鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

暖簾を潜り、案内された席についてしばらくすると、目の前には瑞々しいざる蕎麦と、揚げたての天ぷらが次々と運ばれてきた。

大きなかき揚げに、立派な海老、旬の山菜や白身魚。
それらが、黄金色の薄衣を纏って、まるでひと皿の景色のように美しく盛られている。
衣の端からは、触れる前からサクッと小さな音が聞こえる気がした。
村では決して拝めないような豪華な御馳走を前に、思わず感嘆の声が漏れてしまう。

「わぁ……、綺麗……」
「温かいうちに食べろ。衣が湿けては台無しだ」
「あ、はい。……ありがとうございます」

目の前の朔夜が、静かに両の手を合わせ、ゆっくりと瞼を閉じる。

「いただきます」

まっすぐに伸びた背筋。
指先の先まで行き届いた、無駄のない動き。
なんて美しい光景なのだろうと、息をすることさえ忘れて見惚れてしまう。
箸を持つ指先の形さえ、それはあまりにも優雅で、この人の育ちのよさが垣間見える気がした。

「……いただきます」

そんな彼の振る舞いを見ていると、自然と私の背筋も伸びるような気がする。

ズズッ、と蕎麦を啜る音が二人の間に流れる。
細く締まった蕎麦は喉越しがよく、つゆの香りと山葵の辛味がツンっと鼻に抜けた。
天ぷらに箸を伸ばせば、薄衣がさくりと崩れ、熱と旨みが口の中に広がっていく。

新しい服のお礼。
そして、この美味しい食事のお礼。
言わなければならないことが山積みだというのに、食べるのが先か、話すのが先か。
迷っているうちに、どう切り出していいのか分からなくなってしまう。

「そう言えば——お前の家族が見つかった」

不意に投げかけられた言葉に、私の動きが止まる。
箸で摘んでいた蕎麦が、つゆの中へ静かに落ちた。

「えっ!?本当ですか……っ!?」
「あぁ。先ほど報告書を届けた際に、管轄の部隊から連絡があった。生存者名簿との照合が済んだそうだ」

その一言で、胸を塞いでいた重い石が、音を立てて崩れ去った。
安堵と喜びが綯い交ぜになり、視界が熱い涙で滲んでいく。

「よかった……本当に、よかった……っ!」
「明日の昼過ぎ、屋敷に来るように手配も済ませてある」
「ありがとうございます……っ!ずっと心配で、私だけがこんなによいものばかり食べていて、申し訳なくて……!」
「そうか。ならば、明日は彼らの分も食事を用意させよう」

こんなに美味しい蕎麦は、生まれて初めてだ。
永太と琴にも、お腹いっぱい食べさせてあげたい。
あの子たちが目を丸くして、熱い天ぷらをふうふう冷ます姿を想像しただけで、また涙が込み上げそうになる。

「あ、あの……大切な番装束を汚してしまったのに、新しい服まで、あんなに沢山……」
「気にするな。用意させておいた服に一度も袖を通していないと聞いていた。……気に食わなかったか?」
「そういうわけじゃありません!ただ、あんなに高価なものを、本当に私なんかが着てよいものか分からなくて……」
「すべてお前のものだ。番としての『正当な報酬』だと思って受け取れ」
「報酬!?いえ、それにしたってもらい過ぎですよっ!?」

私がここ数日でやったことといえば、出会った夜に血を分けたことくらい。
それからは、暖かい布団、美味しい食事、そして真新しい贅沢な衣服。
家事の手伝いを申し出ても、使用人の方々に「梓様のお仕事は心身を休めることです」と丁重に断られてしまう。

休むことが仕事だなんて、そんな贅沢を、私はまだ上手く受け取れない。
何かをしなければ。
役に立たなければ。
そうでなければ、ここにいてはいけない気がしてしまう。

「……足りないくらいだ」

蕎麦湯を飲みながら、彼は何でもないことのように、すべてが当然であるかのようにさらりと続けた。

「お前の家族のことも心配するな。俺がすべて面倒を見る」

正直、助かる。
それはもう、痛いほどに。
私自身のことはどうなってもいい。
けれど、幼い永太と琴に、これからの未来、学校へ通う機会を与えてあげられたなら。
私が与えられたこの贅沢を、すべて二人に分け与えられたなら——。

けれど、困る。
何もしていないのに、こんなによくしてもらってばかりでは。

この人にとって、私は鬼狩りと番というだけの関係。
それ以上でも、それ以下でもないはずなのに。
私の方だけ何か、取り返しのつかない形に変わってしまいそうな気になってしまう。

言語化できない熱い感情が、胸の奥に降り積もっていく。
そんなやり場のない気持ちもすべて、このお蕎麦と一緒に飲み込んでしまえたらいいのに。
そんなことを考えながら、残りのお蕎麦を口に含んだ。

「……これも、番を得たからなのだろうか」
「?何がですか……?」
「お前が、どうしようもなく——可愛く見える時がある」
「ぶっ……!なっ!?!?」

思わずお蕎麦を吹き出しそうになり、私は慌てて器を机に置いた。
あまりの衝撃に、顔が火を噴きそうなほど熱くなる。
今、この人は何を言ったのだろう。
可愛い。
私を。
この私を。

「……なぜだ?」
「そ、そんなのっ、私に分かるわけがないです……っ!」
「それもそうか」

不思議そうに小首を傾げられても困る。
何を考えているのか、何に納得したのか。
冗談を言っているようにも、私を試そうとしているようにも見えない。
ただ、混じりけのない純粋な疑問として、彼はその言葉を口にしたのだ。

「朔夜は……そういうことを、簡単に言いすぎです」
「簡単に言ったつもりはない」
「なおさら困ります……!」

先に食べ終えた朔夜が、まっすぐな瞳で私を見つめている。
その視線には、戦場で鬼を射抜く時のような鋭さはない。
けれど、逃げ場がないという意味では、あの紅い眼差しよりもずっと厄介だった。

それだけで、もう、お蕎麦の味も、天ぷらのサクサクした食感も、すべてがどこか遠くへ消え去ってしまう。

「伸びるぞ」
「誰のせいだと思っているんですか……っ」

小さく抗議すると、朔夜はほんのわずかに口元を緩めた。
その表情を見るだけで、ますます胸が苦しくなる。

困る。
本当に、困る。

この人が無自覚に優しくするたびに。
何でもない顔で、私の心臓を跳ねさせるたびに。
私は、自分の気持ちがもう変わり始めているのだと、嫌でも思い知らされてしまうのだから。