「え……」
次々に、逃げ遅れた村人たちが物言わぬ肉塊へと変わっていく。
迫り来る影が、月光を浴びて血飛沫を撒き散らしているのが見えた。
倒れた誰かの手が、助けを求めるように宙を掻き、その手さえも踏み砕かれた。
逆光の中で蠢くそれは、明らかに人間ではない。
頭上には禍々しい角が二本、天を突いている。
濡れた牙の隙間から、獣じみた息が白く漏れていた。
鬼だ——。
獲物を嬲り殺すことを楽しむかのように、一歩、また一歩と、血の轍を引きながら近づいてくる。
大きな足が地を踏むたび、土に染みた血がぐちゃりと音を立てた。
ああ、あそこで物言わぬ姿になった人々と同じように、私はここで終わるのだ。
けれど、もう、それでもいいのかもしれない。
ただ一つ。
『行かないよ。……永太と琴が大人になるまで、お姉ちゃんはずっと、二人のそばにいるから』
あの子たちと交わした約束を守れないことだけが、それだけが心残り。
あの小さな手を、最後まで握ってやれなかった。
それが、どうしようもなく悔しかった。
「ごめんね……永太、琴……」
静かに、すべてを諦めて瞼を閉じようとした、その刹那。
一陣の烈風が、私の頬を掠めて吹き抜けた。
闇の中に鋭い白銀の閃光が幾筋も走る。
まるで、夜そのものを裂く太刀筋だった。
上段から振り下ろされた刃が、返す勢いで横へ流れ、さらに身を沈めた足捌きから、迷いのない一閃が走る。
圧倒的な威圧感を放っていた鬼が、音も立てずに崩れ落ちた。
何が起きたのか、わからない。
身じろぎもできず、瞬きをすることさえ忘れていた。
私の足元へ、みるみるうちに温かい鮮血が広がっていく。
鉄錆びた匂いが、冷たい夜気に混じった。
目の前に立つ、抜き身の刀を提げた男が、静かにこちらを振り向いた。
鋭く、そして紅く。
月の光に当てられたように光るその眼光から、目が逸らせない。
本来なら恐ろしいと思うはずのその光景。
命を奪う化け物を屠ったその人を、私は——。
月を背負い、静寂の中に佇むその姿を、あまりにも美しいと思ってしまったのだ。
そのあまりに苛烈で、静謐な光景に息を呑むことしかできなくて。
私はただ、その場に縫い付けられて見惚れていた。
瞬きすら惜しんで見つめていたはずなのに。
不意に、彼の姿が掻き消えた。
私の髪を烈風が揺らし、すぐ傍らでビシャッと耳障りな音が弾ける。
頬を伝い落ちる、ぬるりとした水滴の感触。
それが、物言わぬ肉塊へと成り果てた鬼の返り血であることは、鼻を突く匂いですぐに知れた。
鉄錆びた臭気と、生温い飛沫。
けれど、それを拭うことすら忘れたまま、私はゆっくりと隣へ視線を向ける。
鬼の存在すら半信半疑だった私でさえ、噂に聞いたことがある。
曰く、鬼を討つために、鬼の力をその身に宿し、鬼を狩る人たちがいると。
次々に、逃げ遅れた村人たちが物言わぬ肉塊へと変わっていく。
迫り来る影が、月光を浴びて血飛沫を撒き散らしているのが見えた。
倒れた誰かの手が、助けを求めるように宙を掻き、その手さえも踏み砕かれた。
逆光の中で蠢くそれは、明らかに人間ではない。
頭上には禍々しい角が二本、天を突いている。
濡れた牙の隙間から、獣じみた息が白く漏れていた。
鬼だ——。
獲物を嬲り殺すことを楽しむかのように、一歩、また一歩と、血の轍を引きながら近づいてくる。
大きな足が地を踏むたび、土に染みた血がぐちゃりと音を立てた。
ああ、あそこで物言わぬ姿になった人々と同じように、私はここで終わるのだ。
けれど、もう、それでもいいのかもしれない。
ただ一つ。
『行かないよ。……永太と琴が大人になるまで、お姉ちゃんはずっと、二人のそばにいるから』
あの子たちと交わした約束を守れないことだけが、それだけが心残り。
あの小さな手を、最後まで握ってやれなかった。
それが、どうしようもなく悔しかった。
「ごめんね……永太、琴……」
静かに、すべてを諦めて瞼を閉じようとした、その刹那。
一陣の烈風が、私の頬を掠めて吹き抜けた。
闇の中に鋭い白銀の閃光が幾筋も走る。
まるで、夜そのものを裂く太刀筋だった。
上段から振り下ろされた刃が、返す勢いで横へ流れ、さらに身を沈めた足捌きから、迷いのない一閃が走る。
圧倒的な威圧感を放っていた鬼が、音も立てずに崩れ落ちた。
何が起きたのか、わからない。
身じろぎもできず、瞬きをすることさえ忘れていた。
私の足元へ、みるみるうちに温かい鮮血が広がっていく。
鉄錆びた匂いが、冷たい夜気に混じった。
目の前に立つ、抜き身の刀を提げた男が、静かにこちらを振り向いた。
鋭く、そして紅く。
月の光に当てられたように光るその眼光から、目が逸らせない。
本来なら恐ろしいと思うはずのその光景。
命を奪う化け物を屠ったその人を、私は——。
月を背負い、静寂の中に佇むその姿を、あまりにも美しいと思ってしまったのだ。
そのあまりに苛烈で、静謐な光景に息を呑むことしかできなくて。
私はただ、その場に縫い付けられて見惚れていた。
瞬きすら惜しんで見つめていたはずなのに。
不意に、彼の姿が掻き消えた。
私の髪を烈風が揺らし、すぐ傍らでビシャッと耳障りな音が弾ける。
頬を伝い落ちる、ぬるりとした水滴の感触。
それが、物言わぬ肉塊へと成り果てた鬼の返り血であることは、鼻を突く匂いですぐに知れた。
鉄錆びた臭気と、生温い飛沫。
けれど、それを拭うことすら忘れたまま、私はゆっくりと隣へ視線を向ける。
鬼の存在すら半信半疑だった私でさえ、噂に聞いたことがある。
曰く、鬼を討つために、鬼の力をその身に宿し、鬼を狩る人たちがいると。



