この恋全部、オバケのせいにしてしまおう

 翌日の放課後、俺は赤桐とのデートの約束をすることになった。
「頼む、赤桐。俺と付き合って。映画館デートしてくれ、一回でいいから!」
「わかった」
「え……、はあ、いいのか?」
「いいも何も。別に映画ぐらい」
「デ、デートだぞ、デート。あれだぞ。付き合うかもって、いい感じの二人が行く、あれだぞ」
「ああ。理解してる」
「り、理解、してるのか?」
「それより、顔が赤くなったり青くなったりして、お前本当に体調大丈夫なんだな? 昨日みたいに倒れたりはしないだろうな?」
「だいじょうぶ、です」
「そうか。じゃあ、部活行ってくる。映画何見たいか決まったら連絡くれ」
「ご、ごめ……。なるべく早くがいい」
「ああそうか。分かった。近く、いけそうな日程送っとく」
『きゃあっ! イケメンとデート! デート!』
 さっきまでのおどろおどろしい雰囲気が吹き飛んだような、弾んだ女の子の声が耳に直接聞こえて来た。気が抜ける。絶対俺を怖がらせてプレッシャーかけるために脅かしたんだろ。
(言っちゃったよ……。もう、取り返しつかないだろ)
 廊下に出る直前に赤桐がくるって俺を振り返った。
「蓮見。映画が、楽しみにしてる」
「え、ああ」
(あいつ部活忙しすぎて、映画見に行くの久々なのかな……)
 あああ、ついに「デート」に赤桐を誘ってしまった。俺はもう赤桐と『オバケ』、どっちに気を取られていいのか分からなくて机に突っ伏した。
「ああも嬉しそうだと、なんか調子狂うな……」
『佐藤君似のイケメン、絶対夕雨のこと好きだと思うな~』
 クミまでそんなことを言うから、俺は誰もいないことをいいことに返事をしてしまった。
「いや、普通ないっしょ。俺みたいな平凡な男をあいつみたいな、女子が放っておかない、すげぇやつが好きとか……。え、オバケって人の気持ちまで分かんの?」
『わかんないけど、あの顔見てたら分かるよ。すっごく嬉しそうにしてたじゃない。いつから夕雨のこと好きだったのかな?』
「全然心当たりないんだよな……。あっ……。でもそういえば昨日あいつなんか言いかけてたんだよな」
『なになに? 気になる!』
「もとはといえばお前が急に出てきたりしたから続き聞けなかったんじゃないかよ」
『えー。ごめんて。赤桐君なんて言ってたの?』
「「お前があの時……」っていってた。あの時ってどの時だ?」
『心当たりないの?』
「そもそも俺とあいつは去年そこまで親しかったわけじゃなくて、レアキャラのガチャガチャを俺があいつにあげたのが……」
『ガチャガチャ?』
「ガチャガチャっていうのはカプセルトイって言って……」
『クミたちの頃だってあったよ、それくらい。それあげたら懐かれちゃったの? すごくレアだったの?』
「うーん。天然石のお店が監修してるシリーズで、シークレットの奴だから、レアだとは思うんだけど。俺みたいに石に興味があるやつしかそんなん分かんないからさ」
『そうなんだ。気になる~ どんなストラップ?』
 とにかく好奇心旺盛なギャルオバケは、話を盛り上げてくれるのが上手だ。俺もなんか気持ちが乗ってきて、オバケ相手に事細かく説明をしてしまった。
「猫が色んな天然石抱えてるストラップのシリーズでさ。目がオッドアイの白猫が石を抱えてるデザイン。その石が薄ピンクっぽくてサクラみたいな柄が入ってる石で、ちょっとレア」
『めずらしそ~』
「そうだな。ちょっと珍しいかも。まあ石っていうかさ、その猫にそっくりな飼い猫をあいつが連れててさ……」
 スマホが震えて通知が大量に入ってきた。それで我に返る。
「やばい……、バイト行かないと」
『バイト! クミも昔ハンバーガー屋さんでバイトしてたよ! 夕雨は?』
「コンビニだよ、コンビニ。行かないと」
 そもそもバイトまでの時間を潰しがてら、なんか一人っきりになってどうしたらあいつとデートできるか考えようって教室にいたわけだ。
(まさか昨日の今日で赤桐の事誘えるなんて思ってもみなかったけど……)
 振り返った赤桐の、あの嬉しそうな顔を思い出したら、こっちもなんか頬が熱くなってきた。
※※※
 翌日の昼休み、朝方雨が降ったせいで地面が濡れてたから、今日は大人しく教室で過ごしてる。弁当を食べ終わってスマホを眺めてた。
(あー、これクミが勝手にスマホ弄って登録したな。なんだこれ? 横浜のお洒落なカフェ10選? 必見デートコーデ?)
