あの夏の私が、すくえなかったもの

 人の流れに押されるようにして、駅へと向かう。少し前を歩いていた彼が不自然に止まり、手を繋いでいた私は彼にぶつかりそうになった。
 視線の先にいたのは、人混みの中でも確かに目立つ、整った容姿をした女性だった。
 ーー確か、バスケ部の先輩。短い髪が良く似合う、綺麗な人。
 シンプルな私服なのに、その場の光を全部集めたような、圧倒的に目を引く存在だった。

 「いっくん。彼女、できたんだね」
 柔らかく眉を下げた笑顔とは印象の違う、温度を抑えた響きに、無意識のうちに手に力が入る。
 いつもなら、嬉しそうに応えてくれる彼の手のひらは、その力を返してくれなかった。
 「うん」
 肯定する彼の声も、いつもと同じはずなのに、どこか平らに聞こえる。
 「華月も、地方大会、決まったんだろ」
 「まあね。全国、目指してるから」
 淡々とした会話の違和感は、二つ上のはずの彼女にタメ口で話す彼のせいか。
 でも、それだけではない気がした。他の誰と話しているときとも違う、どこか意図的に距離を作っているような素っ気なさが、心に重みを残していく。
 「じゃあね」
 華月さんは、ゆっくりと目を細めてそう言った。
 視線が、ほんの一瞬だけ、私に向く。透き通った瞳が私を捉え、そのまま何事もなかったように離れていった。
 言葉は交わしていないのに。彼の隣にいることを責められたような、その冷たい瞳は、私の心から熱を奪っていく。
 「……おう。頑張って」
 短く返して、彼はまた歩き出した。
 さっきまで私に合わせてくれていた歩幅が、速く大きくなっていることに、彼は気付いていないみたいだった。