関係ではない、もっと別の……。
その名前を私は知っているけれど、口に出すのも躊躇われる……
「え……それ、は……」
「……お前を番として迎えたあの日から、俺はそのつもりでいた」



