鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

しばらくして運ばれてきたお膳を前に、私は思わず息を呑んだ。

これほどまでにお茶碗に高く盛られた、真っ白な炊き立てのご飯を、私はこれまでの人生で見たことがない。
一粒一粒が艶を帯び、立ち上る湯気まで眩しく見える。
ふわりと香るお味噌汁に、脂の乗った焼き魚。
彩り豊かな小鉢がいくつも添えられ、食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐった。

「お代わり用のお(ひつ)も、こちらに置いておきますね」
「お代わり……!?」

お櫃の中には、まだたっぷりと白米が詰まっている。
その炊き立ての匂いに、お腹が切なくきゅうっと鳴った。

確かに、飢えを感じるほどには空腹だった。
けれど、箸を伸ばそうとするたびに、永太と琴の顔が脳裏をよぎる。
……あの子たちにも、この温かな食事をお腹いっぱい食べさせてあげたい。

「あの、朔夜は……?」
「朔夜様は、お嬢様のお召し替えが済み次第、お呼びするようにと承っております」
「わかりました……」

ひとまずは、食べて力をつけなければ。
着替えを済ませたら、朔夜に二人の行方を探せないか、真っ先に尋ねてみよう。
何をするにも、まずは自分の体が万全でなければ、何一つ動けないのだから。

お箸に手を伸ばし、温かいお茶碗を持つ。
湯気が頬を撫でる。
こんな切羽詰まった状況だというのに、ご飯の美味しさだけは驚くほど鮮明に伝わってきた。
甘くて、柔らかくて、喉の奥まで温かい。
これまで口にしたこともないような贅沢な味に、どこか罪悪感を覚えながらも、必死に箸を進めた。

「待っていてね、永太、琴……!」

食事を終えると、用意されていた衣へと袖を通す。
純白の着物と羽織に、深く鮮やかな紅色の袴。
色調こそ簡潔だが、生地の至る所に繊細な刺繍が施され、白い羽織には所々に袴と同じ紅の装飾が散らされていた。
袖口の飾りは、光を受けるたびに細くきらめく。
一目見ただけで、それが庶民の到底手の届かない、高価な品であることが分かる。

「……まるで、巫女のよう」

姿見に映る自分に気圧されながら、恐る恐る袖を通していく。
昨日まで泥にまみれた着物で畑に立っていた私が、こんな衣を身にまとっている。
現実味がなくて、鏡の中の自分が知らない娘のように見えた。

「着替えは済んだか」

羽織の扱いに手間取っていると、御簾の向こうから低い声が掛けられた。

「あ、あの、着方が難しくて……」
「入るぞ」
「装飾が、想像以上に複雑で……上手くいかなくて」
「寄こせ。……不慣れなのだろう」

朔夜に羽織を渡すと、ふわりとした重みと共に肩にかけられる。
襟から胸元にかけて結ぶ飾り紐。袖を通る紅の装飾。
至近距離に彼の体温を感じて、心臓がわずかばかり跳ねる。

「なんだか、水引(みずびき)みたいですね」
「水引か……。これは下級の鬼程度なら、爪すら通さずに済む」

大きな手が、私の肩先や手元を手際よく、丁寧に紐を通し、結び、飾っていく。
それは確かに、祝いの席で見る水引の細工のようで、美しくもどこか厳かだった。
武骨な指先が触れるたび、布越しなのに、その熱が伝わってくる気がする。

「飾りもすべて、呪詛を込めた護符だ」

最後の紐が結ばれると、私とこの人との間に流れる目に見えない何かが、ぴたりと繋がったような錯覚に陥った。
もう、ただ守られるだけの村娘ではいられないのだと、身体のどこかで悟る。

「先ほども言った。お前は俺の番だ。今後は、鬼狩りの場に連れて行くこともあるだろう」
「鬼狩りの……」

初めて鬼に襲われ、彼に救われた夜の光景を思い出す。
隣の村が業火に包まれ、無数の人々が逃げ惑い、化け物に蹂躙されたあの地獄。
あのような場所に、また私が。
指先が、無意識に羽織の袖口を握りしめる。

「だが、俺が守る。お前には傷一つ、決してつけさせないと約束しよう」

それは、静かな誓いのように私の胸に響いた。
私への言葉なのか、それとも、自分自身へ言い聞かせているのか。
それはまだ解らないけれど。

私はそのまっすぐな瞳を見つめ返した。
感謝を伝えようと口を開きかけた、その時。
外の廊下から、激しい憤怒を孕んだ足音が近づいてきた。

「朔夜さんっ!!」

御簾を荒々しく捲って現れたのは、目の前の男によく似た面影を持つ女性。
彼女は朔夜の姿を認めるや否や、迷いのない足取りで一直線に詰め寄る。

大きく右手を振りかぶったかと思うと、一瞬の躊躇もなく、朔夜の頬へ振り下ろされた。

バチンッと乾いた音が、静まり返った室内に響く。

「っ……!」
「ちょっと……!いきなり何をするんですか!」
「……いい、下がっていろ」
「でも……!」

手を上げた彼女は、ひどく興奮した様子で肩を上下させ、剥き出しの憎悪を瞳に湛えていた。
きつく握りしめられた指先が、まだ震えている。

「ふーっ……、ふーっ……!」
「……本日はどうされましたか、母上」
「えっ!?お母様……!?」