死神元帥に嫁いだ伯爵令嬢ですが、思いのほか溺愛されています

 両国の和平が締結された一年後――、現在。

「お前の婿が決まった」

「えっ?」

 十八歳の伯爵令嬢シャーロットが刺繍をしていた時、いきなり父にそう言われた。

 考えた図案をもとに針を進めていたところ、思いも寄らない事を言われたので、手が止まってしまう。

 彼女はエメラルドグリーンの大きな目を見開き、父を見つめて固まった。

 結婚する事を想像しなかった訳ではない。

 日々、良い婿と出会えるように夜会に赴いているし、友人たちとの情報共有も忘れていない。

 十六歳で社交界デビューしたあと、目が回るような忙しさで毎日のように夜会に向かっていたが、生来マイペースなシャーロットは同じ事の繰り返しに飽きを感じていた。

 家のために良い相手を探さないとならないのは分かっているが、彼女は男性にあまり興味を持てずにいた。

 話しかけられたら感じよく相手をする事はできるが、〝男性〟に苦手意識を抱いている。

 女性が夜会の時にデコルテを大きく開いたドレスを着るのは当たり前だが、シャーロットは普通の令嬢より胸元にボリュームがある。

 彼らはまずそこに目をやり、一瞬下卑た笑みを浮かべる。

 それだけでシャーロットは「この人と結婚したい」という想いを失うのだ。

 理想を高く持ちすぎているつもりはないし、女性の中には谷間を見せつけて相手を籠絡させてこそ、と言う人もいる。

 けれどこれから長く結婚生活を送っていくにあたり、体が目当てで結婚したなら、若い時期を過ぎればすぐに飽きられてしまうのでは……と不安になる。

 だからシャーロットは積極的に結婚相手を探そうと思えなくなったし、来る日も来る日も似たような男性を相手にして、辟易としていた。

 このままではいつか、両親か親戚が見つけてきた相手と結婚させられてしまう。

 自分で決めるより選択肢のない結婚は、なるべく避けたい……と思っていたのだが、とうとう父にそう言われてしまう日がやってきた。

「……私、お慕いする方もいないのですが……」

 戸惑った様子のシャーロットを見て、アレクシスは苦い表情をする。

 娘が慎重に相手を見極めようとしていたのは分かっていたし、なるべくその意志は尊重したいと思っていた。

 だが今回の縁談は、伯爵である自分が断る事のできない〝命令〟なのだ。

「お前が嫁ぐのは、元帥閣下のギルバート・ラッセル・ブラッドワース公だ。我がアルバーン伯爵家には、勿体ないほどのお方だ。喜びなさい」

 そう言いながらも、父は浮かない顔だ。

「ブラッドワース公……」

 悪名高いブラッドワース公爵の名前なら、勿論知っている。

 いや、このエルフィンストーン王国で、彼の名前を知らない者はいない。

〝死神元帥〟〝隻眼の悪魔〟〝血まみれ元帥〟――。

 彼につけられるあだ名は、宜しくない印象のものが多い。

 ではあるが、彼は十月堂事件で英雄となった人物でもある。

 シャーロットも舞踏会で、遠目に彼を見た事がある。

 彼は少し長めの黒髪に、神秘的な金色の目を持つ美丈夫だ。

 だが左目は名誉の負傷をし、黒い眼帯に覆われていた。

 それさえなければ顔立ちは整っているし、背も高く逞しい体つきをしている。

 大貴族に嫁げるなら眼帯など気にしないという令嬢なら、諸手を挙げて妻になりたいと思う人が大勢いるだろう。

 加えて、彼こそ三年前に庭園で出会い、仄かな憧れを持った男性だった。

 終戦後、何度か遠巻きに顔を見た事はあったが、英雄となった彼は常に人に囲まれていて、伯爵令嬢である自分が近づける雰囲気ではなかった。

 加えてギルバートは、人を遠ざける雰囲気がある。

 会話をしていてもニコリともしないし、そこにいるだけで威圧感がある。

 通りすがりの貴族が話していたのを聞いたところ、常に「怒らせてしまったのではないか」と不安になって間が持たないそうだ。

 彼は一年前まで戦地にいて血も涙もない作戦を決行し、捕虜に冷酷な尋問を行った。――そんな話も聞いている。

 ギルバートが笑ったところなど見た事がないし、口調も淡々としていて怖いのだとか。

 だからか、彼に不快な思いをさせた者は不運な目に遭う……、など様々な噂が飛び交っていた。

 彼が英雄として認識されたあとも、一度広まった負の感情はなかなか払拭されないようだった。

「ブラッドワース公とは……、隻眼の元帥閣下ですよね?」

 シャーロットはそれらを思い出し、父に尋ねる。

「その通りだ。閣下は三十二歳ながら、ブラッドワース公爵位を継がれ、軍を統括する立場にある。口数は少ないが、この国への忠誠心は誰よりも強い。……きっと、妻となる女性も大切にしてくれるはずだ」

「立派なお方なのですね」

 返事をしながら、シャーロットは父が今にも泣き出しそうな顔をしているのを見て、すべてを察した。

(この結婚は、断る事のできない〝命令〟なのね)

 理解した彼女は、ハンカチを置いて立ち上がった。

「承知いたいしました。私、元帥閣下と結婚いたしますわ」

 彼女はキュッと父の手を握って微笑む。

「シャーロット……」

 父が何か言う前に、彼女は明るく言った。

「大丈夫です。私、意外と順応性が高いんです。お嫁にいってもきっと上手くやれます」

 健気な娘の言葉に、アレクシスは余計に己が情けなくなったようだ。

「すまない……。私を許してくれ」

「どうしてお父様が謝るのですか?」

 父の言いたい事を察したシャーロットは、項垂れるアレクシスの肩を優しく撫でる。

「私、お父様のそのようなお姿は見たくありません。お父様は元帥閣下に嫁ぐ事を悲観されておいでですが、私が不幸になると決めないでくださいね?」

 シャーロットはおっとりとしながらも、芯の強さを見せる。

「私、幸せになりますから心配しないで」

 突然、強制的に結婚相手を決められたが、シャーロットはまったく動じていなかった。

 積極的に婿捜しをしていなかった自覚はあるので、いつか相手を宛がわれるのではと思っていた。

 だから大した驚きはないし、いずれくるものが、今来ただけの話だ。

 それに庭園で話した時、彼にはいい印象を抱いている。

 自分の直感が正しければ、ブラッドワース公はそれほど恐い人ではないのでは……と思っていた。

 沈痛な面持ちをした父は、自分を責めない娘の優しさに、無言で頭を下げた。



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 それから二週間が経ち、シャーロットはギルバートが住むタウンハウスへ赴いた。

 先方から【いきなり嫁ぐのは気の毒だから、婚前に顔合わせを】と気遣いをもらったのだ。