 姉さんにやり方を教わったのかすっかりスマホで検索することに嵌ったクミは、俺が寝ている間に俺の手とスマホを勝手に使ってSNSを見まくっているみたいなのだ。
(なんか朝起きた時、充電減ってると思ったよ。使ってもいいけど充電だけはさせないと……)
 なんて色々考えてたら、後ろから大きな影が覆い被さってきた。続けてシャツを肘までまくり上げた筋肉質な腕が、どんって俺を囲むように机につかれる。
「なんだよー、赤桐」
 肩にあいつの顎が乗っかる。そのまま上からスマホを覗き込まれた。後ろを振り向かなくたって、もはや気配で誰だか分かるんだ。
「なあ、どの映画館行くか決めた?」 
「今調べてるとこ」
「俺が決めようか?」
(こいつ凄く忙しいはずなのに、むっちゃのりのりなんだが……)
 俺が赤桐をデートに誘ったのは、昨日の放課後だ。ヤナクミ成仏大作戦を速やかに決行したい。
 だけど陸上部員の赤桐は今すごく忙しい。地区予選に続いて都大会を目指して日々練習に励んでる、はずだ。
(しかもなんかより一層、距離が近くなってる。これって椅子がなかったらほぼバックハグじゃね?)
 赤桐は俺の戸惑いなど素知らぬ顔で、片手は机についた姿勢のまま、自分のスマホを取り出して、俺の目の前に持ってきた。一瞬写ったロック画、赤桐の飼ってる白猫だ。
「俺が決めていいなら、この店に寄れるように、ここの映画館いって……」
 またもや中華のお店だった。しかもディープな町中華系。父さんなら迷わず生ビールを頼むだろうな。
「ヤバっ、どれもめちゃくちゃ美味そう。お前これ、弁当の後じゃなきゃ飯テロだぞ。どれも食べたい」
 じゅわっと口の中が中華モードになった。赤桐は俺の反応を見て満足そうに頷いてる。
「お前、中華料理好きなんだな」
 きょとっと胸の近くから顔を見上げたら、赤桐がちょっと照れたように日に焼けた頬を緩める。
「中華じゃなくてもいいけど、甘いもの以外で、お前が好きな料理他に知らんから。何が好きなんだ?」
(ああ、俺がこないだスィーツとラーメン好きって言ったからか……)
「肉系が好きかな」
「俺も。じゃあまた探すか」
 赤桐が自分からデートプランを考えてくれるとは驚きだ。任せてみたい気もしたがそうもいかない。
「あとさ……。あの……。観覧車に乗りたいんだよね」
「観覧車?」
 声がちょっと驚いてる。そりゃびっくりするよね~ いきなり観覧車とか言われたら。
「遊園地に行きたいってこと?」
 横から頬に唇がつくんじゃないかぐらいの距離で確認された。重いって……。そんでなんかいい匂いするって。
「ええと……。ほら、横浜だと観覧車だけでも乗れるから」
(何て答えたらよいんだこの場合、唐突過ぎて話が繋がらなさすぎるかな……)
「そっか。じゃあ映画館もみなとみらいがいいか。新しく出来たところが結構あるよな」
 だけど赤桐は持ち前(?)の理解力を発揮してあっさりOKしてきた。実は映画館も決まってるんだ。クミが待ち合わせしていこうとしてたっていう、横浜の映画館だ。
「えっと、それが映画館は横浜駅の近くが良くて……、あの……その。ち、近くについでに寄りたい店があるんで」
 なんとか絞り出した言い訳がこれ。
(我ながら苦しすぎる……)
 でも仕方がない。これがクミが望んだデートプランなんだから。
 当時クミが彼氏と待ち合わせしたのは横浜駅で、映画館は横浜。みなとみらい地区は色んなところがオープンしたてで、とにかく混んでたからそうしたんだって。
「分かった。横浜待ち合わせ、お前の行きたい店に行って映画みて、ちょっと遅めに昼を食べて、観覧車な」
 何という聞き分けのいい男なんだ……。彼氏だったら完璧なんじゃないか?
