この恋全部、オバケのせいにしてしまおう

 あれから一週間たった。オバケは相変わらず視える。まあでも、この状況にも大分慣れては来た。オバケはただそこにいるだけで、何かされるわけではないし、あれもクラスメイトだと思えば……。いや、思えないが。
 別に何もしてこないからと言って、気にならないわけではないんだ。ほら、お化け屋敷だってさ、そこにいるって分かってたって怖いものは怖いだろ。ああいう感じ。
 自慢じゃないけど、俺はビビりな方だ。大きな音とか露骨にびっくりしちゃうし、ホラー映画も苦手だ。だからオバケが授業中に黒板の前にいる先生の近くにふらふらと寄っていくと気になってしょうがない。プリントを回す時に後ろを向いたら影が横切るのだって「ひぃ」って悲鳴を上げたいのを、何とかかみ殺してるけど身体はびくってなっちゃう。
 そのたびに周りから一瞬変な目で見られたけど、だからって、周りに話せないし、絶対にバレちゃいけないんだ。小学生の時みたいにまた変なキャラついたら、この平穏で快適な生活が送れなくなっちゃうからさあ……。
「蓮見、体調大丈夫か?」
(でた! 赤桐)
 それからオバケ以外にももうひとつ気になることが。あれから毎休み時間ごと、赤桐が窓側の席からわざわざ俺の席まで様子を伺いに来てくれることだ。
「大丈夫だって」
 六時間目の授業が終わり、皆教室からはけていくところ。今日はもう帰るだけだっていうのにこの調子だ。
(今日もこの会話何回目だろ。なんかほんと、良い奴なんだけど過保護すぎん?)
 赤桐は俺がどこに行くんでもついてくる。歩く時なんて俺の肩にあいつの腕が載ってるとか、背中とか腰に手が回ってる姿勢だ。
 俺がいつぶっ倒れてもいいようにって感じなのかもだけどさ、見た目だけだと威圧オーラ半端ない赤桐が傍にいるせいで、他のクラスメイトと仲良くしそびれている。
(いや俺の方こそあんまり赤桐を独占しすぎて、あいつのことが好きな女子とか友達になりたい奴らに、煙たがられてないかな……。)
「おい、大葵! ちょっといいか」
 赤桐が他クラスのたまに見かける陸上部らしき友達に呼ばれた。俺はその隙に、明日の授業の話題で盛り上がってる、クラスメイトの輪の中に突撃してみた。
「明日の体育、いきなり持久走だってな」
「蓮見、身体弱いんだって? 走って大丈夫なのか?」
(やっぱそう思われるよなあ)
 俺は初日に教室に入る前に立ち眩みを起こして、颯爽と現れた赤桐に負ぶわれ退場して以来、クラスメイトからすっかり病弱キャラ認定されているようだ。
 持久走は得意ではないけどだからといって貧血でぶっ倒れたりはしない。
 でも完全否定しきってしまうと後々またぶっ倒れるようなことになった時に言い訳がきかなくなる。塩梅が難しい。
(オバケ視えるやばい奴呼ばわりよりは全然ましだ)
「いや多分大丈夫、かな?」
「かな?ってなんだよ」
「顔が白いのは元々だから。あとこないだの貧血も病気とかじゃなくて、その成長期だとなるやつらしい」
(そう説明しとけって姉さんに言われたんだよ……)
「ふーん、そうなんだ」
「ほんと、蓮見君って色が真っ白だよね。シミとか全然なくて、羨ましいぐらいだよ。スキンケアの秘訣を聞きたいぐらい」
「日焼け止め必須。すぐ赤くなって痛くなるから不便だよ。あと姉さんに風呂上がりになんか色々塗られてる」
「えー。今度なに使ってるのか教えて。もちもちだね。触りたーい」
 女子の手がそっと俺の頬に伸びてきた。姉で慣れてるので、されるがままにしていた。仔犬でも触るみたいに、頬を撫ぜられるのはくすぐったい。
 そうしたら急にぐいって横から腰に腕が回り引っさらわれて、柔らかな指先が離れていく。
「持久走か……。倒れそうになったら、俺の方見ろよ」
 いつの間にか隣に立ってた赤桐がそんな風に言って、俺の頭にぽんっと慣れた調子でグローブみたいにでっかい手を置いた。
「重たい」
 ぺしって俺が振り払うまでがワンセット。また女子達が「きゃあ」って声を上げて、ニコニコ俺らを見ている。
