死神元帥に嫁いだ伯爵令嬢ですが、思いのほか溺愛されています

 それを哀れに思ったシャーロットは、言葉を続けた。

「……ベネディクト様が亡くなられた事は、不幸だと思います。遺された方々は、誰かを憎まないとやっていけないでしょう。……でも、誰かを憎みながら生き続けるのはつらいです。復讐が果たされたら、ベネディクト様は生き返りますか? 戦争で失われた命はなかった事になり、時が戻りますか?」

 シャーロットは涙を流しているエリーゼの頬に手をやり、微笑む。

「どんなにつらい出来事があっても、生きていかなければなりません。苦しみや怒りを他人のせいにするのは簡単ですが、それではなんの解決にもなりません。私の父は十月堂の管理を任せられながらも事件が起きてしまい、相応の責任を負う事になりました。それでも父は絶望せず、家族のために生きる選択をしました。絶望を味わって破れかぶれになり、他人のせいにするか、呑み込んで昇華し、前を向くかはその人次第です」

 エリーゼは荒んだ目でシャーロトを見つめ、乱暴な溜め息をつく。

「……あなたみたいな、正論を振りかざす甘ちゃんが一番嫌いだわ」

 それに、シャーロットはニッコリ笑う。

「私も、ギル様を悪者にしたあなたが嫌いです。……でも、憎みません」

 そう言われ、エリーゼはプイと横を向く。

 その時、ゴットフリートが溜め息をつき、口を開いた。

「その女の言葉を聞いて改心した訳じゃない。俺たちはまだ大切な者を喪った痛みと闘い続けている。……だがこうなってしまっては、計画も台無しだ」

 彼はそう言ったあと、のろのろとギルバートを見て言った。

「死神元帥。お前の目の傷は、俺の弟が生きた証だ。せいぜいその残った右目で、お前の大事な国や妻を守るといい」

「言われずとも、そのつもりだ」

 ギルバートは表情を変えずに言い、書類を捲って尋問の続きに戻る。

「アルデンホフ伯爵令嬢、スローン伯爵との繋がりは?」

 溜め息をついたエリーゼは、やけくそになったのか知っている事を洗いざらい話すようだった。

「わたくしたちが計画を立てていた時、どこかから聞きつけたのか全身黒づくめの男が『この館を使えばいい』とあの屋敷を教えてくれたわ」

「その者はスローン伯爵の使者だと名乗ったのか?」

「……分からないわ。ただ、『女を誘拐すれば必ず死神が現れる。その時は女を盾に毒を浴びせればいい』と言っていた」

「それで、これ……か」

 ギルバートはポケットから毒の入った瓶を出すと、トンとテーブルの上に置く。

 それは、昨晩ゴットフリートが落とした物だ。

 軍医に見せれば『こりゃいかん。死神でもコロリだ』との事だ。

 仮にギルバートが圧倒的な剣技でゴットフリートを鎮圧しても、最後の力でこの猛毒を浴びせられていれば、共倒れになっていたかもしれない。

「毒はお前達が用意したのか? こんな強力な物を隣国から持ってきたと思えない」

 質問されたゴットフリートは、諦めたように白状する。

「……計画の進行と共に、黒づくめの男から受け取った」

「アルデンホフ伯爵令嬢。あなたは妻の酒にも毒……もとい眠り薬を入れたな。入手経路は?」

「同じ人からよ」

 それを聞き、ギルバートはゆっくりと瞬きをした。

「……結論が出たようだな」

 恐らくスローンは目の上のこぶであるギルバートを消すため、ゴットフリートとエリーゼ達の計画を知って利用したのだろう。

 そして協力しておいて、必要がなくなれば切り捨てる。

 彼らの犯行後、エリーゼ達の事など知らないとシラを切ればそれっきりだ。

 それなら反論できない証拠を揃えて、スローンを自白させなければならない。

「ベネディクトの死は覆せないが、彼の死の真相を暴き、汚名を雪ぐ事はできるかもしれない」

「……本当か?」

 ギルバートに言われ、二人の目に希望が宿る。

「それにはお前たちの協力が必要だ。元帥の妻を誘拐した犯人として自国で裁きを受けるか、私に協力して〝なかった事〟にされるか……。どっちがいい?」

「……ベニーの名誉を守れるなら、協力するわ」

「俺もだ」