「また二人の世界に入ってる。付き合っちまえ」
 購買のパックジュースを飲みながら、通りすがりのバスケ部エースがからかってきた。
「それなら俺達つきあ……」
「うああああ、お前!」
 激しく手を振り被って赤桐の口元に手をやったら、ぱっちーんって張り手みたいな音が立った。
「痛ぇっ」
 片手で顔を覆いながら身を折って赤桐が呻く。ちょっと周りもざわついて来た。
「ごめっ! やりすぎた」
「夕雨! お前……」
「と、突然の夕雨呼び……」
「お前も俺を大葵って呼べ」
「なんで突然……」
「仲いい奴はみんな大葵呼びしてんだよ」
 ちょい目の近くまで指がいっちゃったみたいで、赤桐ちょっと涙目。ごめん、ごめんってば。
「だから俺もお前のこと、夕雨って呼ぶ」
「夕雨、今日帰りみんなでカラオケ行くんだけどお前も行かない?」
 ほかの友達もノリ良く夕雨呼びして来たけど、ぎろって赤桐が睨みつけて「お前は呼ぶな」って答えたら大笑いしてた。
「嫉妬深いぞー、彼氏」
 オバケと赤桐のことでいっぱいいっぱいだったけど、もうそろ他の友達と交流もできたらって思ってたところだった。
「俺も行く!」
 後ろからまたもや赤桐の腕が胸の前に回ってきて、肩にズシッと頭が載せられた。こういうスキンシップも慣れたものだ。
「俺も夕雨とカラオケ行きたい」
 ややむすっとした赤桐は当然部活だから今日はついては来れない。
「はいはい。また今度な」
「んー」
 唸ってる唸ってる。なんだこいつ。こんな赤桐見たことないぞ。
「今日みんなと帰るから」
「あーあ、部活の前の癒しの時間が……」
「癒し?」
(あー、なる。俺送って駅まで来てこっそりアイス食べたからか)
 ぐりりって肩に額をグリグリやられてて、なんだこいつ甘えたかって俺は赤桐のご機嫌を取るように腕をのばして頭に手をやる。
 どっちかって言えばオシャレなサッカー選手がしてるようなサイドだけツーブロックなんで、ジャリジャリした手触りが心地いい。
「イタズラすんなって」
 甘い口調で俺の手を握って来られて、バクって拳の高いところを齧られた。
(イタズラはどっちだよ)
 急に強い視線を感じた。 てっきりクミかと思ったけど違う。じーっとこっちを見てるのは友達が可愛いって言ってたあのダンス部の子だ。
 目が合ったらぷいっとなんか素っ気なくというか、ツーンとした表情で逸らされた。
『あの子、大葵君のこと好きなんじゃないかなあ。ざんねーん。大葵君は私たちのものなんだからね』
(いや、お前のもんじゃないだろ)
 クミにツッコミを入れたかったけど人前じゃそれもできない。
 わざわざ昇降口まで俺に引っ付いて来た赤桐をおきざりにして、カラオケに来たはいいんだけども、今日誘ってくれた隣の席から話しかけてくれる奴以外はグループ違うメンバーでちょい気まずかった。
 それより何より来て失敗したなって思ったのは、カラオケの個室に、上から下まで真っ黒いボロボロの布で覆われたようなオバケが鎮座ましましやがってたことだ。ほらあれ。有名な魔法小説の人の幸福な気分を吸い取る、あの化け物に似てる。しかもなんでか知らんけどカラオケに入った瞬間にクミの姿が急に煙みたいに消えて、声も聞こえなくなった。
(なんだ、オバケ×オバケで対処してもらえそうなのに……。ここはテリトリーが違うってことなのか? よくわからん)
 まあそもそも、俺は人より遅めの声変わりが終わった後も、まだ影響を引きずってて、大声で歌いすぎると声が掠れて出にくくなる。喉って安定するのに数年かかるらしくて、最近はもっぱらカラオケでは聞き役に徹してる。みんなが楽しそうなら何よりって感じだ。
 今日も最初の頃は一曲歌える元気があったんだけど、ぶっ通し三時間もすぎる頃には大人数の個室のせいか、オバケのせいか分かんないけど、空気すごく澱んで重く感じて、息苦しくて仕方なくなってきた。
(なんか頭も痛くなってきたかも……。帰りたい。でもあとちょっとで終わりなのに今帰ったら空気悪くするよな……)