「でた! 『お嬢と専属護衛』」
 俺と赤桐はセットでこんな変なあだ名をつけられてる。残念ながら、俺はヒーローではなく、ヒロイン枠らしい。最悪……。
 女子たちからは続けてスマホを向けられて。今度は両頬を赤桐の手で挟まれてウニウニされてるとこ、写真撮られた。なんなんだよ、赤桐。この謎行動。
(あー、持久走の時、意地でもこいつのこと見ないようにしないと。すぐ飛んできそう……)
「赤桐さあ、お前忙しいんだから早く部活行きな。俺に構わなくていいって」
「俺が好きでやってるんだから気にすんな」
 赤桐と俺の距離感がやたらと近すぎるのは、俺に何かあった時すぐに動けるようにするため、とか赤桐が周りに説明してたんだけどさ。ただの友達にここまでしてもらうと正直ありがたくも、かなり恥ずかしい。
 まあ確かに、肩幅も広くて手足も長い赤桐が、うちの学校のダークネイビーの制服にネクタイをきゅってしめた姿はそれなりに様になってる。きっと大人になってスーツなんて着ようものならきっと、只者でないオーラが出まくっていると思う。
それこそ『専属護衛』にみえちゃうかもな。
 こいつがびしっと俺の横に立つと、心なしかオバケも俺の方に近寄ってこない気がするし。
(やっぱり現役アスリートぐらい生命力にあふれてると、オバケ側も遠慮するってこと? その辺はありがたいんだけどさあ)
「俺も身体鍛えようかなあ……」
「ランニングするなら、俺も一緒に走るか?」
 呟きを早速赤桐に聞きとがめられて俺はぶんぶん首を振る。
「俺がお前の走りについていけるわけないだろ」
「じゃあな! 蓮見、赤桐!」
 そう言いながら軽く手を上げ、会釈して、クラスメイトが次々に帰っていく。最後の一人になってオバケと一緒に取り残されたらたまらない。俺もクラスメイトの流れに乗ろうとその後に続こうとした。
「駅まで送る」
 当然のように赤桐が後ろから追いかけて隣に並んだ。ぶっ倒れた日から二週間、このあと部活があるというのに、赤桐はわざわざ俺の事を駅まで送り届けてくれようとする。
「いいっていいって。部活行けって。俺はこいつらと駅まで一緒に帰るから大丈夫だって」
 教室でオバケが視えるようになってから、なんでか学校以外でも色々影が見えやすくなってきたから独り歩きは嫌だ。だけど今日は友達もいるし、部活に戻らないといけない忙しい赤桐にわざわざ駅まで送らせるってのもなあと思う。そんなの、かなり仲のいいラブラブカップルしかやらないぞ。
「別に俺らも駅行くしなあ。なんかあったら連絡できるし」 
「……」
 もめてる俺達を見て先に廊下に出てたクラスメイトがそう申し出てくれたのに、赤桐はなんだか即答を渋ってる。むっつりと黙って腰に手を当てた。
 黙るとちょっと強面の方が強く出て、友達もみんなそれ以上赤桐に何も言えなくなって様子を伺ってる。
「じゃ、部活いってらっしゃい!」
 廊下で待ってくれてる奴らに悪いから、俺は赤桐の横をすり抜けて教室を出ようとした。そしたら俊敏な動きで俺に迫る赤桐に、思いのほか強い力で二の腕を掴まれてしまった。俺はつんのめりそうになって慌てて脚を止める。
「あぶねぇ! なにすんだよ」
「いや、やっぱり俺が送る」
「だからっ……だいじょ」 
「お前の世話は、俺が焼きたい」
 真剣な表情で赤桐は向かい合わせに俺の前に立つと、同い年とは思えないほど、渋く深みのある声でそう言い切った。
「きゃああああああ!」
 弾けたように巻き起こる、女子の悲鳴がすげぇなあって思いつつ、一瞬あまりにも赤桐がイケメン過ぎてぼーっと見つめ返してしまって、すぐに我に返った。
「そ、そんなに面倒見てもらわなくても……」
 周りから「痴話げんかか!」とか「過保護すぎ!」とか「やばすぎない、この二人」とか。興奮気味に囃し立てる声がそこここから上がった。
 一途なのがアスリート気質なのか、赤桐は全然引いてくれない。
 俺はどんな顔をしていいか分からずに困り果ててにへらっと笑った。笑ったけども教室に残ったクラスメイトの人垣の奥から、ちょっと異質な強い視線を感じた。
