死神元帥に嫁いだ伯爵令嬢ですが、思いのほか溺愛されています

「閣下。これは一体どういうことでしょうか? 私は一向に身に覚えが……」

 スローン伯爵――謁見の間でギルバートに敵意を見せた鷲鼻の男――は、ジロリとギルバートを睨み、彼のあとに続くシャーロットを見る。

 彼はあとから続いて入ってきたエリーゼを見た瞬間、ギクッと体を強張らせた。

「どうした? 私は妻と、妻の友人を連れて来ただけだが」

 いつもと変わりないギルバートに問われ、目を泳がせたスローンはぎこちなく笑う。

「閣下は幼妻に夢中とお聞きしましたが、女連れで仕事とは……。戦争が終わり、閣下の仕事も楽なものになりましたか?」

 その時、エリーゼが白々しく言った。

「あら、スローン卿。わたくしを覚えていらっしゃらないんですの? あなたがわたくしに、様々な効能を持つお薬をくださったではありませんか」

 陰で手を貸した捨て駒に話しかけられ、スローンは唇を曲げる。

「外国人のお嬢さんがなんでしょうかな? 私は領地で様々な植物を栽培していて、多くの物が鑑賞用、または薬として市場に回っています。あなたが手にしたのは、その中の一つかもしれませんね」

 あくまで平静を装うスローンの言葉を聞き、騎士たちはニヤニヤ笑いをしている。

「わたくしが国外の者だとよくお分かりですね? それにわたくしがいただいたお薬は、飲み物に混ぜると無味になる眠り薬や、肌に触れた部分からみるみるどす黒くなり苦しんで死ぬお薬です。あなたがくださったのではありませんか」

「私はそんな毒は知らない! 失礼な田舎娘だな!」

 エリーゼの言葉を聞き、スローンは真っ赤になって激昂する。

 その時、ギルバートはゆったりとスローンの前に座って言った。

「スローン卿、よくこのレディの故郷が田舎だと分かったな? それに彼女は〝薬〟と言っているが、卿は〝毒〟と言うのだな?」

「き、貴族は身の潔白を示すために、毒を有する権利はあるはずです」

 スローンはぎょろりとした目を左右に泳がせ、言い訳をする。

「しかし不必要な毒を所有するのは法律で禁じられている。卿ご自慢の温室や領地には、さまざまな毒を生成できる植物があるようだから、疑わしくも思ってしまう」

 ギルバートに淡々と詰められ、スローンは乾いた笑みを浮かべる。

「はは……。しかし植物があるだけでは毒を所持していると断言できないでしょう」

 その時、シャーロットがやや棒読みで言葉を挟んだ。

「ス、スローン卿。私、喉が渇きましたわ。仮にも元帥閣下とその妻が来ているのですから、お茶の一杯でも出していただきたいのですけれど」

 その場にいた全員がギクッとするほどの棒読みだったが、動揺したスローンは気付いていない。

「そ、それは失礼。我が領土自慢のハーブティーをご用意いたします」

 スローンが言うと執事がメイドに視線を送り、彼女たちが出て行ったあと応接間に沈黙が落ちる。

「時に、カールソン卿の領土は、砂金がとれるだけではなく、陶器を作るのに最適な土もあるらしいな。実に羨ましい」

 話題が変わり、スローンは異様なまでに饒舌に同意する。

「そっ、そうですな! カールソン卿の土地は陶磁器で有名ですし、卿お抱えの陶器職人が、より良い色を求め釉薬(ゆうやく)を研究していますな。釉薬を生むための灰を作る木なども、我が土地から提供しております。長石や石英につきましては、カールソン卿の土地でふんだんに取れておりますから」

「カールソン卿は正妻の他に、内縁の妻も大勢いるとか……。私は色恋の話には疎いが、妻やエリーゼ嬢から聞いた。そういうものを世間では、男の甲斐性と言うのだろうか? 私は愛する妻が一人いれば、それで十分なのだがな」

