言葉を失った彼を、私はじっと見据えた。
後悔などしていない。
私は、決して間違ったことはしていないはずだ。
もし、あの時に戻ったとしても。
私は、再び迷わず彼の苦しみを受け入れただろう。
「……先ほど、何を言いかけた」
気まずそうな沈黙を破り、彼が声を低めて尋ねてきた。
怒鳴った直後のせいか、その声にはまだ熱が残っている。
けれど、先ほどより少しだけ角が取れていた。
「貴方の、お名前を教えていただきたくて」
「……睦月、朔夜だ」
「朔夜、さん」
「朔夜でいい。睦月は、鬼狩り一番隊隊長としての、いわば称号のようなものだ」
「……鬼狩り。本当に、夢じゃないんだ……」
眠りに落ちる前の光景が、脳裏を掠める。
家族に棄てられ、異形の鬼に襲われた、あの絶望。
助けられ——そして、首筋を。
そっと、噛み痕の残る首筋に指を添えると、そこには微かな、けれど確かな熱が宿っていた。
指先でなぞっただけで、あの時の息遣いが蘇る。
甘美なまでの苦痛。
彼の腕の強さ。
牙が食い込むと同時に流れ込んできた、言葉にならない孤独。
私の体温が、じりじりと上昇していく。
「……痛むか」
伸ばされた彼の手が、私の首筋に添えられた手の上に、重なるように置かれた。
その大きな手は、驚くほど繊細な体温を帯びている。
刀を握る人の手なのに、触れ方は壊れ物に触れるそれだった。
「あ、いえ。痛みは、全く……」
「そうか……」
あまりの勢いで忘れていたけれど。
先ほど、彼は「鬼狩りの伴侶でもないのに」と言わなかっただろうか。
「あの……伴侶以外が番となったら、どうなるんですか?」
「……他の隊員は、便宜上そうしている者が多いというだけの話だ。決して、決まりではない」
「そうなんですね。……もし、朔夜さんに心に決めた御方がいらしたら、申し訳ないと思って」
「ぷっ……。くくっ、お前、まず気にするのはそこか?」
あ、笑った。
初めて出会った時は、鉄の面のような無表情。
次に見たのは、死線を彷徨う苦悶の表情。
そして、今の激昂。
そのどれとも違う、ほんの少しだけ緩んだ口元。
彼が見せた初めての柔らかな表情に、不意に鼓動が跳ねた。
「案ずるな。そのような存在は、俺にはいない」
後悔などしていない。
私は、決して間違ったことはしていないはずだ。
もし、あの時に戻ったとしても。
私は、再び迷わず彼の苦しみを受け入れただろう。
「……先ほど、何を言いかけた」
気まずそうな沈黙を破り、彼が声を低めて尋ねてきた。
怒鳴った直後のせいか、その声にはまだ熱が残っている。
けれど、先ほどより少しだけ角が取れていた。
「貴方の、お名前を教えていただきたくて」
「……睦月、朔夜だ」
「朔夜、さん」
「朔夜でいい。睦月は、鬼狩り一番隊隊長としての、いわば称号のようなものだ」
「……鬼狩り。本当に、夢じゃないんだ……」
眠りに落ちる前の光景が、脳裏を掠める。
家族に棄てられ、異形の鬼に襲われた、あの絶望。
助けられ——そして、首筋を。
そっと、噛み痕の残る首筋に指を添えると、そこには微かな、けれど確かな熱が宿っていた。
指先でなぞっただけで、あの時の息遣いが蘇る。
甘美なまでの苦痛。
彼の腕の強さ。
牙が食い込むと同時に流れ込んできた、言葉にならない孤独。
私の体温が、じりじりと上昇していく。
「……痛むか」
伸ばされた彼の手が、私の首筋に添えられた手の上に、重なるように置かれた。
その大きな手は、驚くほど繊細な体温を帯びている。
刀を握る人の手なのに、触れ方は壊れ物に触れるそれだった。
「あ、いえ。痛みは、全く……」
「そうか……」
あまりの勢いで忘れていたけれど。
先ほど、彼は「鬼狩りの伴侶でもないのに」と言わなかっただろうか。
「あの……伴侶以外が番となったら、どうなるんですか?」
「……他の隊員は、便宜上そうしている者が多いというだけの話だ。決して、決まりではない」
「そうなんですね。……もし、朔夜さんに心に決めた御方がいらしたら、申し訳ないと思って」
「ぷっ……。くくっ、お前、まず気にするのはそこか?」
あ、笑った。
初めて出会った時は、鉄の面のような無表情。
次に見たのは、死線を彷徨う苦悶の表情。
そして、今の激昂。
そのどれとも違う、ほんの少しだけ緩んだ口元。
彼が見せた初めての柔らかな表情に、不意に鼓動が跳ねた。
「案ずるな。そのような存在は、俺にはいない」