『いいなあ』
 そう、確かに聞こえた。女子の声なんだけど、女子ここにいないだろってぐらい近くで耳に囁かれたんだ。心底羨ましいって感じの吐息交じりの高い声だ。
 息遣いまで聞こえた気がして、首の後ろの産毛がぞわぞわと立つ。本能的に後ろを振り返っちゃ駄目だってそう思った。
(やばい、やばい……。なんか聞こえた)
「とにかく、お前は部活行こうな、な?」
 今度は俺が先に立って赤桐の腕を引っ張り、その恨めし気な視線から逃れるように教室を後にした。

※※※

 火曜日。相変わらずオバケが教室にいるのは変わらないけど、このまま部活で忙しい赤桐の世話になってばかりはいられない。昨日はバイトの時間がギリギリだって理由をつけて、授業が終わったら即赤桐をまくようにして帰ってみた。
 授業中にむやみにビビりたくもないし、また立ち眩みでぶっ倒れたくはない。そのためには教室のオバケを減らしていくしかない。俺はそう決意した。
 そんなことが出来るのかといえば、まあできるんじゃないかなって感じ。試したことはないけど方法はなくはない。
 俺の姉さんにはヒーラーっていう仕事を副業でしてる、オバケが視える系の友達がいる。日本語で言うと『霊媒師』ってやつなんだそうだ。
 占いとは違ってなんか人の未来やら、憑いてるオバケなんかが視えるような、そういう不思議な力を持っている人。俺もあったことあるけど、別に取り立てて怪しい雰囲気はなくて、普段は雑貨屋さんでお仕事をしているほわーんっとした可愛らしいお姉さんだ。
 その人曰く、それなりに霊感がある人がお化けに向かって『光に帰れ、光に帰れ』ってなんか光の方向を思い浮かべて念じれば、オバケを成仏っていうのか、とにかく消すことが出来るってことらしい。
 アニメとかの表現にあるような、天に向かって光の梯子が降りてきて、そのまま召されるようなああいうイメージをすればいいのかもって思う。本当はそのお姉さんに来てもらいたいぐらいだけど、流石に部外者は学校に入れないだろうから無理だ。自力でどうにかするしかない。
(まあ、やってやれないことはない! 俺の平穏な高校生活の為にここは一つ試してみよう)
 なら初めからやってもりゃいいじゃんってことなんだけどさ、ちょっとまずいかもって心配してることがある。オバケの方からも俺が視えてるってバレるんじゃないかってことだ。
 今はとにかく全力でオバケたちと目を合わせないようにしてるんだけど、オバケから興味まで持たれるとか色々面倒……だし、普通に怖い。家とかついてこられたら、オバケのストーカーなんて目も当てられない。だからできればやりたくない。
 でもこれ以上教室に居座られたくない。何しろ俺は偏差値ギリギリで入った高校だから、授業についていけなくなるのは困るんだ。今もちょろちょろ視界にオバケが入るのがめっちゃ気になるし集中できない、そんで怖い。もうじきテストもある。変なリアクションをして、怪しまれても嫌だ。
 それ以上に困ってるのが、授業中もたまに俺の事を気にするように赤桐がこっちを振り返ってみてくることだ。ちょうど目が合った時に青ざめた顔とかしてみろ。『お嬢と専属護衛』を通り越して最近では女子から『超過保護溺愛系彼氏』なんて言われてる赤桐なら、立ち上がってこっちに来るぐらいやりかねない。そしたらまたまた面倒なことになってしまいそうだ。
(あいつ、なんで俺のことこんなに気にかけてくれるんだろ。謎だな)
 まあ、赤桐と一緒にいるお陰で、あの目立つイケメン揃いの運動部のエース級の奴らとか、そいつらと仲がいい学年一位の奴とか、チャラいインフルエンサー、そこに群がってくる女子とか、うちのクラスの中心で派手めな人たちと、何となく仲良くなれたのはありがたい。まあ、俺は赤桐とセット扱いだけどね……。
 そんな赤桐は相変わらず俺と一緒に帰りたがる。今日はどうしても学校に残らないといけない。図書室に寄るから部活行ってと嘘をついて教室に戻ってきた。
(やるぞ、今日。オバケを消してやる!)
