この恋全部、オバケのせいにしてしまおう

 初日の失態を挽回すべく、翌日からはちゃんと教室に入った俺、偉すぎる。事が事だけに、自分で自分を褒めるしかないスタイルだ。
 ある程度みんな登校してきていて、遅刻しない程度の時間を見計らって入ったけど、残念ながらオバケはいた。真昼間なのに、朝日に透けつつも、やっぱりいる。
(ああ、やっぱ気のせいじゃなかった。なんだってこの教室にだけ……)
 二学年の教室を一通り見てきたけど、ここにだけ集中してた。なんでだ……。
 昨日居なかったせいで、とりあえずどの席に座ればいいか分からない。俺はドアから一歩進んだあたりで、柳みたいにゆらりゆらりと所在なく立った。
 教室を改めて見渡すと、今度はちゃんと人間を眺める。女子は数人のグループごとに丸くなって喋ってるのは、いつ何時でも見慣れた光景だ。
(赤桐はどこだ?)
 流石に目立つ。教室の後ろで運動部のデカい人たちと喋ってる赤桐を見つけた。
 目があうと、あいつは俺に気が付いて口角を少し上げた、あいつ特有の笑い方で笑う。全開の笑顔ってわけじゃないのに、こっちを見て微笑まれると妙に惹きつけられる。そんな赤桐が俺に向かって机の間を縫うように歩いて来た。
「赤桐、おはよ」
「おはよう。俺の席がここで、お前の席はその隣」
「げっ、なにこれ。俺ら二人とも一番前じゃん」
 スポーツメーカーの黒いリュックが置かれているのが赤桐の席、俺も隣の席にリュックを下ろして無造作に置いた。
「昨日みんな好きな席に座って、余ったのがここだったらしい」
「うわあ、ごめん、赤桐まで一番前とかとばっちりだな」
「いや、多分ここじゃなくなる可能性大だ」
 俺が赤桐の隣に立ったら、すぐ後ろの席の奴が「赤桐が一列目だと俺全然前見えなくなる」ってケラケラ笑ってた。そりゃそうか。こいつデカイもんな。
「そうか?」
 赤桐がすんって表情で座ると、意外なことに後ろのやつと対して座高が変わらない。もう一回二人揃って立ち上がったら、ものすごい身長差だ。
 クラスメイトが次から次に俺も俺もって実践してて大騒ぎしてるけど、大体みんな悔しがってる。こいつ脚の長さがそのまんま身長の高さってことなんだ。羨ましすぎるぞ。
「赤桐がデカいからじゃなくて、今日ちゃんと席替えするって担任が言ってたから、二人ともこの席は朝だけだと思うよ」
「そうなんだ。ありがとう」
 隣から話しかけてくれた、親切なクラスメイトに礼を言う。よくよく見たら、委員会で去年一緒だった奴だ。
(友達になれるかもだな。いい奴だったし)
「あのさ、昨日って……」
 そいつにさらに話しかけようと頑張ったら、ぐっとその間に赤桐が割って入った。
「もう体調は大丈夫か?」
 むっつり、ちょっと強面に戻ってる。おお、そうだった。昨日から世話になりっぱなしだったのに、お礼を言いそびれてたっけ。赤桐と話すのが先だったな。
「ああ、うん。昨日は色々ありがとな」
「今日は元気そうで良かった」
「チャーシュー倍増ラーメンのお陰かも。美味しかったな」
「ああ、また行こう」
 くしゃって髪を頭ごと赤桐に撫ぜられた。
「うん」
「それでさ、昨日ってどんな感じだった……」
 もっかい、さっきの奴に声をかけてみよう。俺はでっかい赤桐をちょいどかし気味に、後ろにいるクラスメイトに声をかけようとした。だけどすかさず、後ろからにゅっと長い腕が伸びてきて、俺の肩にあいつの両腕を投げ出すようにして赤桐が伸し掛かってきた。
「赤桐! 重たい!」
 じゃれつかれても体格差があるからとにかく重たすぎる! 俺が赤桐の片腕を持ち上げながら振り向いて抗議をしたら、今度は正面に向き直って、俺の片方をぷにってつまんでひっぱりやがった。
「あにすんの?」
「あー、白くて柔らかそうだと思ったから」
 俺達は朝の教室で、至近距離で向かい合うような姿勢だ。赤桐は相変わらずの表情控えめ、武骨なイケメンフェイスのまんま、俺の頬を掴んでムニムニし続けてる。
「餅みたいによく伸びるな」
「ヤメロ」
 睨みつけてやったけど、上目遣いになるからか、ふふんって感じに鼻で笑われた。
「可愛いな、お前」
「うわ。赤桐が蓮見にキュートアグレッション起こしてる!」
「なんかドキドキする……」
 女子からなんかスマホ向けられてますけどやめてくれ。
(距離近すぎじゃない? 運動部だと普通なの?)
