あの夏の私が、すくえなかったもの

 「……紗夏。なあ、聞こえてる?」
 ハッとして顔を上げると、リモコンを操作する手を止めて、怪訝そうにこちらを見ている彼がいた。
 ふたりきりの彼の部屋でぼんやりしてしまっていたことに気づいて慌てて口を開く。
 「あ……ごめん。何みよっか」
 慌ててテレビの方へ視線を戻すと、彼はリモコンを置いて、こちらを見つめた。
 「最近さ、なんか変じゃね」
 怪しむような瞳に、どくりと鼓動が嫌な音を立てる。
 「……変って?」
 ぎゅっと唇に力を込めるけど、それは不自然に形を歪ませただけだった。
 「ずっと、上の空だし」
 自分でもわかっているその理由は、私から誤魔化しの言葉を奪っていく。

 ーー彼の隣にいればいるほど、彼女の影がチラついた。
 意識すればするほどに、彼女の名前は学校中で聞くことに気づく。
 文武両道で、いるだけで華となる存在。
 そんな彼女と横に並ぶ彼は、一気に遠い存在に感じてしまうのだ。

 「……なんでもないよ」
 それでも、そう言うしかなかった。視線を落としたまま呟くとぎゅっと強く手を取られる。
 「言えって、なんかあるんだろ」
 強い口調に、私は驚いて目を見開いた。
 「だって……重くなりたくない……」
 小さく落ちた言葉は、そんな風に逃げる言葉。
 「思わねーって。そろそろ信じてよ」
 今度は優しく両手を握られて、その温度に背中を押されるように、私は意を決して口を開いた。

 「華月先輩。花火大会で会ってから、気になってるの……」
 言い終えた瞬間、部屋の空気が少しだけ変わり、彼は小さく息を吐く。
 「……ああ」
 少しだけ苦笑いを浮かべた彼に、私の心臓は不穏に揺れた。
 「元カノなんだ」
 止めることもできず落とされた言葉は、私の呼吸を浅くしていく。
 明らかにみんなと違う振る舞いに、そうなんじゃないかと心のどこかで思っていた。
 それでも彼の言葉から明かされるのは、分かっていても苦しい。
 「元カノ……気になる?」
 小さく頷くと、彼は「そうだよなー」と小さく呟いた。
 「ごめん。でも、付き合ってた事実は、変えられないから」
 申し訳なさそうにそう言った彼に、胸の中にじわっと後悔が広がる。
 ーーやっぱり、言わなきゃよかった。
 どうしようもないことに不安になって、困らせた。自分の情けなさに涙がこぼれ落ちそうになって慌てて下を向く。