この恋全部、オバケのせいにしてしまおう

 学校の廊下、いつも通りの日常。向こうから赤桐が歩いてきた。友達と連れ立って歩く姿は、いつもと変わらずカッコいい。俺は普段通りに声を掛けて走り寄った。
『赤桐!』
 だけどあいつは俺と目を合わせようとしない。そのまま俺を無視して友達と歩き去っていった。
『どうして……』
 赤桐、どうして? もう俺とは話をしたくないのか? あの時俺がお前の気持ちに応えられなかったから? 俺が嘘をついてお前の事をデートに誘ったから? 
『ごめん、ごめん。赤桐! 待って!』
 後ろから追いかけるのに、いつまでたっても追いつけない。走って走って、いつの間にか今度は観覧車の中にいた。地上に戻ってきて、ゴンドラからでようとしたのに、赤桐が俺を置いて降りてしまう。俺は観覧車に閉じ込められたまま、再び空へと戻っていく。
「待って、赤桐! 行かないで。ごめん、俺が……俺が悪かったから!」
 観覧車は空の上に浮かんでいく。ぐんぐんと舞い上がっていく。高いところは嫌だ。怖くて蹲る俺の隣に、黒いモヤモヤを背中に背負った険しい顔をしたクミが立っていた。
『夕雨のうそつき』
「クミ……、ごめん。俺どうしてもできなかった。だって俺あいつのことが……」
 ぐんっと観覧車が上下に揺れる。俺は震えながら座席に縋って周りの景色が一気に下がって真っ逆さまに落ちて行き……。
「うわああああっ!」
 自分の叫び声で目が覚めた。目覚め最悪、落ちていった感覚がまだ身体に残っている。全身ぐっしょりと汗をかいていて、見慣れた部屋の天井を見上げて安堵する。
「……夢か」
 ふと持ち上げた左手首に巻かれたブレスレットが目に入って、俺ははーっとデカいため息をついた。
「夢じゃない……」
 少なくとも、昨日俺がやらかしてしまったことは夢じゃなかった。
「夕雨、起きなさいって」
 扉がノックもなく開いた。姉のこういう行動はしょっちゅうなので今更驚かないけど、俺は布団を被って項垂れる。
「……うるさい。まだ眠い」
「はあ? 今日はおばあちゃんとこに行くっていったでしょ?」
「ええ?」
「たまには顔見せなさいって、夕飯用意して待ってるって言われたの忘れたの?」
「……忘れてた」
 スマホを取り上げて時刻をみたら、なんともう十五時を回っていた。
「……落ち込みすぎでしょ、あんた。何があったの? 昨日帰ってからすぐに寝るって部屋にこもったっきり、夕飯も食べないで降りて来なかったじゃない。クミちゃんも一緒に帰ってきたし」
「え……、クミ」
 見れば姉の後ろからばつの悪そうな顔をしたクミがひょこっと顔を出すところだった。
「成仏……、出来なかったんだな。俺がやらかしたから」
 こくっとクミは頷いた。昨日観覧車から降りた後、あんまり記憶がない。すぐに駅まで戻って解散することにしたんだけど、俺は気まずくて赤桐の顔をまともに見ることが出来なかった。
(自分でデート誘って、思わせぶりなこと言って、相手がその気になったのに、キスを拒むとか。冷静に考えて頭おかしくないか? 俺が相手にやられたら流石に嫌いになるかも……、ってか、なるよな)
 いや。昨日だって赤桐はずっと優しかった。どちらかといえば抱き着いていた俺の身体をゆっくり引き剥がしてから「やっぱ、ダメだよな。ごめん」って穏やかに謝ってくれた。いつも通りの赤桐だったけど、それっきり俺が何を話していいのか分からなくなって、お互い無言になってしまった。
 電車も同じ方向に乗るのに、俺はわざと別の路線を選んで乗り換えて『ちょっと寄るところがあるから』なんて言い訳して。逃げて逃げて、マジで最悪な奴だと思う。
(なにが誠実に向き合いたいだよ)
 結局赤桐を深く傷つけた上、クミを成仏させてあげることもできなかった。マジで最低野郎に俺は一日で成り下がった。
