あの夏の私が、すくえなかったもの

 〈明日、挨拶するよ〉
 〈恥ずかしいからやめて〉
 言葉が重なったことで、終わってしまったかと思ったメッセージのやりとり。
 終わっちゃったかなとどこか寂しく思っていた感情が馬鹿みたいに、夜になると、そんな軽い言葉が届いた。
 ほっとする自分に気づいて、画面の光に照らされた頬が熱を持つ。
 〈てか髪型、毎日おしゃれだよね。結んでも似合いそう〉
 たったそれだけの一言に、情けなく気持ちを持っていかれてしまう。
 彼にとっては何気ない会話の一部だと分かっていながらも、指先は何度もその画面をなぞっていた。
 嬉しい気持ちになると、必ず思い出すのは教室で見る彼の姿。
 誰とでも、他の女の子とも、距離が近くて。
 自分が特別じゃないことなんて、当然、分かってしまうのだ。

 それでも、次の日。
 そういう気分だっただけだと自分に言い訳しながら、髪をひとつに結んだ。
 何度も鏡を見て、そう思って家を出てきたはずだったのに、教室に近づくにつれてドキドキと心臓の音が大きくなった。
 ーーやっぱり、やめればよかったかも。
 そんな後悔が足元にまとわりついて、廊下を進む足が重くなる。
 ほどいてしまいたい衝動をなんとかこらえて、私はそのまま教室へと踏み込んだ。

 教室に入ると、廊下側の一番前の席に、人だかりができていた。
 集まっていたのはサッカー部の集団で、他のクラスの子も混ざって人数が多い。
 その中心で囲まれていたのは、クラスでも目立つ、お淑やかで綺麗な女の子。
 遠くの中学から来たらしい彼女は、あまりクラスにも馴染んでいなくて、私も話したことがない子だった。
 「マネージャー、やらない?いま、募集してるんだよね」
 聞こえてきたその明るい声に、私は思わずそちらを向いてしまう。
 その瞬間、目が合った気がして、慌てて逸らして自分の席にカバンを置いた。
 少し前の〈マネージャー募集中〉というメッセージを思い出し、胸の奥が沈んでいく。
 ーーやっぱり、みんなに言ってるんじゃん。
 頭の後ろに揺れる、普段より高めに調整した束が、途端にずしりと思いものに感じた。