「蓮見も歌いなよ」
 頑張ってみんなの歌を聞いて、手拍子を打ったりしてたけど、激しい音に頭もガンガン痛んで、同時に気分が悪くなってきた。下を向いてたらダンス部女子にマイクを突き出された。
「俺はいいかな……」
 なんとかそう絞り出して答えたのに、女子はでっかい目を剥いて、綺麗な形の眉を吊り上げた。
「全然歌わないじゃん。なんのために来たの?」
「なんのためって……。楽しそうかなって」
「全然楽しそうじゃないじゃん。そういう態度、空気悪くなる」
 ちょうど歌の合間に入って一瞬音楽が途切れてシーンとした雰囲気になる。すぐに採点モードの賑やかな音が聞こえてきたけど、端に座っていた俺と女子のタダならぬ雰囲気に俺の隣にいた友達が肘でつついて来た。
「おい、どうした?」
「いや、別に……」
「ちょっと、謝りなさいよ!」
 怖い顔をしている女子の背後からあの悪魔みたいなやつがすっと近づいて来た。まるで死神みたいでぞっとする。骸骨のような肉がこそげた手を伸ばして、女子を抱き込んだ。そこだけ夜の帳が降りたように、女子の上半身を昏い影が包んで覆う。黒い影の中から俺を睨みつける彼女の目が、獣みたいに赤く光って見えた。
 怖ろしい。呼吸が乱れる。立ち上がって逃げたいのに、金縛りにあったみたいに足が動かない。
「去年のクラスの子に聞いたけど、蓮見って別に病弱でも何でもなかったんでしょ? 体育だって出てたし、別に普通だったって。あんないちいち倒れたりしなかったし。なんなの?」
「それは……」
 何とか振り絞ってあげた声だけど、そもそもなんて説明していいのか分からない。化け物の顔と重なって見える彼女の顔は、異様なまでに険しくなっていた。
 落ちくぼんだ黒い二つのぽっかりと開いた穴の奥、赤い光が禍々しく揺らめく。綺麗にリップが引かれた女子の唇から、低く掠れた不気味な声が漏れる。
「……あんた、赤桐の気を引こうとして、わざとやってんの? あざとくない? そういうのキモイんだけど」
 投げつけられた酷い言葉も、後ろにいる身の毛もよだつような異形の存在も、どっちもものすごく怖い。鳥肌を通り越して身体がぶるぶると震えはじめた。
 その時、立てつづけにスマホの通知音が鳴った。俺はおぼつかない指先で必死でポケットを手で探る。ストラップをまさぐって、指先で必死に水晶玉を摘んだ。ぎゅうっと目を瞑りながら必死で念じる。
(ひ、光に帰れ、光に帰れ、光に帰れっ……)
 がちゃ、と重たい扉が開いた瞬間、廊下の音、歌い始めの声、女子の悲鳴なんかが一瞬爆発的に聞こえて俺は目を開け扉の方を見た。次の瞬間、重たい太鼓の音がドンっと腹の底まで響き渡った後のように打ち静まった。
「おい、夕雨。お前スマホでないから……」
 扉の前、片手にスマホを掲げた姿勢で立つ赤桐の顔を見た瞬間、俺は安堵から涙がじわって目の奥から湧き上がってくるのを感じた。
(だいきぃ……)
 さっきの女子はどうしただろう。視線を走らせたら、まるで魂が抜けたような表情で呆然と赤桐を見上げてる。その子の後ろにいたお化けは煙のように消え、今や完全に視えなくなっていた。俺の祈りが届いたと言うより、赤桐の登場に光がさしたようなそんな直感だ。俺は喘ぎながら、やっと呼吸ができた。
「夕雨、お前また顔が真青だな」
「どうして……」
「部活終わったらまだここにいるかと思って寄ってみたんだが……。どうかしたか?」
 人声はしんと収まった部屋の中、誰かがノリで入れたコミカルな曲のイントロが流れてきた。
 みんな俺と赤桐と、ダンス部の女子達の方を見てる。さっき俺に噛みついた女子は我に返ったような顔つきになり、でもまたすぐに俺を睨みつけてきた。
「……蓮見が全然歌わないから、なんか入れなよって言ったの」
 その子の中ではそういうことになったらしい。オバケがいなくなっても、相変わらず凄い目力。余計なことを言うなよって感じの圧がびしびしくる。
(おい、こういう時の為の『ヤナクミ』じゃないのかよ。助けてくれ!)
