死神元帥に嫁いだ伯爵令嬢ですが、思いのほか溺愛されています

(エリーゼ様。……そうだわ。私、エリーゼ様とお酒を飲んでいたのよ。途中で眠たくなったのはお酒のせいだと思っていたけれど……)

〝この場〟にいるのが彼女だと分かった瞬間、シャーロットは胸をえぐられるような悲しみに襲われた。

(お友達になれると思っていたのに……。エリーゼ様も、ギル様を憎む人たちの仲間なの? あれだけギル様を〝英雄〟だと褒めて、沢山お話して笑い合ったのに……)

 裏切られた――。

 一瞬そう感じたが、すぐに打ち消した。

「裏切られた」というほど、自分とエリーゼは長い付き合いではないし、親しくない。

(私が勝手に騙されて、勝手に舞い上がっただけ……)

 自分に言い聞かせるものの、厳しい現実に涙が零れそうになった。

 その時、男が哄笑した。

「この女を人質にして〝死神〟をおびき寄せ――、斬る。それから王都に火を放ち、エルフィンストーン王国に宣戦布告だ」

 それを聞いたシャーロットは、ゾッと背筋を震わせた。

(なんて事を考えているの? ギル様にお知らせしなければ!)

 使命感が湧き起こるも、エリーゼの言葉を聞いて身を凍らせる。

「その前にこの女を犯してしまえば? わたくしの恋人を奪った〝死神〟が、妻を娶ってのうのうと生きているなんて許せない。この女の平和ボケした顔も、腹が立つったら」

 ――どういう事?

 ――ギル様がエリーゼ様の恋人を奪った?

 エリーゼの『犯してしまえば?』という言葉は衝撃的だが、それより考えるべき前提がある。

(彼女の恋人は戦争で命を落とした? ギル様が戦争以外の場所で、アルトドルファー王国の人を殺すとは思えない。……エリーゼ様のお相手となると……、貴族?)

 そこまで考えた時、ハッとエリーゼの顎に付いていた付け黒子を思い出した。

(顎の付け黒子は『私は慎み深い女性です』という意味……。あれは恋人がいるという暗喩だった?)

 シャーロットが懸命に頭を働かせていた時――。

「……囲まれてる」

「えっ?」

「っくそ! 蹄の音一つしなかったぞ! 早すぎる!」

 毒づく男の声と裏腹に、シャーロットは歓喜していた。

(ギル様が迎えに来てくださったのだわ)

「エリーゼ、逃げる準備をしておけ。君は死んではならない。俺たちが命を落としたとしても、弟の無念を知る者は生き延びなければ」

「……分かったわ」

 男はハッキリと「エリーゼ」と口にし、シャーロットは彼らが〝弟〟〝恋人〟の仇を取るつもりでいる事を理解した。

(この方々はギル様が弟さんに直接手を下したという証拠を持っているのかしら? それでなければ、ただの早合点になってしまう)

 何とかして彼らと話そうとした時――。

「おい、起きろ!」

 パンッと頬を叩かれたかと思うと、乱暴に起こされる。

「お前の愛しい〝死神〟が迎えに来たぞ。……だが無事に戻すつもりはない。お前には人質として最後まで役に立ってもらおう」

「うっ……」

 その時、グッと鎖骨の下――、谷間の上に剣の切っ先をつけられ、冷たい感触と共に熱いものを感じる。

(切られた?)

 そう思うものの、目隠しされているシャーロットは、自分の胸元に赤い血の膨らみができているなど分からなかった。

 やがて争う音が聞こえ始め、男の一人がシャーロットを担いで歩き出す。

「むぅっ」

 猿ぐつわをされたままなので、助けを呼ぼうにも声が出せない。

 この場所は貴族の屋敷なのではないかと見当をつけたが、どうやら当たったようだ。

 彼女を担いだ男は隠し通路に入ったらしく、ひやりとした空気を感じる。

 壁の向こうからは、剣戟の音、男たちの咆吼、苦悶の声が聞こえる。

 生々しい戦いの音を耳にしたシャーロットは、身を竦めてそれを聞いていた。

「無駄な抵抗はするなよ。お前を殺すのは、〝死神〟の前にしたいからな」

 そう言われても、しっかりと縛られた身では何もできない。

 もしもこの状態で暴れれば、硬い床に強かに全身を打ちつけてしまう。

 おまけに、彼女が身動きできない理由は他にもあった。

 下着姿のシャーロットは、男性の肩の上に担がれている。

 そんなはしたない姿で少しでも動けば、男の顔にお尻や太腿が当たってしまう。

(早く発見してもらいたいけれど、この姿で見つかったら恥ずかしいどころじゃ済まないわ)

「外に出る。騒ぐなよ」

 男はそう言ったあと、シャーロットを抱え直した。

(いや……っ!)