 今日は六時間授業。わざわざみんなが帰った後を見計らって、図書室から戻ってきた。放課後の教室はしんとしていて、日差しが横から入って来る。電気をつけようか迷ったんだけど、やや薄暗い方がオバケがよりよく見える。
(うわあ……)
 毎日オバケを観察していると分かる。日替わりで増えもするけど、レギュラーメンバーだけで四人いるんだ。一人は陰で性別とか分かんないけど、男二人、子ども(足だけだけど)一人、黒い影一人。たまに女の子の声がするのが、この黒い影っぽくて一番苦手。なんか強そう。女子だけに……。
(手始めに誰から消してみよ。リーマンのお化けからにしよっかな。何か弱そうだし……)
 薄めの髪が頭にべったりくっついた、うだつの上がらなそうなツラしてるリーマン。生前最後の姿がこれだとしたら、全身からちょっと侘しい風情が漂ってる。
(元気なさそう。まあオバケなんだろうから元気も何もないか。なんでここに来ることになったんだろう。もしかしたら卒業生だったのかな?)
 俺が傍にいってもリーマンは目もくれない。世を憂いて公園のベンチに座ってるオジサンみたいな姿勢のまま、ぼんやりと虚空を眺めてる。まあ目が合わない方がましだ。
(俺が視えるってバレて付きまとわれでもしたら最悪だしな)
 正直オバケの姿はあんまり直視したくない。前に雨の夜に路上に立ってた女の人を見かけた。ボロボロの服が違和感しかなくて、何か事件でもあったかと思って、でもよくみたら真冬なのに裸足、空を仰いで真っ黒な木の洞みたいな目が本当に恐ろしかった。ああいうの見ると心臓ぎゅうってなる。
(身の毛がよだつって意味、マジで実感できるぞ。怖すぎる)
 その点、教室のリーマンは透けている以外は生きている人とあんまり変わらない。ひたすらにぼんやりした顔だ。俺は姉がヒーラーさんから貰って来た、お守りの水晶が付いたストラップを手に持つ。祈る形に組んだ掌の中に握りしめて、心の中で必死に念じた。
(光に、帰れ。光に帰れ、光に帰れ! 消えてくれええ!!)
