あの夏の私が、すくえなかったもの

 「取れなかった〜〜」
 水面を覗き込んだまま、しゃくりあげる女の子に視線が揺れる。
 感情のままに、涙をこぼすその子に胸の奥が懐かしい痛みを訴えた。

 そのとき男の子が立ち上がり、一匹の金魚が入ったビニールを女の子に差し出した。
 「これあげる」
 「……いいの?」
 女の子は戸惑いながら受け取って、それから、泣き顔のまま笑った。
 じんわりと胸が温かくなり、懐かしい痛みは柔らかく溶けていく。

 「金魚すくい、やる?」
 肩を叩く代わりに優しく握られた手のひらに、私は小さく笑って、首を振った。

 「やらない」

 あの頃は、ただ必死だった。
 掬えもしないものに、破れそうな紙で、何度も手を伸ばして。
 気づけば、水の中に落としてしまっていた。

 もう一度、金魚すくいの屋台を見つめると、水の中で揺れる赤い影が、提灯の明かりを受けて、きらきらと滲んでいる。
 落としてしまった思い出も、今となっては輝かしくて愛おしい。
 私は、ゆるく繋がれた手のひらに、そっと指を絡めた。

 「いちご飴、食べよっか」
 見上げると、彼は少しだけ目を細める。
 「ほんと好きだね」
 ゆっくりと歩き出す歩幅は、私と全く同じで居心地が良い。

 「大好きなの。ずっと昔からね」
 きゅっと握り返された指先と、逃げていかない温度。
 薬指に光る指輪が、提灯の明かりを受けて小さく瞬いていた。