「まあ、取り合えず約束なんだからおばあちゃんち行くわよ」
 俺は気乗りしないままに、母さんと姉さんに引きずられるようにして、おばあちゃんち、つまりは父さんの実家まで行くことになった。
 オシドリ夫婦って言われてたのに、一昨年爺ちゃんが亡くなってから、一人暮らししてるばあちゃんにとっては、たまに俺達と会えるのが楽しみなんだからと説き伏せられた。
「ちょうどいいじゃない。お父さんの卒業アルバム見るチャンスでしょ。もしかしたらクミちゃんが知ってる人が映ってるかもしれないじゃない」
「そうだな……。もしかしたらドンピシャ、父さんの学年にクミがいて、佐藤君の事が見つかるかもしれないし」
 俺がキスに失敗してしまった以上、クミが成仏できるかもしれない条件は、佐藤君に会ってどうしてあの日来られなかったのか聞くとか、会って気持ちを確かめるとか、そういった別の条件に変えなければいけないところに来ていると思った。まあ、そんなことが本当にできるかは分からないけど……。
 でも今朝はなんだかクミが大人しい。成仏できなかったのが応えているのかもしれない。こんな時普通に話しかけてあげられたらいいんだろうけど、いくら母さんが俺達に理解があるとはいっても街中で喋りかけにくい。
「おばあちゃん、来たよ~」
「あら、いらっしゃい」
 うちは祖母ちゃんと母さんは嫁姑だけどすごく仲がいい。久々の再会に二人でノリノリでハグとかしててなんだか変な感じなんだけど、底抜けに明るい性格が母親と嫁どっちも似てる。どちらかといえば寡黙で大人しい気質の爺ちゃんも父さんもこういう明るい人が好きなんだろうなって分かる。
「いらっしゃいね」
『おじゃまします』
 じいってばあちゃんをみながら、見えてないっていうのに律儀に挨拶しているクミはいい子だなって思った。じいちゃんが亡くなってからは祖母ちゃんは、一戸建ての古い家からマンションに引っ越して快適そうに一人暮らしをしている。
「なあ、ばあちゃん。父さんの高校の卒アルってある?」
「どしたの、急に」
 母さんが変な顔してる。まあそうだろうな。何時までも女三人長話がつきないから、とりあえず俺だけでも卒アル見てこようと思ったんだよ。
「あー、なんか昔の制服知りたいって言ってた子がいたんでしょ? クラスに」
「まあそうなの? 今とは制服違うのよねえ。カズちゃんの頃は学ランで、夕雨君の頃にはブレザーになってたものねえ」
 姉が謎の助け舟を出してくれて、祖母ちゃんがよっこらしょっと席を立つ。俺と姉さんはその後ろからついていく。仏壇がある和室に棚があって、祖母ちゃんはそこから家族のアルバムと一緒に並んでいた卒業アルバムを取り出した。
「これね」
「ありがと」
 俺達の頃と雰囲気は変わっていない。一冊の本みたいにまとめられて印刷されたタイプの卒業アルバムだった。
「わー、ほんとだ。男子は学ランで、女子は上下ネイビーの制服でリボンもないんだね。なんかさっぱりしてる」
「今の方が女の子もお洒落になってるよね。ブレザーはネイビーで下がグレーのチェックのスカート」
 今は男女ともにカラーリングが変わらない。ネクタイは臙脂色に白にブルーのストライプだ。 
「お父さん何組だったんだろう」
 リビングに戻ってテーブルの上にみんなで見られるようにアルバムを広げた。
「ここにいない人のアルバムをみんなで見るのシュールね」
「カズくんは次いつ帰ってくるの?」
「ゴールデンウィークは混むからどうしようかなって言ってましたよ」
 嫁と姑が二人で話している間に、俺は姉とクミと目を見合わせ頷きあってからA組からのアルバムを開いた。
「……佐藤君。いた」
 いきなりA組に佐藤君がいた。クミの顔を見るけど首を振ってる。
「何人かいたってことだよな。てかこれ何クラスあるんだ?」
「佐藤?」
 なんか祖母ちゃんと母さんがいぶかしげな声を上げてるけど無視をした。突っ込まれても返事に困る。