 ほどなく、リーマンがすうっと消えた。あまりにあっさりしてて拍子抜けしてしまうほどだ。
「おっしゃあ!」
 興奮から俺は小さく拳を握って振り下ろす、気を良くして、でっぷりとした作業着姿のオッサンの霊のところにもいった。こっちもぼんやりした表情で、同じようにしたら消えた。同時に何故か、向こうにいた半ズボンの小学生も消えた。
「マジか……。なんだよ。簡単だったな」
 ほっとして思わず声がでた。その瞬間、明らかに空気がしんっと冷えた気配がした。やばい、と思った時にはもう手遅れだった。
 黒い影がずずずずっと床を這いながら俺に向かって横切ってくるのが見える。全身が粟立つ、逃げようと腰を浮かせて震える脚で何とか立ち上がると、俺は机にめちゃくちゃにぶつかりながら出口に向かって駆け出した。だが次の瞬間、俺の目の前に人の背丈まで立ちふさがった。
『きみ、視えるんだ?!』
「ひぃぃ!!!」
 のけ反って後ろに倒れていった瞬間、黒い影が一瞬で、ほっそりした人影に変じた。ふわりと浮かんで、ゆらりと揺れる長い髪と短いスカート、白くて小さな顔のなか、大きな瞳がこっちを見返す。
(女子だ……)
 俺はそのまんま椅子に脚を取られながら後ろにぶっ倒れて、机に頭をぶつけてながら気を失ってしまった。
「うっ……」
 どのくらい気を失ってたのか分からない。ほんの一瞬だったのかも。身体中どこもかしこも痛んだけど、特に痛む後頭部を腕をのろのろ上げて触ろうとしたら、途中でその手をぎゅっと握られた。
「……蓮見」 
 少し掠れた切なげな声で囁かれ、俺を覗き込んできたのは、何故かここにいた赤桐だった。俺は床に脚を投げ出した状態で、赤桐の硬い胸に頭を預けるように抱きかかえられていた。
「え……、あ……」
 制汗剤の香りが爽やかな赤桐の胸に一度ぎゅうって抱きしめられた。
「気が付いてよかった。やっぱり、目を離すんじゃなかったな……」
(やばい、言い訳できない……)
 顔を覗き込まれ、眇められた赤桐の瞳に浮かぶ失望の色が、俺がなにか決定的な失敗をしでかしてしまったと物語っていた。
「俺がお前をあんまり構うのが迷惑だから、体調良くないのに、俺を避けてたのか?」
(うわっ。俺が赤桐をウザがって避けたって、誤解されてる……)
 俺は慌てて赤桐の胸に拳を当てながら必死に言い訳した。
「避けてないって。避けてないけど……。お前と仲良くしたい奴は沢山いるし、部活だって忙しいから、俺に時間割くことなくない?」
「それが避けてるってことだろ」
「いやでも……。なんでこんなに俺に構うのか分かんなくて、悪くってさ……」
「俺がお前と一緒にいたいって思ってちゃダメなのか? あの時……」
「あの時?」
 ぎゅって俺を抱える腕に力がこもる。どうしてこんなに必死になってくれるのかは分からないけど、真剣な赤桐の表情を見て、何か大切なことを伝えてくれようとしてるって感じた。
『あーあ。羨ましいなあ。ていうか、私だったらずっと傍にいて貰いたいかも』
 女子の高い声がすぐ傍で聞こえた。心臓が口から飛び出るかと思った。
 俺の上半身を抱きかかえてる赤桐、尻もちをついたような姿勢で座り込んでる俺、そして俺達をしゃがみ込んで見つめてる、突然現れた、ギャルっぽい見た目の女子(透けてる)とがっちり目が合い俺、白目。
『あれ、君、私のこと視えてる? マジ?』
(マジか……。もっかい気絶してもいいかな……)
 ついに見つかってしまった。一番手ごわそうな、このクラスのオバケに……。
※※※
『ええとぉ、私、美崎高校三年の柳木久美子。ヤナクミって呼んでね』
「……」
『ねえ、君。君ってばあ。聞こえてるし、私のこと視えてるんでしょう? 無視すんな、無視すんなって」
(うるせぇええ)
 布団をかぶってもずっとずっと聞こえてくる。無視してもずっと話しかけてくる。「もういい加減黙ってくれ。明日も学校なんだから、早く寝たいんだよ」って言いたいけど、そんなこと言ったら俺がオバケと会話が出来るって認めてしまうようなもんだ。
 昼間、クラスのオバケを三体消し去った後、失敗して気絶した俺が赤桐と揉めてるところに話しかけてきた、もう一体のオバケ。自称『ヤナクミ』こと柳木久美子。俺はこの娘に完全に憑りつかれてしまったようだ。
「急用思い出した、ごめん。帰る」
 昨日、教室で気絶した後、一刻も早く教室を飛び出したいって、折角何か言いかけてた赤桐の話も聞けずに、慌てて教室を飛び出した。
(ああもう、赤桐きっと俺があいつのこと避けてるって誤解したまんまだよな……)
 走って走って、学校を飛び出して、追ってこないよなって校門で振り返ったら当然みたいにオバケの女の子がぷかぷか地面から浮きながら、俺を見て掌を可愛らしく胸元で振ってた。
(学校のオバケが学校から出てこれるなんて聞いてないぞ!!)
