いくつかの屋台に寄って歩いているうちに、ふと足が止まった。目の前にあったのは、金魚すくいの屋台だった。
あの日、初めて彼と言葉を交わした夜が、ふっと重なる。ぼんやりとその記憶に浸っている間に、彼はもう慣れた様子でポイを受け取っていた。
「やろうぜ」
二本あるポイに戸惑いながらも、私は浴衣の袖を捲って、水面に近づいた。
去年、後ろから見ていた動きを思い出しながら、そっと水面に紙を滑らせる。ほんの少しだけ傾けると、揺れていた影がすっと近づいてきた。
「お、チャンスチャンス!」
ーー大きいから取れないかもしれないけど。
そのままゆっくりと持ち上げると、水を切る小さな音と一緒に、赤い影が紙の上に乗った。
驚いているうちに、その影は、するりと手元のカップに滑り込む。
「……わ」
「おぉ!すげーじゃん!!」
掬い上げたばかりの金魚が、小さな容器の中でぱしゃりと跳ねた。その動きを目で追いながら、じわじわと実感が追いついてくる。
隣では彼が嬉しそうに笑っていて、その表情に引っ張られるみたいに、私もまた笑った。
「じゃ、乾杯」
花火を待つ時間に、あの日と同じように差し出された、いちご飴。一本を受け取って、彼の持つもう一本と先端をこつんと軽く重ねる。かり、と小さく噛めば、甘い飴の層が割れて、その奥からいちごの酸味がじんわりと広がった。
「美味しい」
そう微笑んだ瞬間——ぱん、と空気を裂く音が響く。夜空いっぱいに広がる光に、思わず息を呑んだ。
横顔に映る光が、一瞬ごとに色を変えて、その輪郭をやわらかく照らしていく。私は頬が赤くなるのを隠すように、また空を見上げた。
「やっぱ、桜の浴衣、似合うな」
ふいに落ちた言葉に視線を戻すと、彼は花火ではなく、私の袖を見ていた。
「今日、着てきてくれないかなって思ってた」
オレンジ色の花火が光ったからか、彼の頬がほんのりと色づいたように見える。
「私の浴衣……覚えてたの?」
「もちろん」
懐かしそうに目を細めて、彼は笑った。
「あのときから、桜がいちばんタイプって言ってた」
その言葉に目を見開いて、私は思わず以前みたいに俯いてしまった。
「そんなの、嘘だよ」
小さく返すと、優しく手のひらが顎に触れて、軽く持ち上げられる。
「ほんとだって」
低く落ちた声が、距離の近さを際立たせて、私は落ち着きなく視線を彷徨わせた。
「だからあの日、わざと遅れて、隣に座ったんだもん」
いたずらっ子のような笑顔で肩をすくめる彼に、ふわっと風が吹き抜ける。
抑えようとしても、頬の熱は隠しきれない。
顎に触れていた手が、そのまま頬へと滑って、耳元にかかった。
息が触れそうな程の距離になると、風も、周りの音も、花火の光すら遠くなる。
「……いい?」
小さく落ちた声に、うまく返事はできなかった。
ただ、そのまま時間が静かにほどけていって、そっと、唇が重なる。
ぎゅっと目を閉じると、胸の奥まで響く振動を大きく感じた。
夜空には、まだ花火が咲いているのに、その音も、少し遅れて届くように感じる。
「……なんか、照れるな」
彼は小さく笑って、空に向かって視線を逸らす。その横顔につられて、私も少しだけ笑った。
——こんなに幸せでいいのかな。
去年の自分には想像もできなかった今が、手のひらの中に確かにある。
そっと掬い上げた今をこぼしてしまわないように、私はその時間を抱きしめていた。
あの日、初めて彼と言葉を交わした夜が、ふっと重なる。ぼんやりとその記憶に浸っている間に、彼はもう慣れた様子でポイを受け取っていた。
「やろうぜ」
二本あるポイに戸惑いながらも、私は浴衣の袖を捲って、水面に近づいた。
去年、後ろから見ていた動きを思い出しながら、そっと水面に紙を滑らせる。ほんの少しだけ傾けると、揺れていた影がすっと近づいてきた。
「お、チャンスチャンス!」
ーー大きいから取れないかもしれないけど。
そのままゆっくりと持ち上げると、水を切る小さな音と一緒に、赤い影が紙の上に乗った。
驚いているうちに、その影は、するりと手元のカップに滑り込む。
「……わ」
「おぉ!すげーじゃん!!」
掬い上げたばかりの金魚が、小さな容器の中でぱしゃりと跳ねた。その動きを目で追いながら、じわじわと実感が追いついてくる。
隣では彼が嬉しそうに笑っていて、その表情に引っ張られるみたいに、私もまた笑った。
「じゃ、乾杯」
花火を待つ時間に、あの日と同じように差し出された、いちご飴。一本を受け取って、彼の持つもう一本と先端をこつんと軽く重ねる。かり、と小さく噛めば、甘い飴の層が割れて、その奥からいちごの酸味がじんわりと広がった。
「美味しい」
そう微笑んだ瞬間——ぱん、と空気を裂く音が響く。夜空いっぱいに広がる光に、思わず息を呑んだ。
横顔に映る光が、一瞬ごとに色を変えて、その輪郭をやわらかく照らしていく。私は頬が赤くなるのを隠すように、また空を見上げた。
「やっぱ、桜の浴衣、似合うな」
ふいに落ちた言葉に視線を戻すと、彼は花火ではなく、私の袖を見ていた。
「今日、着てきてくれないかなって思ってた」
オレンジ色の花火が光ったからか、彼の頬がほんのりと色づいたように見える。
「私の浴衣……覚えてたの?」
「もちろん」
懐かしそうに目を細めて、彼は笑った。
「あのときから、桜がいちばんタイプって言ってた」
その言葉に目を見開いて、私は思わず以前みたいに俯いてしまった。
「そんなの、嘘だよ」
小さく返すと、優しく手のひらが顎に触れて、軽く持ち上げられる。
「ほんとだって」
低く落ちた声が、距離の近さを際立たせて、私は落ち着きなく視線を彷徨わせた。
「だからあの日、わざと遅れて、隣に座ったんだもん」
いたずらっ子のような笑顔で肩をすくめる彼に、ふわっと風が吹き抜ける。
抑えようとしても、頬の熱は隠しきれない。
顎に触れていた手が、そのまま頬へと滑って、耳元にかかった。
息が触れそうな程の距離になると、風も、周りの音も、花火の光すら遠くなる。
「……いい?」
小さく落ちた声に、うまく返事はできなかった。
ただ、そのまま時間が静かにほどけていって、そっと、唇が重なる。
ぎゅっと目を閉じると、胸の奥まで響く振動を大きく感じた。
夜空には、まだ花火が咲いているのに、その音も、少し遅れて届くように感じる。
「……なんか、照れるな」
彼は小さく笑って、空に向かって視線を逸らす。その横顔につられて、私も少しだけ笑った。
——こんなに幸せでいいのかな。
去年の自分には想像もできなかった今が、手のひらの中に確かにある。
そっと掬い上げた今をこぼしてしまわないように、私はその時間を抱きしめていた。



