鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

「いい加減、落ち着いたらどうだ」
「だって、もし途中で道に迷ったりしていたら……」
「迎えの車を差し向けている。迷うわけがないだろう」

呆れを隠さない低い声が、広々とした玄関に響く。
けれど、落ち着けと言われても土台無理な話。
あの日、地獄のような惨状の中で生き別れた家族の無事がようやく分かり、今日、ここで再会できるのだから。

車が到着するのはまだ先だと分かっていても、じっとしていられない。
何度も何度も玄関と門の間を往復しては、遠くの道の先を覗き込んでしまう。
砂利を踏む音が落ち着きなく行ったり来たりして、自分でもおかしいくらいだった。

二人は、この数日間ちゃんと食事を摂れていたのだろうか。
ひもじい思いをして泣いてはいなかったか。
夜は慣れない避難所で安眠できていたのだろうか。
暖かくなってきたとはいえ、寒い夜には三人で身を寄せ合い、お互いの体温だけを頼りに眠ったあの夜の感覚が、昨日のことのように鮮明に思い出される。

琴は、怖がるとすぐ私の袖を握る。
永太は、泣きたいのを我慢して、いつも唇をきゅっと結ぶ。
あの子たちが今、誰の手を握っているのか。
そう考えるだけで、胸が落ち着かない。

「……朔夜は、お部屋で待っていてもいいですよ」
「気にするな。ここで待つ」

玄関の上がり框に腰を下ろしているということは、彼は私に最後まで付き合うつもりなのだろう。
軍服ではなく着物姿なのに、その座り方には隙がない。

「お前が小動物のようにそわそわと動き回っているのも、見ていて飽きないしな」
「……それ、絶対に面白がっていますよね」
「楽しいと言っているんだ。褒め言葉として受け取っておけ」

私は少しだけ口を尖らせながら、朔夜の隣に膝を抱えて座った。
黙っていると、また立ち上がって門まで走ってしまいそうだったから。

「ねぇ、朔夜には、あのお姉様以外にご兄弟はいないんですか?」
「……離れて暮らしてはいるが、弟と妹がいる」
「そうなんですね。……いつか、お会いできるんでしょうか」

このお屋敷に来て、朔夜のお母様に会ったのはあの一度きり。
あの時の張り詰めた空気から察するに、家族仲は決して良好とは言えないのかもしれない。
それは、長い間継母や義妹の鈴と上手く過ごせず、常に疎外感を感じてきた自分自身の境遇と、どこか重なるような気がした。

「少しずつでもいいから、お互いのこと、知っていきたいんです」
「……なぜだ。役割としての番を全うするだけなら、不要な知識だろう」
「だって、私たちはずっと一緒にいるのでしょう?契約だけじゃない、何か……確かなものを築いていきたいんです」
「……そう、だな。確かに、お前の言う通りだ」

つい先日までは、お伽話や伝承の中だけの存在だと思っていた鬼。
そして、それを狩る人々。
明日の命さえ保証されない世界だけれど、それでも、遠い先の未来について語り合うことは、今の私たちにとって何より必要なことに思えた。

そんな取り留めのない対話を重ねていると、やがて遠くから車の音が近づいてきた。

「来た……っ!?」

勢いよく立ち上がると、居ても立ってもいられず門に向かって駆け出す。

「門の外へは出るなよ!」
「はい、分かっています!」

あぁ、やっと、やっと二人に会える。
永太、琴。
込み上げる涙を堪え、停車した車の扉が開くのを、祈るような心地で見守った。

……けれど。
車から降りてきたのは、期待していた小さな影ではなく、父と継母、そして鈴の姿だけだった。

「梓!でかしたぞ、お前は我が家の誉れだ!」
「なんて、なんて大きなお屋敷なの……!」

再会を喜ぶ言葉などひとかけらもない。
父と継母は欲望を隠そうともしないぎらついた瞳で私を眺めると、土足同然の勢いで屋敷の中へ踏み込んでいった。
二人の視線は、私ではなく、玄関の柱や敷かれた絨毯、奥に見える調度へと忙しなく滑っている。

「姉さん、本当に……男性に取り入るのだけは、お・じょ・う・ず・なのね。感心しちゃうわ」

すれ違いざまに投げつけられた、鈴の棘を含んだ囁きにはっと我に返り、車の中を覗き込む。
けれど、そこにも永太と琴の姿はなかった。
私は凍りついたように立ち尽くし、慌ててその後を追いかけた。

「いやぁ睦月様、逸れた時はどうなることかと思いましたが、まさかこんな立派な御方に拾われていたとは!運のよい娘だ!」
「本当にお恥ずかしい限りですわ。こちらこそ、至らぬ娘がお役に立てておりますでしょうか」
「とんでもないです。彼女にはいつも助けられてます」
「そんなご謙遜を!どうぞ、煮るなり焼くなり好きに使ってやってください!」
「そうですわぁ。丈夫なことくらいしか取り柄がございませんから」

私の存在など透明な置物であるかのように、二人は朔夜との談笑に興じている。
屋敷の調度品を品定めするように見回す継母と鈴。
その姿を目の当たりにして、一度は消えたと思っていた不安が、再び胸の内に湧き上がった。

「——今後のことにつきましては、当家が責任を持って援助いたします」
「本当ですか!それはありがたい!」
「はい。衣食住はもちろん、必要であれば敷地内に別宅を構える用意もございます」

朔夜の提案に、父と継母の目の色が変わったのが分かった。
まさか。
いくら何でも、そんなはずはない。
だって、あの子たちはまだ幼い。
二人を置いて、自分たちだけがここへ来るなんて。

嫌な予感が脳裏を掠め、焦る気持ちだけが膨らんでくる。

「待って!父さん!永太と琴は?二人はどうしたの!?」