 無視しても無視しても、ずっと話しかけられながら家にまで押しかけられて、夕食の時も、歯磨きの時も、布団を被ってる今の今まで、ずーっと話しかけられてる。この子いい子かもって一瞬思ったのはトイレと風呂は一応外してくれてたことだけで、それ以外はこの調子だ。
『もういい加減、諦めて私とお喋りしようよお。ねえ』
「……うっさい、ヤナクミ!」
 ノックもなく蹴り開けるような勢いでドアが開けられて、電気がかっとついた。
「ああああ! もう、通話なら静かに喋れ! すごく煩いんだけど!」
 胸元も露わなタンクトップにショートパンツで、父さんが単身赴任にいってから更に大学生の姉は門限も服装もやりたい放題だ。一応俺も思春期なんだが。相変わらずのあられもない姿で俺の部屋に乗り込んできた。
「あれ? スピーカ-で喋ってたんじゃなくて?」
『わーお。お姉さんも視える人?』
 俺はしぶしぶベットから起き上がった。姉がずかずかと入ってきて、俺のベットに腰かける。クミはスカートをちょい、抑えながらふわふわって天井近くまで浮き上がってから、俺達姉弟の視線の高さまでヘリウムガスが抜け気味の風船みたいに降りて来た。
「ちょっと、夕雨。学校から女子お持ち帰りしちゃ駄目でしょ!」
「……透けてる女子な」
『超可愛い子が来てあげたんだから、もっと喜べ、青少年!』
 目元に横ピースでなんかポーズ決めてる。とにかく明るいオバケ過ぎて、俺は頭がズキズキと痛くなってきた。
「この見た目、お父さん達世代のオバケじゃない? 上はベージュのセーター着てるけど下は白シャツだし、紺のプリーツスカートがいかにも制服っぽくない? しかもスーパールーズソックス履いてる。てか、まんまギャル! 眉毛ほっそ!」
『これが流行りだしぃ』
「平成な、平成ギャルメイクだな。何十年前だよ」
「あ、でも一周回って最近またY2Kの感じ流行ってるらしいからちょっと新鮮かもよ」 
 確かに女子のメイクに詳しくない俺でも流石に分かる。透けてはいるけど、アイメークバリバリでメッシュまで入った茶髪、細眉に凄く長いもったりしたルーズソックスに短いスカート。テレビで見る親父たち世代のギャルの見た目まんまだ。顔立ちは結構可愛いと思う。今でも通じる可愛さだ。目がでっかくて、さらにつけ睫毛でも付けているのか、バサバサとした睫毛の下はちょい垂れ目だ。耳には大振りのフープピアス、見つめてたら愛嬌よくぺろっと舌を出された。流石に舌ピは開いてなかった。
「昔って校則今より緩めだったのかな……」
「だったらしいよ。こんなギャルいオバケ、流石に私も見たことないわ……。めっちゃ元気そうなのに、何で死んじゃったの?」
 よくよく見たら、缶チューハイを片手に持ってた姉貴がぐびぐびっと煽りながらオバケに話しかけてた。姉は興味津々らしく、クミの顔をまじまじと見つめてる。
「可愛いね。写真に撮れたら撮りたいぐらい。(パシャ)やっぱ映らんか」
 女子同士だから、はたまた姉の肝が据わっているせいかは分からないけど、俺には理解できないノリだ。その人オバケだぞ……。
「そうだ、早く成仏してもらわないと。授業中気になってしょうがない、があああ」
「声でかいって! 落ち着け」
「最悪だ……。教室どころか家にまでオバケが出る様になったら、俺はいつどこで気持ちを休めればいいんだ……」
『ええ、いいじゃん。君、佐藤君そっくりのすごいイケメンと付き合ってるんだしぃ。チョー、羨ましいんだけど』
「「はああ??」」
 姉と同時に絶叫をかました後、お互いにお互いの口を手でふさいだ。
「明日仕事。母さん起こしたら、殺される……」
「静かにしよう……」