「取引成立だ。……ブレア、セドリック。アルデンホフ伯爵令嬢のみ釈放。警護しつつ共に二月宮へ。残りの者は引き続きここに。続く情報提供があれば記録に残せ」

「はっ!」

 元帥の命令を聞き、部下たちが返事をし、エリーゼは手枷と足枷を外された。

 ゴットフリートはこのまま拘留されるが、彼女に向かって「頼むぞ」と意志を託していた。





 エリーゼはブレアとセドリックに見張られ、二月宮へ向かう。

 扉を開けた向こう、玄関ホールに立ちはだかっていたのは、モップを持って仁王立ちになったアリスだ。

 彼女は無事に戻ってきたシャーロットを見て微笑み、招かれざる客であるエリーゼを見て黒い笑みを浮かべる。

 アリスの手の中でパァンッとモップの柄が鳴り、彼女は可愛らしい作り声でエリーゼにお辞儀した。

「いらっしゃいませ、お客さま。このアリスが精一杯もてなさせていただきます」



**



 翌日ギルバートとシャーロット、そしてエリーゼは王都外にあるスローンの別荘に向かっていた。

 シャーロットは向かいに座るエリーゼの強張った顔を見て、昨晩の事を思い出す。

『ちょっと痛い! 痛いってばこの豪腕メイド!』

『あらぁ、アルトドルファー王国の令嬢は、お体がやわにできているんですねぇ』

『なによ! じゃあシャーロットの体もこんな力で洗っているわけ!?』

『お馬鹿さんでちゅね~! 奥様は別格に決まっているでしょう? あの天使のような奥様と犯罪者のご自分を一緒にしないでくださいます? 図々しいにも程がありますわ』

 昨晩、浴室からエリーゼの悲鳴が聞こえ、驚いて覗いてみれば、二人がそんな言い合いをしていた。

 おまけにエリーゼの背中は真っ赤になっていた。

 黒い笑みを浮かべたアリスは『今、隣国のご令嬢の入浴をお手伝いしていますから』とシャーロットを追い出し、浴室からはさらに『痛い痛い痛い! 馬鹿力!』という悲鳴が聞こえていた。

 そのあと、エリーゼは護衛に見張られたなか、特に怪しい動きも見せず客間で過ごしたようだ。

 それに続いて本日は、アリスともう一人のメイドによる、エリーゼのコルセットの締め上げである。

 すでに準備を終えたシャーロットは、『やり過ぎないでね』と苦笑いしてその様子を身守っていた。

 しかしアリスの気持ちは収まらないらしい。

『だって、わたしの可愛い女主人を酷い目に遭わせた犯人ですもの」』

 との事だ。





 そして今。

「苦しい……。苦し……」

 エリーゼは馬車に揺られ、サスペンションで殺しきれない揺れがくるたびに、ブツブツと苦しさを訴えていた。

 ギルバートはそれを無視し、彼女に尋ねる。

「ところでアルデンホフ伯爵令嬢。手はずは頭に入っているな?」

「ええ」

 その声にエリーゼは仏頂面で頷くが、コルセットが苦しいのかコフッと息を吐く。

「悪の権化を芋づる式に退治できれば、陛下も心穏やかにお過ごしになられるだろう」

 ギルバートはそう言って、シャーロットの手を握る。

 いっぽうでシャーロットは自分の役目を思い、緊張で胸を高鳴らせて己に言い聞かせる。

(できるだけ自然に、バレないように)

 なにせこれから彼女は、生まれて初めて人の前で〝演じる〟からだ。



**



 スローン伯爵領は王都から離れた場所にあり、今回シャーロットの誘拐に使われたのは、王都近郊にある別荘の一つだ。

 別荘の庭には珍しい花が咲いていて、温室もある。

 家具や調度品、絵画などは一級品の物を置いてあるが、広々とした屋敷にはあまり生活感がない。

 玄関ホールから二階に上がったギルバートは、屋敷を見張っていた騎士に声を掛ける。

「スローン卿は?」

「ゆっくりしていただいています」

 騎士は含みのある返事をし、彼らを先導して歩く。

「書斎などには近づかせていないな?」

「はい」

「タウンハウスからお呼びたてしてからは、応接室でずっとティータイムです」

 騎士がどこか茶化した言い方をすると、控えているブレアとセドリックもニヤリと笑った。

 ギルバートは案内された応接室に入るなり、真顔で言う。

「スローン卿、水腹にしてすまない」

 彼がそう言った瞬間、その場にいた騎士たちは「ぐ……っ」とくぐもった声を漏らし、笑いを噛み殺す。