 俺がへの字に口を曲げたら、悪戯が成功したみたいな顔で赤桐がにやりと笑う。
(何だこいつ、意外とクソがきじゃん)
「顔色、昨日よりよさそうだな」
「だから、今日は大丈夫だってば!」
 俺も負けじと赤桐の頬をぴっとひっぱったら、ぺしって俺の手を軽くはたき落される。周りから「朝からいちゃついてるなあ、サボり組」って笑い声が起きた。
「サボってないし、いちゃついてねぇ! 赤桐、お前も笑ってないで否定しろ」
「蓮見、意外とキレキャラだな」
「キレてないから!」
(やっぱ赤桐、俺のこと大人しい奴って思ってたんだな。違うからな!)
 和やかな雰囲気で気を良くしてたのに、さっき笑い声が起きたクラスメイト達と重なるように、ベンチに座ったような状態のスーツ姿のオバケが目に入った。流石に改めて視界に入ると、一瞬びくっとしそうなる。
 俺は腹に力を入れて、反応すまいと必死でこらえた。続けざま、今度は細くて小さな足先だけが駆け回り始めて、そっちも気になって仕方がない。あっちもこっちもちらちら目で追い掛けてしまう。
「おい、こっち見ろ」
 赤桐は俺の両頬を顎を掬うようにして片手で掴みあげ、自分の方にぐっと向けて視線を合わせてきた。赤桐、目がデカい。鼻梁が高くて鼻筋通ってる。ああ、圧が凄い。
「顎くい!」
「やば、マウント!」
「キスでもすんのか?」
「はあ?」
 デカい声出したら掠れて裏返っちゃったじゃんか。恥ずいなあ! それにしても女子の歓声が凄いんだけど、不用意にこういう仕草やめてくれよなあ。
「なんかあったら俺に言えよ?」
(なんだこいつ。意外と強引!)
 上目遣いに一応こくこくっと頷いたら、今度は赤桐が首の後ろに手を当てながら目を反らした。
「ぶっ倒れる前に、呼べ」
 ああ、そっか。色々構ってくるのって、心配してくれてる赤桐流の照れ隠しなのかもな。ちょい、心臓に悪いけど。
 まあでも、こいつのお陰で周りに人が寄ってきて明るくなるし、朝からオバケ関連の不安が少し吹き飛んだ。赤桐マジでいいやつ。ありがとう。それにしても新学期早々受難すぎるよなあ。
 その後担任が席替え用アプリを使って割り振った結果、俺の席は残念ながら真ん中より後ろの方だった。普通なら喜ばしい後ろの方の席も、オバケ四体中三体が前の方にいるせいで視界に入りやすい。出来るだけ視界に入れないように先生と黒板と机をガン見して授業に身を入れねばと決意した。
(俺がオバケ視えること、誰にも知られたくないしな……。むやみにビビらないように気を付けないと。)
 俺は小さい頃から人には視えないものが視えてしまう。なんだろう、かっこよく言えば、『この世のもので非ざるもの』とでも言えばいいのかな。
 幸い、俺の三つ上の姉もオバケが視えるタイプで、大らかな母親も俺達のいう事を何一つ否定しないでいてくれたから、身近に相談相手がいるんで一人で悩まないですんだのは救いだったな。
 でも小学生の時に、この力のせいでちょっと嫌な目にあった。通ってた小学校の体育館には、お雛様みたいな着物を着た男女一対の妖怪みたいなやつがいた。そいつらがバスケットのゴールポストからいつも俺らの様子を監視してるんだ。
 授業中も目が合うたびに気になって気になってしょうがなかった。だってさ、目が合うとその化け物の目がギンって真っ赤に光るんだぜ。無茶苦茶怖いだろ! 一度それが原因で、俺がドッジボールのパス回しミスって、結果試合に負けた。
 それを友達に「試合中によそ見すんなよ! 何見てたんだよ」って詰められてさ。正直に答えたら……。
 まあ、案の定うそつき呼ばわりされた。まあ仕方ないよな。それから長らく、結構しつこく嘘つきキャラ認定された黒歴史がある。あれは辛かったな。
 そっから小中高とお化けが視えるなんてことは周囲に絶対に黙ってた。