「それより、なに。夕雨、あんた彼氏いたの? BL? 誰? 写真見せなさいよ!」
『BL? なにそれ』
「BLっていうのは……。あれ、昔ってこの言葉なかったんだっけ?」
「姉さん、意味わかんないこと言ってないで、アヤミさんに連絡とって明日にもこの人、成仏させてもらいに行こうよ」
 アヤミさんっていうのは例の姉の友人のヒーラーの人だ。もうその人に頼って除霊してもらうしかない。不穏な空気を察したのか、クミが急に両手で顔を覆って泣き始めた。
『うえええん。自分は佐藤君似の彼氏にチョー愛されまくってて、チョー幸せなくせに、意地悪するう』
「チョーチョー煩いし、あいつは彼氏じゃねぇし! てか、佐藤って誰だよ! 」
「はー、うるさっ。元気すぎじゃない? このオバケ。ま、あんたじゃギャルに太刀打ちできるわけないか」
 ぐるんぐるん部屋の中を転がりまわるみたいにふわふわされながら、結構しつこく泣かれた。
「じゃ、アヤミには一応連絡しとくわ。明日朝からバイトだし、寝るね」
 姉がリビングに戻ろうとしたのを脚を掴んで慌てて押しとどめた。
「女子と二人っきりにしないでくれよ。ねえ、あんた。なんか心残りがあるから教室にいたってこと? 死因と関係してるとか? そんな元気そうなのになんで死んだんだよ。事故か?」
 クミは俺が話しかけたらにスカートをひらつかせながら、姉がさっきまで座ってたあたりのベットの端にするすると降りて来て座った風になった。
『それ聞いちゃう?』
「聞いたら、それで成仏できるかもしれないだろ?」
『成仏……』
「学校の教室にいたってことは、学校で事故があったとかってこと?」
『うーん。それあんま関係ないと思うけど。私、死んだ後からの記憶なかったし、こないだ目が覚めたら教室にいて……。佐藤君似の男子が目に入って、それで色々思い出したんだよね』
「佐藤君ってさっきから言ってるけど、それってクミの彼氏さんってこと?」
 ちょっと突っこんだことを聞いたら、クミは長い睫毛をしばたたさせたあとに細い眉を下げて、ちょっと寂しそうにへにゃっと笑った。
『彼氏じゃないけど、ずーっと好きだった人だよ。君の彼氏とクリソツ! プリクラ見せてあげたいぐらい。ソース顔でぇ、頭良くってぇ。カッコいいんだよ』
「サトウなのにソース。昔もプリあったんだ」
『キミ、面白いね~』
「その佐藤君となんかあったの?」
『あたしは美容師になりたくて、専門学校行くって決まってて、佐藤君はさ、大学受かってからねって。合格したって、映画行こうねって言ってくれて、約束したんだけど。ずっと待ってたのにこなかった……』
 急に周りの空気が重たく冷たくなった気がした。ギャルオバケの周りにまた黒い影が立ち上って来た。髪がゆらゆらと逆立ち、おどろおどろしい雰囲気に背筋からひやりと怖気が立つ。
「おい……お前、怖いぞ。落ち着けって」
『三月なのに雪が降ってきて……でも待ってて、寒くて……』
「そいつクミに連絡しなかったのか? どうして来ないんだって連絡しなかったのか?」
「あー、夕雨。昔は高校生あんま携帯持ってなかったから、待ち合わせすれ違うと全然会えなかったらしいよ」
 結局部屋に残ってた姉が胡坐をかいたまま頭をぼりぼりかき、俺達を見上げてきた。
『風邪ひいて、寝てたら治るって思ってた。でも苦しくて苦しくて、息できなくって……。気が付いたら、さっきの教室』
「え……、じゃああんた、風邪拗らせて死んだってこと?」
「風邪っていうか肺炎じゃない? 甘く見ない方がいいよ。あたしの友達もそれで危ないところだったんだから」
「そうなんだ……」
『映画館でデートして、その後観覧車乗ってぇ、キスして告白してくれるって思ってたのに……。観覧車のてっぺんでキス出来たら、二人はずーっと一緒にいられるていうじゃない?』