 俺が何と答えていいか分からず目線を外したら、赤桐が始まった音楽に負けないぐらいに低いのによく通る声を上げた。
「あー、あれだろ。夕雨、デカい声出した後、たまに声掠れるもんな。あんま歌うときついだろ?」
「……!」
(大葵、気づいてたんだ。俺の声の事……)
 変声期から何年もたつのに、まだ喉の調子が安定しなくて裏返って掠れることは、俺のコンプレックの一つだった。バレていないと思ってたけど、赤桐にはそこまで知られていた。
(うわ、ナニコレ。恥ずかしいのに、嬉しくて、なんか情緒めちゃくちゃになる)
 頬が火に炙られたように熱くなった。多分顔にも出ちゃったかも。また視線が突き刺さる。赤桐の事が好きな女子が、きまりが悪そうに唇を噛んでる。すかさず、いつも一緒にいるダンス部の背の高い女子が立ち上がって、その子の手を引っ張った。
「私たち、先帰るわ。ほら。行くよ」
「えー、後十五分ないのに。この後ご飯食べて帰らん?」
 そもそも少なかった女子の半分が帰るとあって、男子から不満とも嘆きとも付かないような歎息が漏れた。
「友永、あとでカラオケ代送るから、金額、リンクで送っといて」
「分かった」
 テキパキと指示をだす友達に促されて、さっき俺に食って掛かった女子が真っ青な顔をしてよろよろと立ち上がる。俺は何か声をかけようと俺は腰を浮かしかけたけど、女子に真っ赤に充血した目でまた睨みつけられて何もできなかった。
 彼女たちとすれ違いざま、赤桐は「俺、払っとくよ」と声をかけてる。その後空いた二人分の空間にリュックを下ろし、当然のように遠慮なく座った。
「赤桐来たんなら、一時間延長するか。いいか?」
「ああ、ありがと」
 いつもながらの落ち着き払った赤桐の態度を見て、周りもまた何事もなかったみたいにカラオケを再開し始める。
 赤桐は場を掌握して皆を落ち着かせる独特のアティチュードを持ってると思う。(こいつのこういうとこ、堂々として格好いいな。羨ましい。俺が逆立ちしても持てないものだ。……正直憧れる)
「なんかあったのか?」
 赤桐が俺の手首をきゅっと握って、目を合わせてきた。動じないだけで、こいつは周りが見えていないわけじゃない。ちゃんと分かっていて、でも無駄に騒ぎ立てたりしないんだ。
「なんでもない……」
 俺は力なく首を振った。さっきのやりとりで、女子が十分傷ついてる痛みが俺にも伝わってきて、なんか胸がしくりと苦しいんだ。
(好きな人が自分の事と眼中にないって……、やだよな)
 赤桐は間に合わせるために走ってきたのかもしれない。ブレザーを脱いでも綺麗な額にうっすら汗がにじんでいる。
「大葵、これ、さっき注文して、まだ口付けてないやつ……。飲む?」
「お、サンキュー」
 赤桐は俺より太くて逞しい首を傾けて、喉仏を上下させてる。無造作な仕草一つとっても、俺にはない野性味を感じる。それをすごく頼もしいなと思ってしまった。
(もういい加減分かってきたな……。俺、こいつのこういう、何事にも動じないとこに、ものすごく救われてる)
 赤桐がいないクラスで、いきなりオバケが視えてたら、翌日から学校に行けなくなってたかもしれない。俺の中でのこいつの存在感はどんどん増すばかりだ。
「来てくれて、ありがと。嬉しい」
 自然と、感謝の言葉が口をついてでた。赤桐はちょっと意外そうに切れ長の目を見開いてから、長い睫毛を伏せて唇だけで微笑んだ。その男っぽい仕草にちょっと色気を感じて、ドキッとする。心身ともに、イケメンだ。
(ああ、クミが言ってた通りだ。赤桐の事が好きな女子にとって、俺はすげぇ邪魔ものなんだろうな)
 目の当たりにした現実に胸がぎゅうっと苦しくなる。
(デートして、なんとかキスまでしたら……。こいつの事が好きな女子達の為に、赤桐とちょっと距離を置かないとな……)
 そう思ったのに何故だか胸がつきんと痛んだ。それが何に対する痛みだったのか、俺にもよくわからなかった。