あの夏の私が、すくえなかったもの

 スマートフォンを下ろして、しばらくそのまま立ち止まる。
 ……切り方、強引すぎたかな。
 まだ家まで五分ほどはある道を見つめて、じわじわとそんな気持ちが湧いてきた。
 もっと、うまく話せたんじゃないかとか。
 もう少し、可愛く返せたんじゃないかとか。
 考え始めるときりがなくて、私は小さくため息をこぼした。
 莉子の楽しそうに笑う顔や、彼の周りで自然に話している女の子たちの姿が浮かぶ。
 ——私じゃ、やっぱり無理だよ。
 応援すると笑ってくれたみんなを思い出して大きなため息をつきそうになったとき、手にしたままのスマホが、手に振動を届けた。
 胸の前に持ってきて画面に触れると、いつものアイコンが浮かび上がる。既読をつけないように画面を開くと、二つのメッセージが飛び込んできた。
 〈急にごめん。あいつらが勝手にかけて〉
 〈こういうの苦手だよな、本当にごめん〉
 その文字を見た瞬間、もやもやと沈みかけていた胸の奥が、すっと軽くなる。
 あの日もそうだった……。
 誰も気付かないはずの、飲み込んだ心の内を、彼だけが簡単に見つけて、いちご飴を届けてくれた。
 きっと女の子に慣れている彼にとっては、何気ない気遣いのひとつなんだろうけど。
 それでも私は、気づいてもらえることが、当たり前じゃないと知っているから。
 私にとってはちゃんと特別で。そして簡単に、心は引き戻されてしまうのだ。

 ゴールデンウィーク明けの朝。眠たい目をこすりながら校門を抜けて、グラウンドの横を通り過ぎようとしたときの出来事に、私は目を丸くした。
 「紗夏ちゃん、おはよ!」
 聞こえてきた弾けるような声に、思わず足が止まる。
 顔を上げた先、フェンスの向こうにいたのは、壱生くんだった。ボールを足元に転がしたまま、こちらに向かって手を挙げている。
 「……おはよう」
 戸惑いながらも返すと、彼はにっと笑って、軽く手を振った。
 「また教室で!」
 それだけ言って、何事もなかったみたいに、またボールを蹴り始める背中。
 取り残された私は、コートに広がる笑い声の中にあっさりと溶けていく背中をしばらく見つめていた。
 ……なんで?
 彼とは、この間の電話以来、メッセージのやり取りもなくなってしまっていた。
 だからこのまま、交わらない関係に戻るんだって思っていたのに。
 こんなふうに、自然に話しかけられるなんて想像もしていなかった。