 高校選びもそれなりに慎重にやった。最初の志望校は最悪だった。校門横の松の木の下に、いきなり長い髪で下を向いたオバケが立ってて、俺は恐ろしくて一歩も中へ入れなかった。そこを受ける予定だったから泣く泣く諦めた。
 それで姉の母校でイイ感じとお墨付きだった、今の学校を目指すことにした。偏差値的にはワンランク上だから、受験勉強はかなり頑張ることになったんだけど、無事合格。一年は何もなかったのに、今年のクラスの教室はなんでかオバケ大集合ってどういうこと? そうぼやきたくもなる。

※※※

 翌日から授業時間が伸びて、早速弁当が始まった。
(オバケだらけだし、教室で食べるの微妙だよなあ。購買にパン買いに行くついでに外で食べよ)
 どこで食べようか考えながら、俺が廊下にでていこうとしたら、同じように扉に向かってきた赤桐に「蓮見!」って呼び止められた。
「どこいく?」
「え……、購買いってパン買って。それでそのままどっかで食べようかなって」
「どっかってどこだ?」
「別に決めてないけど」
「そうか。分かった。購買で欲しいパンあるか?」
「はい? あ、えっと……、弁当も別に持ってきてるからさ、なんか甘い系のパンがあったらデザート的に食べたいなって思って。今ならあると思うんだよね。苺と生クリームのサンドウィッチ、春限定の。それかチーズドックかな」
 春限定の苺と生クリームがたっぷり挟まったフルーツサンド。毎年激戦らしくて、去年は結局買えずじまいだった。
「そうか。じゃあ。これ持って後から来い」
「はい?」
 赤桐はずっしりと重たい、弁当がはいっているであろうトートバッグと、これもまたどでかい水筒のぶら下がった紐を俺に託すと、あっという間に廊下を駆けて行った。それはもうすごい、スプリンターらしい姿で。
 慌てて後を追いかけたけど、はなから追いつくはずもない。荷物もあるので俺はのんびり階段を下りていく。
 一階の廊下の奥、食堂の一部がパンの購買部になっている。いつものようにプラスチックケースに沢山のパンが並べられ、机の前に人だかりができていた。
 勿論赤桐はすぐ発見できた。あいつは背が周りの学生より頭一つ抜き出てる。長いリーチとデカさのお陰で、おばさんたちとのやり取りが早いのかも。程なく赤桐がビニール袋を手にして出入り口まで戻ってきた。ビニール袋を顔の前で掲げている。
「買えたぞ。苺ホイップサンド」
「えええ! めちゃくちゃ凄いなお前!」
 俺の大絶賛に赤桐もまんざらでもなさそうな顔を見せる。
「どこ行って食べる?」
 特に決めてなかったからそう聞かれると困ってしまう。
「うーん。どこがいいかな」
「なんだ。決めてなかったのかよ」
 教室さえ出られればどこでもいいって思ってたからさ。どこに行こうかと迷って廊下で立ち止まったら、赤桐に二の腕を掴まれた。
「じゃあ、行くか」
 そのままの姿勢でどんどん先導されてるんだけど、ぐいっと腕を引っ張ったら上からにやって笑われた。
「おい、腕繋ぐ必要あるか?」
「なんだよ。お前の腕ごと弁当運んでるんだよ」
「えー。なら荷物全部持てよ。水筒もデカすぎるだろこれ」
 遠征に行くようなドデカサイズの水筒も、俺が紐をショルダーバッグみたいに肩から吊るして歩いてるんだぞ。
「運動部じゃ普通だが?」
「まあそうだけど。ねえ、どこ行くんだよ」
 赤桐は俺の質問には答えずにマイペースにずんずん進んでいく。わざわざ靴まで履き替えてまで向かっているのは、赤桐にとっては通いなれてる、グラウンドの方だった。
「天気がいいからな」
 グラウンドと校舎の間にちょっとだけ木が生えてて、芝生が植わっている場所がある。昨今のヒートアイランド現象の対策で、屋上の緑化と一緒にこのエリアに芝生を植えたのが始まりなんだそうだ。文化祭の時にはここにテントを張ってお祭りみたいに屋台が立つ。
