あの夏の私が、すくえなかったもの

 「どした?」
 指の隙間から前を見ると、目の前には大好きな親友の顔があった。安心と共にぽろぽろと溢れ出した大粒の雫に戸惑う。
 「どうしよう、どうしよう……」
 そのまま、莉子に抱きつく。驚いていた彼女は、すぐに小さく微笑んで、背中をぽんぽんと軽く叩いてくれた。制服越しに感じる体温に、少しだけ息が戻る。
 「……壱生に、何か言われた?」
 はっとして離れると、困ったように眉を下げる彼女がいた。
 ーー知ってたんだ。
 彼らと仲が良い彼女に、すぐに気付いて、私は目を丸くした。その拍子にまたぽろぽろと涙が落ちて、その涙を優しく拭われる。
 「嫌だったの?」
 やわらかく笑うその表情に、首を横に振る。
 「でも……絶対、嘘だもん」
 俯いて、ネガティブな感情をそのままに呟こうとした。
 「私なんて——」
 その言葉は、ほっぺたを軽く摘まれたことで止められる。
 「それ、もうやめなよ」
 少しだけ強い口調で止められて、私は思わず目を見開いた。
 「紗夏は、ちゃんと魅力あるよ。ずっと、昔から」
 そんなこと、と言いかけて、交わった視線にその言葉は飲み込まれた。
 バスの時間や電車の時間が近づいて、教室からは、少しずつ人が減っていく。
 その様子をしばらく見つめていた彼女は、私の隣に座って肩に頭を寄せた。

 「ちょっとは、自分に自信もってほしいんだ」
 窓の外から聞こえる下校中の生徒の声が、小さく耳に届いてくる。
 「あいつね、高校きて同じクラスに紗夏がいて、めっちゃ喜んでたんだよ」
 思わぬ証言に驚いて、私は莉子の顔を見た。
 「早く連絡したらいいのに。ずっと迷ってるから、周りが強引に送ったこともあったって」
 眉を下げて笑う莉子に、いつかの電話を思い出して、私はぎゅっと手のひらを握りしめた。
 「……紗夏次第だよ」
 優しい手のひらが重ねられて、またじんわりと涙が浮かんでくる。
 「本当は、どう思ってるの?」
 少しだけ迷ったけれど、私は覚悟を決めてずっと蓋をしてきた自分の心の内を口にした。
 「……嬉しい、よ」
 声は情けなく震えていた。けれど自分自身にすら認めてもらえなかった思いがじんわりと胸に落ちていく。
 ……怖い。傷つく準備が整っていくみたいで、素直な気持ちを認めるのはすごく怖いことだった。
 それでも確かに、ずっと心の奥で燻っていた何かがすっきりした感覚もある。
 「紗夏が思ってるより、二人、お似合いだと思うよ」
 嬉しそうに笑う莉子に、私はぎゅっと足に力を入れて立ち上がる。
 「莉子、ありがとう。私行ってくる」