死神元帥に嫁いだ伯爵令嬢ですが、思いのほか溺愛されています

「ほう? まるで彼がなぜあのような行動を起こしたのか、知っているかのような口ぶりだな?」

「言いがかりです! 先ほどの娼婦の話だって、私にはなんの繋がりも証拠もない噂です。気分が悪い」

 冷や汗を掻いたスローンが吐き捨てるように言った時、ギルバートは室内に控えていた騎士に合図を送った。

「繋がりも証拠もない、か」

 騎士はそう呟いたギルバートに書類を渡す。

 彼はわざとゆっくり封筒から書類を出し、焦らすように紙面に目を落としていた。

 痛いほどの沈黙のあと、彼は口を開く。

「この書類は娼婦の一団が国境を超える際、取り調べられた際の記録だ。基本的に娼婦が国境を越える事は禁じないが、二十人以上が一度に隣国に渡るとなれば理由を尋ねなければならない。団体で商売をしている者たちがいるのは承知の上だが、彼女らは自由な身であるがゆえに、違法な物を運び込む事も少なくない。もしくは人身売買された奴隷を紛れさせて連れて行くとかな」

「そ、それがどうした」

 スローンは目の下を引きつらせ、尋ねる。。

「その娼婦たちは随分と勢いづいてこう言ったいたらしい。『自分たちに何かあれば、エルフィンストーン王国のスローン伯爵がすべて責任を取ってくれる』と」

 ギルバートが書類をテーブルの上に置くと、スローンはそれを奪い取るように手に取り、目を見開いて書面を読む。

「彼女たちはアルトドルファー王国のダフネル大臣のもとへ行き、しばらく荒稼ぎをしてくると言っていた。スローン卿、あなたはダフネル大臣と繋がりを持っているのでは?」

「娼婦ごときが言う事など……。……わ、私は普通に貴族同士のお付き合いを……」

 スローンは顔色を悪くし、手に力を込めてクシャリと書類に皺を作る。

 ギルバートはなおも淡々と続けた。

「仮に繋がりがあるとして、あなたなら恩人であるカールソン卿の機嫌をとるために、隣国の美女として名高い、アルデンホフ伯爵令嬢を嫁がせるのも造作ないのではないか? 大臣の命令となれば、伯爵も従うしかあるまい」

「言いがかりだ!」

 スローンは唾を飛ばして激昂し、ギルバートを睨みつける。

「第一、私とダフネル大臣に個人的な繋がりがあると、どう証明する!?」

 勝ち誇った顔で尋ねられても、ギルバートは調子を崩さない。

「二人とも、最後まで和平に反対していたな。私は和平が結ばれる前に行われた二国会議で、アルトドルファー王国のとある人物と話をした。その者の話では、ダフネル卿の一派は、最後までルッツ川付近の土地を奪うべきだと主張していたとか。卿らに繋がりがあるのだとしたら、利害が一致したカールソン卿がルッツ川の利益を独占し、ダフネル殿に何らかの利益をもたらすと考えられるのではないか? カールソン卿は、ダフネル殿のお陰で、アルトドルファー王国一と呼ばれる美女を得られるのだから」

「そんな事は知らない……っ」

「一年前に終戦を迎えた時、アルトドルファー王国の国内では内乱が起こりかけていた。それにもダフネル殿が関わっていたな? 異母兄弟である王太子と第一王子のどちらを担ぎ上げるかで、国内の貴族は二分されたが、ダフネル卿は第一王子派だった。……結局、我が国の王女殿下が王太子殿下に輿入れする事により、その争いも決着がついたようだが。……これは私の想像だが、ダフネル殿はクーデターを起こすための資金を得ようと、ルッツ川付近の領土を求めていたのではないか?」

 スローンは黙ったまま、冷や汗を掻いている。

「戦時中、不思議な事にカールソン卿の領土に派遣された国王軍は、あまり功績を挙げられなかったという。侯爵軍が現場を取り仕切っていて、よそ者扱いされたそうだ。そこはカールソン卿の土地だからおかしい事ではないが、部下が言うには、激戦区となりそうなルッツ川付近だというのに、両国の騎士は戦っている〝ふり〟をしているように見えたらしい。……ダフネル殿とカールソン卿に繋がりがあると仮定すれば、それも頷ける」