 スローンはシャーロットとエリーゼがギルバートに余計な事を言ったと思ったのか、二人を睨み付ける。

 苛立ちを向けられたシャーロットは落ち着かない気持ちになったが、なるべく動揺を見せないように背筋を伸ばして座っていた。

 エリーゼにいたっては、好戦的にスローンを睨み返しているほどだ。

「は……ははっ! 死神と恐れられた元帥閣下も、今ではすっかり愛妻家ですな!」

 スローンに冗談を言われても、ギルバートはニコリともしない。

 彼にとっては当たり前の事なので、返事をする間でもないのだが、その沈黙に焦ったシャーロットが、また棒読み気味に言った。

「わ、私はギルバート様に愛されていますもの。もし旦那様が娼館に行けば、()()()()濡らしてしまいますわ」

「ぐっ……」

 シャーロットの痛恨の言い間違えを聞き、室内に控えていたブレアとセドリックが噴き出しかける。

 だがギルバートにジロリと睨まれ、咳払いをして誤魔化す。

 しかしスローンは彼女の言い間違えに気づいたものの、ただ間違えただけだと判断したらしい。

「そ、そうですな。男に誘惑はつきものですが、何せお二人は新婚ホヤホヤですから、今が一番良い時なのでしょう。内縁の妻や、他の女など必要ありませんな」

「スローン様は娼婦にお詳しいのですか? もしかして〝甲斐性〟のある方なのかしら? 英雄色を好むと言いますものね」

 エリーゼがそう言うと、急にスローンの顔色が悪くなる。

 それを見て、彼女はわざとらしく声高に言った。

「噂ですが……、噂ですのよ? わたくしの国にまで、スローン様が殿方に女性を斡旋していらっしゃると聞いた事があるのです」

 エリーゼの言葉を聞き、シャーロットは相変わらずの棒読みで過剰に反応する。

「まあ! それは本当ですか? エリーゼ様。スローン様? 私の旦那様に女性を紹介なさらないでくださいね?」

 しかし核心を突かれたスローンは、相変わらずシャーロットの棒読みに気づいていない。

「こ、公爵夫人。ゴシップを真に受けるのは宜しくないですな」

「そうですわよね。私としました事が、お恥ずかしい……。もしも旦那様が他の女性を求める事があったなら、私が妻の役目を十分に果たせていない事に繋がりますもの。そう思うと、想像するだけで悲しくなってしまいまして……」

 そこまで言い、シャーロットはポケットからレースのハンカチを出し、目元に当ててみせる。

 スローンが国内の娼館に詳しく、彼に相談さえすればどんな女性でも融通がつく……という噂は、シャーロットも小耳に挟んだ事がある。

 友人の令嬢たちの夫、または父や兄弟、親戚、知り合いが、決まった相手がいる者も独り身な者も、そういう場所に行ってしまうのだという。

 娼館は昔からあるものだし、男性が娼婦を求めるなど珍しくもない。

 ただ、スローンを頼れば極上の女性を紹介してもらえるという話は一気に広まり、社交界での裏ブームになっている。

 そこにワゴンを押したメイドが現れ、執事が紅茶をティーカップに注ぐと四人の前に置いていく。

「ど、どうぞ召し上がってください」

 動揺したスローンはの手は、微かに震えていた。

「このティーカップも、カールソン卿の土地で作られたものですか?」

 シャーロットが尋ねると、スローンの手がブルッと一際大きく震えた。

「あっちぃ!」

 途端に、スローンは膝の上にあつあつの紅茶を零して悲鳴を上げる。

 どうやら彼は、カールソン侯爵の名前が出るたびに動揺しているらしい。

 そこでエリーゼが畳みかけるように言った。

「わたくしは、両親から突然カールソン卿と結婚しなさいと言われました。なぜ同じ国の貴族でなく、隣国の面識のない方と……と父に尋ねれば、我が国の財務大臣ダフネル閣下からのお達しがあったとかで……。そのあと、急にわたくしの恋人が亡くなったものですから、ショックを受けて寝込んでしまいました。ですから、婚姻の話はまだうやむやになっています」

 エリーゼは横を向くと、悲しそうに手で口元を覆った。

「そ……、それはご愁傷様です。女性は家のために嫁ぐものですから、ある意味仕方がないのでしょう。あなたの恋人の若者がどんな不幸に見舞われたか分かりませんが、お気の毒に」

 スローンはメイドに濡れた服を拭かせ、ちびちびと紅茶を飲みつつ言う。

 と、ギルバートが言った。

「よくアルデンホフ伯爵令嬢の恋人が、若い男だと分かったな? それに不幸な目に遭ったと」

 スローンは手を震わせ、なんとかハーブティーを飲んで答えた。

「彼女の恋人なら若い男が自然でしょうし、『亡くなった』なら〝不幸〟でしょう」

 それを聞き、物憂げな表情をしていたエリーゼは、目に挑戦的な光を宿してスローンを見る。

「スローン卿は、十月堂事件をどう思いまして?」

「じゅっ……」

 その単語を聞いてスローンはギクリと身を強張らせるが、エリーゼは構わず続ける。

「あの騒ぎの原因である我が国の若い騎士がいますでしょう? 彼はなぜあのような事件を起こしたのでしょうか。わたくしとしてはエルフィンストーン王国に申し訳ない気持ちがあると同時に、ああせざるを得ない状況に陥った彼が哀れでなりません」

 スローンは動揺しつつも、平静を保ったふりを続ける。

「あれは不幸な事故でしたな。理由があるとすれば、凶行を起こさざるを得ない理由でもあったのではないですか? それとも和平に反対する、愛国心溢れる青年だったとか……」

 そこでシャーロットが、相変わらずの棒読みで言った。

「私の父は、『まるで毒でも飲んで混乱したように見えた』と言っていました」

「そっ、そんな事はありませんっ! 彼は毒など……、……あぁ、そういえば毒を呷って自害したんでしたっけ」

 三人の言葉に翻弄されているスローンは、先ほどからギルバートを正視できずにいた。

 ひとたび死神と目を合わせてしまえば、自分が隠している事をすべて暴かれ、命までも刈り取られるのでは――、と考えていそうな焦り方だ。

 ギルバートはそれを見透かしたように、スローンを煽るように言う。