鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

朔夜と肩を並べ、再びあの不可思議な極彩色の空間へと足を踏み入れた。

前回来た時よりも、周囲からの視線は一層鋭く、肌を刺すような熱を帯びている。
けれど隣を歩く朔夜は、そんな喧騒など露ほども気にする素振りを見せない。
堂々とした足取りで、まっすぐ前だけを見ている。

「あそこに見えるのが金物屋だ。その隣には雑貨屋に呉服店、薬問屋も揃っている」
「あちらは子どもたちの手習所、その奥に公園もある」
「もう少し足を延ばせば、総合病院や、鬼狩りと番が住む宿舎が見えてくる」
「店屋物は好きか?蕎麦屋に焼き鳥屋、洒落た喫茶店……居酒屋も悪くない」

無愛想にただ歩くだけかと思っていたのに、予想外の手厚い案内。
彼はあちらこちらを身振り手振りで示しながら、どこか楽しげな声音でこの街の様子を教えてくれる。
その横顔を見上げると、胸の奥が少しだけ温かい。

「朔夜。私、まだお酒を嗜める年齢じゃないですよ」
「……あぁ、そうだったな。つい忘れていた」
「でも、いつか飲めるようになったら、その時は連れてきてくださいね」
「構わない。約束しよう」

約束。
その一言が、何でもない会話の中で小さく光った。

すれ違う人々が幾度も振り返り、こそこそと耳打ちし合う声が絶えない。
それでも、不思議と不快な言葉が胸に届くことはなかった。
彼の心地よい声が、雑音のすべてを優しく掻き消してくれていたから。

「それにしても、立派な病院まであるんですね。本当に、一つの街が丸ごとあるみたい」
「そうだな。ここから一歩も出ずとも、生活が事足りるようには整えられている」

手厚い保護、と言えば聞こえはいい。
けれどそれは裏を返せば、鬼狩りも、その命の鍵を握る番も、結界の外では常に死と隣り合わせであるということ。
彼らを鬼の標的から遠ざけるために、過剰なほどに快適に作られているのかもしれない。

美しい街。
けれど、ここは同時に、守られなければ生きられない者たちの檻。
そんなふうに思えてしまう。

「——少し、報告書を出してくる。ここでしばらく待っていてくれ」
「はい」

案内されたのは、整然と並ぶ隊舎の一つだった。
一番隊の隊舎は、他の部隊に比べてどこか小ぶりで、実利を重んじた質素な構えに見えた。
途中で見かけた、後方支援を担う隊舎の四分の一ほどの大きさだろうか。
あちらは行き交う人も多く、華やかな女性隊員たちの姿も目立っていた。

今日は休養日だからか、一番隊舎の中は最低限の当番兵しかいないようで、静まり返っている。
私の履いているブーツの爪先の音だけが、所在なさを強調するように高い天井へと響き渡った。
あまりにも静かで、一人だけ取り残されたような心地になる。

「あの……。睦月隊長の、番様でしょうか?」
「はい……、そうですが」

声を掛けられ振り返ると、そこには見覚えのある装束を纏った少女が立っていた。
番候補の証である、鮮やかな朱色の衣装。
私よりも四、五歳は年下だろうか。
幼さの残る少女は、祈るように両手をぎゅっと握りしめている。

「ええと……、睦月隊長に、こちらへお呼びするようにと頼まれまして……」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「……どうぞ、こちらです」

言われるがまま、私は彼女の後を付いて歩き出した。
隊長の番というのは、これほどまでに若い子を緊張させる相手なのだろうか。
前を歩く彼女の細い肩は強張っている。
歩幅もどこかぎこちなく、その横顔は焦燥か、何かに怯えているようにも見えた。

「大丈夫ですか?」
「え……」
「顔色が、あまりよくないように見えたので」
「……っ」

少女は一瞬だけ唇を噛んだ。
けれど、すぐに作り笑いのようなものを浮かべ、視線を伏せる。

「……こちらのお部屋です」

案内された部屋の扉が、ガラッと重い音を立てて開かれる。

「……っ、ごめんなさいっ!」
「え?」

謝罪の言葉に耳を疑い、振り返ろうとしたその時、背後から無数の手が伸びるのが見え、抗う間もなく暗い部屋の中へと乱暴に押し込められる。

「っつ……!痛っ……」

無防備に前から倒れ込み、掌を擦りむく。
ジンジンと痛む膝を摩りながら、必死に体を起こして視線を上げる。

明かり一つ点いていない、澱んだ空気の漂う薄暗い一室。
扉の外から、慌ただしく人の気配が遠ざかっていく。
窓際に立つその人物は、逆光に照らされて表情を読み取ることができない。

「睦月様の隣に立つ覚悟もなく、こんな場所まで無防備に足を踏み入れるなんて」

けれど、その高く凛とした、冷え切った声音には聞き覚えがあった。

「警戒心の欠片もない。睦月様の番として、やはりあなたは相応しくない」
「あなたは……確か、西園寺さん、でしたよね?」

払うように膝を叩きながら、ゆっくりと立ち上がる。
擦りむいた掌が、じくじくと痛む。
けれど、その痛みのおかげで、逆に頭は少し冷えた。

一方的に見下されたままでは、何もかもを奪われてしまう。
そんな本能的な危機感が、私の背筋を正させた。
努めて冷静を装い、震える声を抑えながら言葉を選ぶ。

「……それを言いたいだけなら、もう戻ってもいいですか」
「いいえ。用件はまだ終わっていないわ」