鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

「……不快な思いをさせたな」

なんと声をかければよいのか。
聞きたいことは山ほどある。
けれど、今彼に贈るべき言葉は、安っぽい慰めなどではない気がした。
鉄の仮面のように無表情を貫く彼の瞳の奥に、私は確かに、深い泥濘のような哀しみを見たから。

「吸ってください!いくらでも、私の血を……!」

衝動のまま、朔夜の首元に腕を回すと、強引に自分の首筋へと引き寄せる。
彼の肩が、ほんのわずかに強張るけど、それでも離さなかった。

私は被害者ではない。
そして、この人も加害者などではない。
誰に脅迫されたわけでもない。懇願されてもいない。
私自身の意志で、この人に命の一部を分かち合うと決めたのだから。

「私が、絶対に貴方を鬼になどさせません!貴方は、私と共に、一人の人間として生きるんです……!」

抱きしめたその身体は、戦う男そのもの。
想像していたよりもずっと大きく、熱く、力強い。
なのに、どこか痛々しい。

抱きしめているはずなのに、いつの間にか私の方が、彼の大きな存在感に抱きしめられているような——そんな、不思議な包容感に包まれていた。

「……阿呆(あほ)。俺が誰だと思っている。鬼狩りの一番隊隊長だぞ」
「むっ。それが何だというんですか。隊長であっても、人間でしょう?」
「そうだな。まずは、鬼狩りと番の関係について、一から学んでもらう必要がありそうだな」

不意に彼の手が私の腕に添えられ、身体をそっと離した。
離れた途端、首筋に残る熱が、やけにはっきりと意識してしまう。

「あ、あのっ!私の家族がどうなったのか知りたいんです。知る方法はありますか?」
「お前、独りじゃなかったのか?」
「……その、家族は、先に逃げてもらっていて……」
「俺は、今夜から任務で数日間、皇都を離れる」
「え!?……私は、どうすれば?」
鬼省庁(きしょうちょう)の庁舎へ話を通してある。明朝、向かうといい。家族のことも聞けるはずだ」
「あの、それもですけど、先ほど、鬼狩りの場にも連れて行くって……!」
「ああ。だが、今回は番を必要とするほどの鬼ではない。番は、留守番だ」

留守番。
その言葉に、どこかで安堵している自分に気づく。

いけない。
たった今、鬼にさせないと言い切ったばかりなのに。
こんな逃げ腰では、鬼と戦う彼の番など到底務まらない。

「でも、本当に大丈夫ですか?その、怪我とか……」
「舐めるなよ。俺は、強い」

そう言って、彼は子どもをあやすように、私のおでこを指先でぴん、と弾いた。

「っ!痛っ……!」

軽い痛みなのに、妙に胸まで響く。

強い。
確かに、この人は強いのだろう。
あの日、月光の下で迷いなく鬼を斬り伏せたあの光景は、今も私の網膜に鮮烈に焼き付いている。
目で追うこともできないほどの速さのまま、一瞬で鬼を斬り伏せていた。

それでも——あの日、私を庇って深手を負ったのも、また事実なのだ。

これから先。
戦地へと向かうこの人の背中を、私は幾度、こうして見送ることになるのだろう。

「そろそろ、向かう」
「あ、私もお見送りに……」
「わざわざ不要だと言っただろう」
「でも。『行ってらっしゃい』くらい、言わせてください」
「……そうか」