 今の時期は芝生も青々として、天気がいいから気持ちがいい。でもちょっとあれだなあと思うのは、女子グループか、さもなくば学内カップルが転々と座っていることだろうか。
「練習前にここを何時も通るんだ。寝っ転がったら気持ちいいだろうなって思う」
 そういって赤桐はどかっと芝生の上に胡坐をかいた。ちょっと引き気味だった俺も隣に真似して座ったら、土と青い草の匂いが立ち上る。芝生はそんなにちくちく感じない。今日は青空に雲一つない。確かに気分がいいものだ。
 赤桐は綺麗に結ばれた藍色のランチクロスを広げた。中から思った通り、体格に見合った大きな弁当箱が出てくる。中身は彩り豊かでついつい覗いてしまった。
「美味しそうだな」
「ああ、旨いよ。母さん、栄養士だから、小学校で給食作ってる。だから弁当も給食風味」
「なるほど。最高じゃん。うちは姉さんが母さんと交代で作ってくれてる。父さんが今単身赴任中で、母さんも仕事忙しいから、出来ることは自分らでやる感じ。俺は料理は苦手だから洗濯係」
 そんで姉さんがいつも入れてくれる、キャラクターの付いた除菌シートで手を拭いて赤桐にも投げて渡した。大きい手には一枚じゃ足りない。二枚だして綺麗に拭いている。
「偉いな。俺は各自部屋に置かれたものを畳んで片づけるぐらいしかやってない」
 そういえばお互いの家族の話までしたことがなかったなあって思った。屋外だと開放的な気分になれるのかもしれない。なんか突っ込んだ話をしてしまった。
 一通り弁当を食べ終えたら、いよいよ待ちに待った苺ホイップサンドの出番だ。白いレジ袋をがさがさと開く大きな手元に、俺が釘付けになっていたら赤桐はサンドを取り出して、二列に並んだ苺と真っ白なクリームが綺麗な断面をこっちに向けてきた。
「最高っ!」
 思わずデカい赤桐の手ごと写真を撮ってしまった。外で見てるせいか、五割増し輝いて見える。引き寄せられるように手を伸ばしたのに、何故か赤桐は俺に渡してくれない。
「おい、金ちゃんと払うから! 早く食べさせろ」
 すると今度は後ろで綺麗にテープが張られたビニール袋を開け始めて、一つを取り出すとそのまま手に持った。
「あー、ずるいぞ」
 てっきり先に赤桐が一列丸々自分で食べちゃうんだと思ったんだ。でも違った。
「ほら」
 手に持ったまま、綺麗な三角の角を俺の口元へと差しだしてきたんだ。
「え……」
「ん」
 黙って促され、思わず端っこを口に含んだ。まだパンしか味がしない。ちょっとクリームがはみ出しかけてるから、舌でちょぴっと舐めとってから零れそうな苺を口に頬張った。
(美味しい!)
 思わず頬が緩む。旬の苺は甘くて粒もちゃんと大きいのが入ってる。前にバイト先のコンビニで買って食べた奴には、薄っぺらい苺しか入ってなくてがっかりした覚えがあるけど、これは全然違っていた。
「やっぱ購買のパン屋さんのパンはすごく美味しいな」
 感激して赤桐の顔をニコニコしながら見たら、満足げに頷かれた。
「これさ、生クリームも甘すぎなくてさっぱりしてて、苺も粒が大きくて激うま!赤桐も一つ食べていいよ」
「甘いもの好きなんだな」
「俺は甘いものむちゃくちゃ好きなんだよ! バイト先のコンビニでエコ割引になってるデザート、毎回思わずお土産にするぐらいには好きだ!」
 もっと食べたい。赤桐からサンドを受け取ろうと手を添えたら、まだ離さないから続けて二口目。じっと見つめてくる目と合って、なんか照れた。
「そんなに見られると食べにくい」
「そうか? お前がちっさい口で一生懸命食べてるとこ見るの、俺は割と好きだけどな」
「はあ?!」
 ぱっと赤桐がようやく手を放して、サンドウィッチは俺の掌に収まった。赤桐が目線をふっと外し、親指の腹に付いた生クリームを舐めとりながら「甘い」って呟く。イケメンがするとこういう仕草一つとっても色気っていうのか、絵になるなあって感心する。俺がやったら『子どもか!』って言われそうだけど。