「観覧車……、キス……。そっか、じゃあ。お前の心残りってそれってこと?」
 顔を覆ってまためそめそし始めていたオバケはこくこくって頷いた。
「心残りが消えたら、成仏できるかな?」
『うん』
「姉ちゃん、簡単に言うなって。その佐藤って人だって結婚してるか分かんないけど今頃普通におっさんになってるだろ? まさかオバケとデートしてくださいとか頭おかしいと思われるぞ」
『あーあ。初めてのデートで映画館、観覧車でファーストキスが夢だったのになあ。夢が叶うまで、ずっと私好みの男子にくっついちゃおうかなあ。ほら、佐藤君に似てる男子』
「え……」
『それかさあ、君が彼氏とデートしてくれるんだったら。君にくっついて一緒にいってもいいなあ。こんな風に』
「え……、えっ!」
 俺に抱き着いて来たクミを除ける間もなく、そのまんますっと身体の中に何か入ってきた感覚があった。ふと見たら、勝手に手が上がっていって、自分の頬っぺたをきゅむっとつまむ感触が伝わる。
「うわああっ!」
 声を上げた瞬間、俺の前に転がり落ちるみたいに女の子がころりんってでんぐり返りをしながら落ちていった。
『わーお! 君の身体乗っ取れた』
「こっわあああああ! やっぱ無理無理、早くアヤミさんに行って祓ってもらおう、このオバケ!」
「あー、アヤミ? 私だけど……」
 流石に俺が操られたことに姉もただ事ではないと思ったらしい、もうほとんど真夜中近いのにアヤミさんに電話をしてくれた。
「だから、弟がオバケ連れて帰ってきちゃって、うん。そうそう。夕雨、あんたあれ、光に帰れってやつやった?」
「ひ、光に帰れ、光に帰れ、光に帰れ!」
 テンパっていて忘れていた他のオバケに効いたあれをやっては見たけど、ギャルオバケはきょとんとしてる。
「なんか効いてないみたいね。どうしてなんだろ……。え? 名前?」 
『いやいやいや。離れない! 無理やりどっかにいかせるつもりなら、中に入ったまま外に飛び出してやる! えーい』
 すっくと立ち上がった自分の脚を止めたいけど、勝手に動き始めて恐怖しかなかった。幸い頑張ると手を動かすことが出来る。俺は脚を操られて扉に向かいながらも手でドアを必死に抑えた。
「姉さん! 助けて!」
 ぱんっ! と姉が柏手を打ったらまた女の子が俺の中からころりんって飛び出した。
『きゃあ、あはは。なにこれチョー楽しーい』
「ちょっと、あんた。この子の名前とか呼んじゃった?」
「え……名前……。あ……、さっきクミって呼んじゃったかもしれない……」
「あーもう! 何やってんのよ。名前を付けるとこの世に居場所がないものに居場所与えちゃうことになって、存在が許されちゃうんだって」
「そんなん知らんし、やっちまったああ」
「その子、成仏するまであんたに引っ付いてはなれなくなっちゃってるって!」
「え……」
 口元と腰に手を当てて、『きゃはは』なんてあっけらかんと笑ってる。ギャルオバケは屈託ない顔つきで俺の鼻先にもう一度指を翳した。
『ねーえ。私の願いを叶えてくれる?』
 どどどどっと折角風呂に入ったのにまた全身から汗が噴き出してきた。
「その佐藤君って人探し出して殺すとかそういうのは、絶対無理だぞ」
『まっさか! そんな怖いことしないしない。夕雨くんがあ、私の代わりにあの佐藤君似のイケメンとラブラブデートしてくれたら、成仏しちゃうかもよお』 
「はあ???」
『私の超絶イケてるファーストキスを叶えてね。ドーゾ、よろしく♡』
 チュッと投げキスを俺に飛ばしながら、クミは透けてさえいなければとびきり可愛いって思える笑顔を見せた。