この恋全部、オバケのせいにしてしまおう

 今年のゴールデンウィークは、ちょっと熱いぐらいの日差しが降り注ぐ晴天続きだ。赤桐は大事な陸上競技会を来週末に控えた貴重な連休だけど、俺達は二度目の『初デート』をしていた。
「この道であってると思うんだけどなあ」
 俺はSNSでブクマした投稿に載った写真を手掛かりに初めての街を歩いてる。
「俺が変わるから貸してみろ」
「やだよ。大人しくついてこいって。あ、あそこだ」
 赤桐はカフェの看板の前に立ち止まると、息を飲んだ様子で貼られていた写真をじっと見つめていた。
「保護猫サロン?……」
「うん。ここ。見てよ」
 俺が赤桐の前に向けた画面には、クミが俺のアカウントで最後にブクマをしていた店だった。
「観覧車の次のブクマがここだったから、大葵と来てみたいって思ったんだよね」
 深く頷く赤桐と一緒に足を踏み入れた先は、カフェというより上品な民家のようなアットホームな趣の空間だった。
「初めてのご利用ですか?」
「はい」
 話を聞いて一時間コースを頼んで、なんだか煙に巻かれたような顔をしている赤桐を誘ってソファーに腰を掛けた。
「クミはなんだってこの店に……」
「父さんと猫を飼いたいって夢があったからじゃないかなあ」
 俺は飲み物を注文して歩き回る猫たちの様子を眺めてほっこりしていた。
「赤桐の家、亡くなったこの他にも猫飼ってるんだろ?」
「ああ、雄の黒猫が……」
 赤桐が前を向いたまま動かなくなった。視線を追うと、一匹の白い華奢な猫が、俺達の方に向かって歩いてくるところだった。にゃーん。甘えるような、挨拶するような声色で鳴く、若い猫。くりくりと真ん丸な目は綺麗なブルーとイエローの二色だった。
「まさか……」
 返事の代わりに鳴いた猫は優雅に長い尻尾をゆらし、赤桐の脛に身体を擦り付けてきた。
「赤桐、この子……」
 赤桐が掠れて彼らしくもなく上擦った声で名を呼ぶ。
「チロ、なのか?」
 猫を抱き上げようと思わず手を伸ばして、しかし触れても良いのか分からずに躊躇していた赤桐に、お店のお姉さんが通りがかって膝の上に載せてくれた。
「可愛い子でしょ? 保護したお母さん猫から生まれた子よ。今七か月かな。最近やっと目の色がはっきり分かるようになってきたのよ。兄弟はみんな先に譲渡先が見つかったんだけど、この子はみんなより身体が小さかったから、デビューしたのは最近よ」
(クミがチロの生まれ変わりを探してくれたってこと?)
 勿論真実なんてわからない。だけど赤桐が切れ長の目にうっすら涙をためたから、俺は堪らない気持ちになって赤桐に寄り掛かって囁いた。
「毛皮を変えてる暇もなく帰ってきてくれたのかもな」
「ああ」
 言葉少なな赤桐の返事には万感の重みがあって、帰り際にもその子はにゃーにゃー鳴いて、赤桐の傍から離れようとしなかった。
「あらあら、お兄さんのこと、とっても気にいっちゃったのね」
 白猫があんまり必死にミャーミャー鳴くので、誰が聞いたって赤桐に連れて帰って欲しいって訴えてるように感じただろう。赤桐の脛に摺りついて、黒いズボンが真っ白になるほどだったから、お姉さんが慌ててブラシを持ってきてくれた。俺が手を出したらつーんてしてる。これが赤桐が言ってたヤキモチを焼くってやつなのかもしれない。
「この子、お迎えすることってできるんですか?」
 赤桐より先に、俺が聞いてしまった。
「もしかしたらトライアルに入りたいかもって言ってらしたご夫婦がいらしたんだけど……。お申し込みはまだです」
「家族と相談して、ご連絡させていただくことはかまいませんか?」
「もちろんですよ。またご連絡下さい」
 店を出た後も、赤桐が猫を見つめる蕩けるような優しい顔を反芻して、俺も幸せな気分になった。
「まだ時間沢山あるから、次どこ行く? この駅降りたの、俺初めてなんだよね」
 スマホを取り出して近隣のおすすめスポットを確認していたら、赤桐がぐっと俺を正面から抱き寄せてきた。
「おおおお、おい。大葵。ここ外だぞ?」
 路地裏とはいえ普通に往来だ。抱き合う俺達の横には白い大きなラッパみたいな花が沢山垂れ下がって咲いている。
「夕雨、俺をここに連れてきてくれて、ありがとう」
「俺っていうか、クミの置き土産だけどな。あいつ姉さんに『夕雨も大葵も楽しいデートプラン絶対考えるの苦手っぽいだろうから、私が沢山ブクマしといた』って言ってたらしいぜ」
「そうかもしれない。だけどお前がいたから、ここに来られた。ありがとう」
「何言ってんだよ」
 俺もががばっと俺に伸し掛かる大きな身体を抱きしめ返して、背中をぽんぽんって摩った。
「俺こそ、いつもありがとう。教室にやべぇ怖いオバケがでて、また光に帰さなきゃいけない時も、手ぇ握ってくれたり傍にいてくれるの、嬉しい。ありがとうな」
 ちらちらっと周りを見渡したらちょうど誰もいない。俺はちょっとにやけた顔を必死で真顔に誤魔化そうとするけどうまくいかない。笑いをかみ殺しながらも目を瞑って、腕の中から顔を上げた。俺の彼氏はすごく察しがいい奴なので、すぐに俺の顔を両手で包んで、逞しくてキリリとした容姿からは想像もつかない程、優しく繊細に俺に触れるキスをしてくれた。
                                   終