「蓮見が全部食べな。俺のおごりだ」
「えー! 悪いからいいよ。激戦制して買ってきてくれたし、なんかお前に世話になってばっかりじゃん。こないだも割引券も貰ったしさ。俺何もしてあげられてないのに」
「別にこんなこと大したことじゃない」
「でもさあ」
「じゃあ……」
 急にごろんって赤桐が芝生の上に寝転がって、それで頭を俺の胡坐をかいた膝の上に載せてきた。
「これでチャラ」
(ひ、膝枕……、昼休みに学校で膝枕)
 周りの目が気になってきょろきょろ見渡したけど、それぞれグループごとに楽しそうにしていて、誰とも目が合わずほっとした。
(教室からでたら出たで、こいつにドキドキさせられるってどういうことだ……。赤桐、本当にいい奴なんだけど、やっぱ何考えてんのかよくわからん)
「バランス悪っ、この枕」
 俺の太腿一本では赤桐の頭はぐらぐらするみたいだ。ちょっと身を起こし気味に体勢を整えて、また頭を乗っけ直される。
「なに勝手に寝っ転がってんだよ!」
「何かしてくれるんだろ? 俺の為に」
「え? 膝枕が?!」
「いいからお前は黙って食べてろ」
 言いながら赤桐は俺の顔を見上げた後、瞼を閉じた。ずっしりと重たい頭、さかさまに見た赤桐の顔はいつもとちょっと違って見える。
(なんだろ。綺麗だな。造作が整ってるってことか。ちょっと仏像とか美術品みて、綺麗だなって思うような感覚だ)
 賑やかで、オバケまでいて落ち着かない教室からほんの少し外に飛び出しただけで、自然の多い公園でチルってるぐらい心が穏やかになる。さあって青空から吹き降りる風が頬を撫ぜていく。俺は目を細めて甘酸っぱい苺をかみ砕いた。
「風、気持ちいいね」
「そうだな。今日大分暖かい」
 そのまま目を瞑り、返事も身じろぎもしなくなった赤桐を膝の上に載せたまま、俺は二つ目に手を伸ばす。ぽかぽかした日向、人の声も適度に遠くで聞こえて耳に優しい。お腹がいっぱいな上に穏やか過ぎて、眠気が増してまったりしてくる。
(ちょっと脚、痺れそう。でも赤桐起したら可哀そうだな)
 俺がそう思った矢先に、赤桐が腹筋を使ってばっと素早く起き上がった。
「もういいの?」
「交代だ」
「え?」
 なんかよくわからないま、今度は長座の姿勢になった赤桐の太腿に、俺は向こう向きで横たわる。赤桐が慣れた手つきで、俺の頭や髪を梳くようにして撫ぜ始めた。
(なんだこれ、どういうこと?) 
 この間の保健室でも感じたのと同じ、武骨で筋張った男らしい手からは想像もつかない優しい手つきだ。
 空を見上げたくなって、寝返りを打って上向きになる。真っ青な空と逆光でちょっと見えづらい、赤桐の顔が目に飛び込んできた。
「おい、お前んちの猫と同じ扱いしてるだろ」
 俺も手を伸ばして、赤桐の頬に軽くぺちっと触れて、くすくすって笑って言ったら、赤桐は手を止めて、ちょっとだけ黙った。
「そうだな。ごめん。癒されるから……、つい……」
(俺を撫ぜるのが癒し? 家で猫ちゃん触っとけよ)
 ますます持って、意味が分からない。でもなんか少しだけ、いつもより哀しそうな色が滲んだ声に聞こえた。
「いや、別にその……。嫌じゃないよ」
 赤桐のおっきな手を俺の方から掴んで、ぺたって頭の上に載せた。
「こんなんで癒しになるのか?」
 赤桐はつい見逃してしまう程僅かに頷いて、俺の髪をまた撫ぜ始めた。
(こいつも色々忙しいから、これでちょっと気分転換になってんのかな)
「やわらかい。猫っ毛だな」
「将来はげそうとかいうなよ」
「そんなこというわけないだろ。蓮見面白いな」
 まあいいや、やりたいようにやらしておこう。風も赤桐の手つきも、俺にとっても心地よい。なんか愛情を注がれてるって気持ちになる。後でまたオバケだらけの教室に戻って気を張らないといけない。今はただ外の埃っぽくも穏やかな空気に浸りながら目を閉じた。