 最初にぱらぱらっと捲ると、A~Gまで7組クラスあった。次のクラスBにも、とんでDにも佐藤君がいる。その佐藤君も違うみたいで、流石にこんなピンポイントでクミの学年なわけがないかって思う。でも一人でも知っている人がいたらラッキーだ。
「鈴木、佐藤って多いんだよな、日本で一二を争う程多いんだったよな」
「あんたたち、なにやってんの」
「あー!」
 母さんにアルバムを横取りされてしまった。
「パパどのクラスだったのかなあ。高校生のパパ格好よかっただろうな」
「母さんって父さんとどこで知り合ったんだっけ」
「えー。会社に入ってからだよ。お付き合いしてから結婚するまでは早かったけど、出会ったころのお父さん、ちょっと性格は暗……、大人しかったけど、背も高くて顔も濃い目できりっとしててね。本当に格好よかったのよ」
「親の恋バナとか流石に……」
「ほらここ、パパ」
 母さんが小さな手で写真を指差した瞬間、ひやりと空気が変わった。
「え……、これが父さん?」
『佐藤君だ……』
 俺達の父親の名前は『蓮見和文』アルバムにあった名前は『佐藤和文』。
 押し黙る俺と姉さんを見て、祖母ちゃんは眉を困ったように下げて口元に手をやっていた。
「もういいよね、話しても」
 祖母ちゃんに言われて、母さんが頷いてる。なんだか空気が変わってきた。俺は姉さんと顔を見合わせて唇をぐっと引き結んだ。
「あんたたちのお爺ちゃんと和文は血が繋がってないんだよ。私とおじいちゃんはカズちゃんが大学生になった歳に再婚してね、蓮見姓を名乗ることになったの」
「爺ちゃん、一言もそんなこと言ってなかった」
 病気で亡くなるまで爺ちゃんには可愛がってもらった記憶しかない。穏やかで口数が少ない小柄な人だった。公園によく連れて行ってもらったし、俺達は爺ちゃんの事が大好きだった。亡くなった時はショックで、散々泣いた。俺の受験の事も最後まで気にかけてくれた、そういう優しい人だった。姉の顔を見たら、姉も首を振っていた。
「知らなかった」
「そうねえ。お爺ちゃんが混乱するだろうからまだ言わないでいいって言ってたから。夕雨君が成人するまで待つつもりだったんだけど、いい機会だから話をするとしましょうか」 
 俺達の血のつながったお爺ちゃんって人は、女癖も酒癖も悪いあまり良くない人で、祖母ちゃん的にはあんまり思い出したくもないようなやばい人だったんだそうだ。
 小さな兄妹を連れて家を出たばあちゃんは、保険の外交員の仕事をして、必死で育ててきたんだそうだ。客先の会社にいた爺ちゃんと知り合って交際を始めて、父さんが大学生になるタイミングで籍を入れたんだそうだ。
「驚きだわ……」
 姉さんは母さんからアルバムを奪い取って、パラパラとめくる。あるところで止まって、目を見開いてる。
「夕雨」
 呼ばれた俺は、姉さんがこちらにだけ見せるように立てたアルバムを覗き込んだ。
「これ……」
「うん」
 柳木久美子と書かれた名前、四角い枠の中でクミは零れんばかりの笑顔を見せていた。
※※※
 帰宅してここ最近のルーティーンみたいに俺達は俺の部屋に集まった。ベッドの上に腰かけた姉とクミ。俺はラグの上に胡坐をかいて、ローテーブルに卒アルを置いて眺めていた。
「にしても、赤桐に似てるか? 父さん。赤桐の方が……」
『似てるもん!』
 俺の知っている親父と言ったら若い頃とは違って仕事から帰ってきた後のよれよれの姿だったし、自分の父親をイケメンだとか、そういう目で見たことがなかった。
「赤桐君の写真知らないんだけどさ、どんなよ? あんた写真持ってないの?」
「……これ」
 ちょい恥ずかしいんだけど、なんかノリでデート中に撮った、食事の前にハンバーガーと一緒に赤桐をうつした写真を姉に見せる羽目になった。