 男は両手を自由にするため、彼女の太腿の間に腕を入れ、縛めた腕の間にも手を通した。

 シャーロットは胸元から腹部を男のうなじに押しつける体勢になり、男が梯子を上るたびに、秘所をグッと押されてしまう。

(恥ずかしいいいいいっ!)

 シャーロットが心の中で泣いた時、男は地上に繋がる隠し出口を開けたようだった。

 外は雨が降っていて、下着姿のシャーロットを容赦なく濡らしていく。

 男は裸同然の姿をしたシャーロットをさすがに哀れに思ったのか、彼女の体にマントを被せた。

「声を出すなよ」

 男がそう言った時、彼は息を呑んで歩みを止めた。

(誰かいるの?)

 シャーロットが期待と不安に駆られて耳を澄ませた時――。

「――妻を離せ」

 獣のうなり声のような、低い声が聞こえた。

「もう一度言う。妻に――、触れるな」

 凄まじい怒気と殺気がビリビリと伝わり、シャーロットは全身に鳥肌を立たせて硬直した。

(私を『妻』と言っているこの方は、……ギル様?)

 夫が助けに来てくれて嬉しいはずなのに、〝死神〟の殺気に当てられた彼女は、指一本動かせずにいた。

「一歩でも進めば、その喉を切り裂く」

 ザアザアと雨が降りしきる中、鋭利な刃物そのもののような声が再度警告した。

「……今、……下ろす」

 男はゴクリと喉を鳴らして生唾を嚥下し、カラカラに渇いた喉を濡らして答える。

 そのあと、シャーロットはゆっくりと地面に下ろされ、彼女は全身に冷たい泥を感じた。





 ギルバートはあまりの怒りで冴えわたった頭で、目隠しと猿轡をされた妻が肌も露わな格好で泥まみれになるのを見る。

 ――よくも私の妻を、あんな姿にしたな。

 自分以外の男がシャーロットに触れたと思うだけで、怒りのあまり気がおかしくなりそうだ。

 妻の体を包んでいる、自分の物ではないマントにすら殺意を抱く。

「シャル!」

 部下たちが剣の切っ先を男に突きつけている間、ギルバートは妻に駆け寄った。

 彼は服が汚れるのも気にせず、地面に膝をついて猿轡と縄を外していく。

「はぁ……っ」

 目隠しを取ると、シャーロットは安堵して息を吐き、「ギル様……っ」と抱きついてきた。

「怖い思いをさせてすまない」

 ギルバートはマントを外すと妻の体を包み、彼女の頬にキスをした。

「来てくださると信じていました……っ」

 シャーロットは潤んだ目で健気に笑い、両手でマントを掻き合わせる。

 その時、二十代後半の犯人が強張った表情で尋ねてきた。

「俺の顔を覚えているか」

「お前など知るか。アルトドルファー王国の者だろうが、おおかた私に恨みを抱いている者だろう。なら、戦争絡みの事か? 大勢の者から恨まれている自覚はあるが、一人一人の事まで把握していない」

 すげないギルバートの返事を聞き、男は言葉にならない怒りに打ち震える。

 それとは反対に、シャーロットは夫が顔も知らない人に恨まれる事を当然と思っている事に心を痛めた。

 ギルバートは涙ぐんだ妻を見て、低い声でうなる。

「……私とてシャルを縛るのは、まだ先だと思っていたのに……」

 幸いにも、その言葉は誰の耳にも届いていなかった。

「〝死神〟! 我が弟ベネディクトの仇を討ってやる!」

 男は長剣を抜くと、地面に膝をついているギルバートに切りつけた。

「知るか! 私こそ、妻の肌に触れた罪を贖わせてやる!」

 ギルバートは隻眼を細めると声を荒げ、目にもとまらぬ速さで抜剣する。

 同時に彼は妻の背をトンッと押し、部下たちのほうへ歩かせる。

 直後、ギィンッと剣が交わる硬質な音が立ち、シャーロットはビクッと肩を跳ねさせた。

「ブレア! セドリック! 妻に触れるなよ!」

「はいっ!」

 二人は上司の怒号にすくみ上がりつつも、シャーロットに触れないように彼女を誘導した。

「お前は十月堂で俺の弟を反逆者に仕立てた! 牢獄で毒を呷った弟の嘆き、怒り! その身に受けろ!」