その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
同時に、名状しがたい高揚感が込み上げた。
……嬉しいと、思ってしまったのだろうか。
会ったばかりの人に対して、そんなふうに胸を揺らすなど、あまりにもおかしいのに。
「あの、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なんだ」
不可解な感情を誤魔化すように、先ほど見た幻影について口を開く。
「朔夜のお姉様は……鬼に、殺されたのですか?」
空気が、すっと冷えた。
彼の指先が、私の手の上でわずかに強張る。
「……なぜ、それを知っている」
「……申し訳ありません。眠っている間、誰かの記憶のようなものを見てしまって。……これも、番になったからなのでしょうか」
「……さあな。番を持つなど初めてのことだ。俺にもわからん」
やはり、あの夢は、彼の過去の記憶だったのだ。
軽々しく踏み込んではいけないものに触れてしまった。
そう思った途端、胸が小さく痛む。
「経緯はどうあれ、お前は俺の番だ」
そう告げる彼の瞳が、まっすぐに私を射抜く。
「この先、お前の命は俺のものだ。俺の知らぬところで、傷つくことも、死ぬことも断じて許さん。忘れるな」
言葉は乱暴で、傲慢でさえある。
けれど、その真意は、不器用なまでの守護の誓いに聞こえた。
私という存在を、決して手放さないという、彼なりの。
胸の奥で、また小さく鼓動が跳ねる。
「食事を持ってこさせる。食べ終えたら、支度を整えろ」
「支度、ですか?」
「詳しい話はその後だ。今は食え。顔色が悪すぎる」
そう言い残し、彼は振り返ることなく御簾の向こうへと消えていった。
乱暴な足音が遠ざかる。
その気配が消えても、首筋に重ねられた手の熱だけが、まだ残っている気がした。
静まり返った部屋に一人残され、私は再び、柔らかな布団に身を沈める。
「……豪華な部屋」
部屋には、仄かに沈香の薫りが漂い、御簾で守られた空間には、触れるだけでため息が出るような厚手の絹布が敷かれている。
几帳の向こうには磨き上げられた調度が並び、灯された行灯の明かりが、金具を淡く照らしていた。
誰かが着替えさせてくれたのであろう寝間着も、以前の私が着ていた継ぎ接ぎの着物より、ずっと上等で滑らかな肌触りだ。
温かい。
清潔で、静かで、恐ろしいほど守られた場所。
けれど、その安堵は長く続かなかった。
「永太……琴……ちゃんと逃げたかな……」
私が見捨てられたあの場に、二人の姿はなかった。
父たちが、せめてあの子たちだけは、凍える夜から救ってくれていると信じたい。
琴の小さな手。
泣き出すのを堪えていた永太の唇。
布団の中で「ずっといっしょ」と笑った声。
思い出した途端、喉の奥が詰まった。
そうでなければ、この温かな部屋で、私はまた、止まらない涙に溺れてしまいそうだったから。
同時に、名状しがたい高揚感が込み上げた。
……嬉しいと、思ってしまったのだろうか。
会ったばかりの人に対して、そんなふうに胸を揺らすなど、あまりにもおかしいのに。
「あの、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なんだ」
不可解な感情を誤魔化すように、先ほど見た幻影について口を開く。
「朔夜のお姉様は……鬼に、殺されたのですか?」
空気が、すっと冷えた。
彼の指先が、私の手の上でわずかに強張る。
「……なぜ、それを知っている」
「……申し訳ありません。眠っている間、誰かの記憶のようなものを見てしまって。……これも、番になったからなのでしょうか」
「……さあな。番を持つなど初めてのことだ。俺にもわからん」
やはり、あの夢は、彼の過去の記憶だったのだ。
軽々しく踏み込んではいけないものに触れてしまった。
そう思った途端、胸が小さく痛む。
「経緯はどうあれ、お前は俺の番だ」
そう告げる彼の瞳が、まっすぐに私を射抜く。
「この先、お前の命は俺のものだ。俺の知らぬところで、傷つくことも、死ぬことも断じて許さん。忘れるな」
言葉は乱暴で、傲慢でさえある。
けれど、その真意は、不器用なまでの守護の誓いに聞こえた。
私という存在を、決して手放さないという、彼なりの。
胸の奥で、また小さく鼓動が跳ねる。
「食事を持ってこさせる。食べ終えたら、支度を整えろ」
「支度、ですか?」
「詳しい話はその後だ。今は食え。顔色が悪すぎる」
そう言い残し、彼は振り返ることなく御簾の向こうへと消えていった。
乱暴な足音が遠ざかる。
その気配が消えても、首筋に重ねられた手の熱だけが、まだ残っている気がした。
静まり返った部屋に一人残され、私は再び、柔らかな布団に身を沈める。
「……豪華な部屋」
部屋には、仄かに沈香の薫りが漂い、御簾で守られた空間には、触れるだけでため息が出るような厚手の絹布が敷かれている。
几帳の向こうには磨き上げられた調度が並び、灯された行灯の明かりが、金具を淡く照らしていた。
誰かが着替えさせてくれたのであろう寝間着も、以前の私が着ていた継ぎ接ぎの着物より、ずっと上等で滑らかな肌触りだ。
温かい。
清潔で、静かで、恐ろしいほど守られた場所。
けれど、その安堵は長く続かなかった。
「永太……琴……ちゃんと逃げたかな……」
私が見捨てられたあの場に、二人の姿はなかった。
父たちが、せめてあの子たちだけは、凍える夜から救ってくれていると信じたい。
琴の小さな手。
泣き出すのを堪えていた永太の唇。
布団の中で「ずっといっしょ」と笑った声。
思い出した途端、喉の奥が詰まった。
そうでなければ、この温かな部屋で、私はまた、止まらない涙に溺れてしまいそうだったから。