「うーん。ごめんだけど、赤桐くんのが百万倍イケメンだ。思い出補正こわっ」
『もー! 朝花も酷いよお。佐藤君かっこよかったんだってば!』
「卒アルだけじゃなんともいえないねぇ。大体身長だって夕雨よりは高いけど一八〇センチないと思うよ。それにほら、やっぱ昔っぽい髪型だし」
「悪かったな、チビの母さん似で」
 それにしてもこんな複雑なことってないだろ。俺は卒アルに映ってる、眼鏡をかけてない親父の顔を爪先ではじいた。
「おい、佐藤。……お前何で待ち合わせに来なかったんだよ」
 俺の隣に降りて来たクミが、愛し気に写真の頭を撫ぜていた。
『いじめないで。優しい人なんだよ』
「じゃあ、私、先にお風呂入って来るね」
 何時もテンション高めの姉にしては静かに部屋を出て行った。
「あのさ……。ごめんな」
『こっちこそごめんね。……夕雨、大葵の事、本当に好きなんだよね。だからあの時、気持ちがすれ違ったまま、キスできなかったんだよね』
「あー、うん」
 今更クミに嘘をついても仕方ない。俺が素直に頷いたら、クミはコロコロ笑ってた。
『だと思ったよ』
「好きっていうんであってるのかな……。俺、今まで付き合った人とかいないから。恋愛のこととか全然分かんないよ。だから大葵に大事にしてもらってても、俺なんかでいいのかなって……」
 ベッドの上に胡坐をかいて、俺はお揃いのブレスレットを撫ぜた。
「俺、昔から自分に自信がないんだ。ビビりだし、成績も身長も顔だって人より凄いぞって思えるところないし、あいつに好かれる要素が見当たらんもん」
『ねーえ、夕雨が撮った大葵の写真、ちゃんと見た? 好きじゃなきゃ、あんな顔して写んないでしょ?!』
(確かに俺が撮った写真の大葵は、何気にいい顔で笑ってたっけ……)
 クミのフォローに、少しだけ心が軽くなった。
『それに、大葵君、辛い時に夕雨に励まされたから好きになったみたいなこと、言ってたし!』
「まあ、そうなんだけどさ……。でもたまたまのタイミングで、俺でなくてもってことない?」
『あーもう! じれったいなあ!』
 クミは俺の顔と被さるんじゃないかぐらいに顔をググっと近づけて半分怒ったみたいな甲高い声を上げた。
『私は知ってるよ。夕雨は、見ず知らずのオバケからとんでもないお願いを頼まれて、高いところも苦手なくせに、嫌って言えないお人好し。すごく優しい人だよ。それってすごく、君のいいところじゃないの!?』
「でも結局どっちつかずのヘタレの、ダメダメ人間だ」
 ああ、落ち込むに任せてネガティブなことばかり吐いてしまう。自分のこういうところも嫌いなんだよ、俺は。
『ねーえ。夕雨』
 突然ガタガタガタガタってベッドや本棚が揺れて、電気がちかちかちかって付いたり消えたりを繰り返す。クミの周りに黒いモヤモヤがまたでてきて。俺は驚きでひゅっと喉を鳴らす。
『……私、思い出したんだ。死ぬときにね。苦しくて、怖くて、佐藤君のことを恨みながら死んだかもしれない。何で来てくれなかったのよおって。なんで私ばっかりこんな苦しい思いしなきゃなんないのって。季節外れの雪が降って、寒いのに買ったばかりの春物ワンピ着て行って、風邪ひいたのは自業自得だったのにさ。楽しく生きてる人、みんな、私みたいに意味もなく苦しめばいいのに!って』
 ぞくりとしてもおかしく無い台詞だったけど、もう俺にとってクミは奇妙であってもそこまで恐ろしい存在ではなくなっていた。
「高校生が……。風邪ひいたぐらいで死ぬなんて思うわけないんだから、そんな風に思っちゃ駄目だろ?」
 クミは小さく『ほら、優しいんだあ』って呟いて、明るくなった部屋の中にふわりと浮かんだ。