「……それは、閣下の想像でしょう」

「確かに、これは想定の話だ。……しかし動かぬ証拠もある」

 そう言ったあと、ギルバートは胸ポケットから小瓶を出し、コトンとテーブルの上に置いた。

 スローンはそれを見て目を見開く。

「どうやら見覚えがあるようだな? これはベネディクト・フォン・バッハシュタインが獄中で謎の男から渡された毒物だ」

「な……、なぜ……」

 喘ぐように言ったスローンを見て、ギルバートは鼻で嗤う。

「あれしきの金で、私の部下を買収できたと思ったか? ベネディクトが獄中で死んだあと、あの男は卿に『小瓶は持ち帰って処分した』と言ったそうだが、嘘をつかれたな」

「な……っ、なんだとぉっ!」

 スローンは激昂し、バンッと両手でテーブルを叩く。

「証拠になる小瓶は部下が押収し、いま私の手元にある」

 ギルバートはニヤリと笑い、小瓶を持ってスローンのティーカップに近づける。

「疑っているなら、卿の茶にでも入れてみるか?」

 尋ねられたスローンは、顔色を失って冷や汗を掻き、目が飛び出しそうなぐらい見開いている。

 その時、エリーゼは嫌味たっぷりに尋ねた。

「そういえば申し上げておりませんでしたが、わたくしの恋人は十月堂事件を起こした騎士ですの。何か存じ上げませんこと?」

 エリーゼから復讐を果たそうというギラギラとした目を向けられ、スローンは顔を引きつらせる。

 スローンとエリーゼは互いに関わりがあると自覚しておきながら、初対面のふりを貫いている。

 二人の関係を知っている者からすれば、さぞ滑稽な寸劇となっているだろう。

 加えてギルバートが言った。

「仮にあの騎士が、恋人の望まない結婚を盾に脅され、和平の邪魔をするよう言われていたのなら、卿も関係している事になるな」

 追い詰められたスローンは、自分以外の三人がお茶に口をつけていない事に気付いていなかった。

 昨晩ギルバートから事件の繋がりを聞かされたエリーゼは、激怒し号泣した。

 そして恋人の無念を晴らすべく、協力すると誓ったのだ。

 エリーゼはスローンに掴みかかって怒鳴りつけたいのを我慢し、ギルバートたちと一芝居打ってスローンに自白させようとしていた。

 憎い相手を前に己を抑えられたのは、隣に座っているシャーロットが手を握っていたからだった。

「無礼な言いがかりはよしていただこう」

 スローンは掠れた声で言い、震える手で書類をテーブルの上に押しやる。

 その時、ギルバートは隻眼を細めて冷笑した。

「しかし、卿が栽培する植物から採れる自白剤は、よく効くものだな。平時もっと慎重な卿が、こんなにも饒舌になるのだから」

「えっ?」

 その言葉を聞いた瞬間、スローンはギクリと体をこわばらせた。

 ギルバートは金色の目で彼を見つめ、愉しそうに笑って症状を羅列する。

「喉の渇き、震え、発汗、唇の変色。まともな思考状況にならず、相手の言葉に過敏に反応する……」

 瞬間、弾かれたようにスローンがメイドを呼びつけた。

「チェルシー! おい! どういう事だ!」

 しかしメイドは怯えた顔をしたまま、気まずそうに顔を逸らしている。

「そう叱るな。自白剤入りの茶をたっぷり飲ませると発案したのは私なのだから」

 それを聞き、スローンは目を剥いてメイドを睨みつけた。

 彼を無視し、ギルバートは感心したように言う。

「この屋敷はまるで、毒草を栽培するために建てられたように思えるな。内装は豪華だが、人が生活している様子はない。屋敷をダミーにして、地下かどこかで毒を生成しているのではないか?」

〝死神〟の冷ややかな笑いを見たスローンは、サァ……ッと血の気を引かせる。

「ブレア、セドリック、どう思う?」

 ギルバートが部下を見ると、二人は白々しく返事をした。

「ええ。書斎の本棚に隠し扉があり、その奥に地下室への入り口がある……とか、ベタですがね」

「貴族が持つカンタレラ以外に、ありとあらゆる毒があるとか、まさか……」

「なぁっ!?」

 それを聞いたスローンは、大きな声を上げて立ち上がった。

 彼は客人を無視して応接室を出ると、ズカズカと廊下を進み――。

「あぁあぁあああぁああ…………」

 スローンは書斎の本棚が秘密の入り口を開け、地下室に続く階段が見えているのを目にして情けない悲鳴を上げた。

「お前ら何をしているんだ! そこから出ろ!」

 スローンは地下室を調査している騎士たちを怒鳴りつけ、地団駄を踏む。

 と、ギルバートは彼の首根っこをガッと掴むと、耳元に顔を寄せて囁いた。

「この地下室から、アルデンホフ伯爵令嬢がシャルに使った眠り薬や、バッハシュタインが私に使おうとした猛毒が出れば卿は終わりだ」

「そ……そんな……。そっ……、その女が犯人だろう!? 閣下の奥方を誘拐し、殺害しようとしたのはその女です! なぜ私が悪者にされなければならないのですか!」

 往生際の悪いスローンを見て、ギルバートは絶対零度の表情で告げた。

「確かに彼女は実行犯だが、幇助しただけなら無罪……など思っていないだろう? 加えて卿は私の妻に害を与えようとしただけでなく、陛下や国の危機にまで関与している」

 とうとう言葉を失ったスローンは、真っ青な顔で項垂れるしかない。

「閣下! これを!」

 その時、地下から姿を現した騎士が、ギルバートに二つの小瓶を見せた。

 片方は夜会でエリーゼが使った物と同じで、もう一つはゴットフリートが持っていた物と寸分違わない形をしている。

「アルデンホフ伯爵令嬢、あなたが使った薬の瓶は、これと同じか?」

「ええ。わたくしが怪しい男からもらった物と同じです」

 ギルバートに尋ねられたエリーゼは、淡々と答えてポシェットから例の小瓶を取り出した。

「それは……っ」

 スローンが何か言い訳をする前に、ギルバートが先に告げた。

「貴族の尊厳を守るための毒、あるいは猛獣や虫を駆除するための毒以外は、生成が禁止されている。加えて毒を持つ植物と知って栽培する事も禁じられている」

「わ……私は……」

 ギルバートは言いよどんだスローンの肩を組み、低い声で囁いた。

「この様子だと、牢獄でバッハシュタインの弟が飲んだ毒にも、卿が関わっていそうだな」

「それは言いがかりだ! カンタレラの事など知らない!」

 スローンが激昂した瞬間、ギルバートはスッと体を離して鼻で嗤う。

 周囲に控えている騎士たちも失笑していた。

「なっ、何がおかしい! 貴様ら全員、侮辱罪で訴えてやる!」

 ギルバートは自分や騎士たちに指を突きつけて喚くスローンを見て、小さく笑いを噛み殺して「失礼」と謝り、言った。

「語るに落ちたと思ってな」

「なんの事だ!」