『私はさ、死ぬ前も死んだ後も、自分の事ばっか考えて生きてた。最後は走馬灯っていうの? 学校の教室で、私がデートしたいって話したら笑って頷いてくれた佐藤君の顔が頭に浮かんできて……。気が付いたら教室にいた。佐藤君に似てた赤桐君の顔を見て色々思い出した後も、今高校生してるみんなが羨ましくて、妬ましくて……。黒い気持ちがモヤモヤ溜まって、あふれ出してたのに。夕雨はそんな私に、手を差し伸べてくれたじゃない? 自分以外の誰かのために一生懸命になれるって、それってすごいことなんだよ!』
「でも俺、結局クミとの約束も守れなかったし、あいつのことも、きっとすごく傷つけた……」
『もう、うじうじうるさい! 聞いて! 誰かのために戦おうとしてくれる君は、充分強い。優しい夕雨はすごく格好いいよ!』
 クミの全力の励ましは、充分俺に刺さった。お互い、顔を見合わせて笑った。
「ありがとう。元気出たよ。じゃあ、俺の話も聞いてくれる?」
『何?』
「クミ。俺と一緒に、父さんのところに行かないか?」
『え……』
 今度は俺が一生懸命、クミに気持ちを伝える番だ。
「気になるじゃんか。佐藤がどうしてあの日デートに来られなかったのか。それでクミの事をどう思っていたのか。知りたいんじゃなかった? それが成仏のきっかけになるかもだし。クミ、生まれ変わって、また高校生になりたいんだろ?」
『……なりたい』
 幽霊なのにリップがほの赤い唇を震わせて、クミは小さく呟いた。
『でも怖いよ。怖い。気持ちを聞いて、傷つくのが怖い……』
「相手の素直な気持ちを聞いて真正面から受け止めるのって本当に怖い。勇気がいるよ。まあこんなこと言ってるけど、俺もさ、昨日赤桐から告白されて、受け止め損ねて、キャッチできないまま反らしちゃったかんじだけど……」
『私なんかの事より、今は夕雨に大葵君と仲直りして欲しいな』
(自分の事ばっかりじゃないじゃないか……)
 クミは変わったのかもしれない。俺も、変わりたい。
「大葵から、昨日の夜から連絡なしだし、あんなことして、絶対嫌われたか、呆れられてると思う。でもね。俺も、次に進むために勇気を出すよ。大葵にちゃんと話してみようと思う。俺のこの……、力のことも、話してみる。あいつには俺の全部晒して、ぶつかってみたいって思ったんだ。ほらまあ、あいつ、俺がぶつかっていったぐらいじゃ、びくともしなさそうだって分かったし」
 クミが息を飲んで、大きな目を真ん丸にした。
『もしも明日夕雨が死んじゃったら……』
「なにこわい。縁起でもないこと言うなよ」
『縁起でもないけどさ、人間明日どうなるかなんて誰にもわかんないんだから。だから、明日死んでもいいように、悔いなく生きるって大事だよ』
「クミ、かっけー!」
『なにいってんの! カッコいいのは夕雨じゃん。夕雨がしようとしていることって、そういうことなんだよ。今を生きてる、夕雨が今大切にしたいって思っている事を、素直に大葵君に打ち明けることって、すごく意味があると思う! クミは応援してるよ!』
「あーもう、説得力、ありすぎるよ……」
 俺は頭を抱えて、両掌でぐしゃぐしゃって髪を掻きむしって気合いを入れた。
「じゃあさ、俺が赤桐と仲直りして来たら、クミも勇気出して、俺と一緒に名古屋に……。父さんのところに行ってくれる?」
『あはは。夕雨からお願い事されちゃった。いいよ』
「本当に? クミもついてきてくれる?」
『うん。勿論。……人からお願い事されて、頼られるのって、嬉しいことなんだね。……知らなかったなあ。知らずに死んじゃったんだなあ』
 顔を覆って、クミは項垂れた。もしも今、クミに触れることが出来たら、俺も赤桐みたいにクミの肩を抱いて勇気づけてあげたかったなって思った。大事だなって思う相手には触れて励ましたくなるんだって分かった。
 赤桐が俺に注いでくれた穏やかな眼差し、力強い声。俺を見守って勇気づけてくれる存在。傍にいたい、傍にいてもらいたい。
(全部『愛』でしかないな)
 これから俺があいつに返してあげられること、一つでも多く見つけないと。