江戸妖屋始末録 ~偏屈なキセル男がお嬢様に振り回され~

「まー、立ち話もなんだし? 上がっちゃいなよー」

 滝姫に促されるまま、私は恐る恐る敷居を跨いだ。

 屋敷の中は、榊の幽霊屋敷とはまた違った意味で凄まじかった。あちらは多種多様なあやかしが「日常」を謳歌していたが、このボロ屋敷の主役はただ一種。

 右を見ても左を見ても、カタカタと乾いた音を立てて動き回る骸骨ばかりなのだ。

「……榊さん、これ全部、あの方の手下なのですか?」
「あぁ。餓者髑髏(がしゃどくろ)の成れの果てだ。一匹ずつならただの骨だが、あいつらが集合体になれば、大名行列どころか城一つを一夜で飲み込む巨大な化け物になる。……手は付けられねえぞ」

 榊の物騒な解説を聞きながら通された座敷では、一体の骸骨が盆に乗せた茶を運んできた。

 差し出された茶碗の中身は、至って普通の緑茶のようだが……。

(いや、無理! 骨が淹れたお茶なんて、なにが溶け出してるか分かったもんじゃない!)

 私は、カタカタと震える骸骨の指先を見て、お茶を口にするのを全力で遠慮した。だが、隣の毒舌男は

「お、気が利くじゃねえか」

 と躊躇なく茶碗を煽っている。

「で、ぜんちゃん。わざわざこんな墓場までうちを訪ねてきたってことは、なんかヤバい相談でしょ?」

 滝姫は髑髏の柄の着物をはだけさせ、気怠そうに頬杖をついた。榊はキセルの灰を落とし、表情を険しくする。

「……黒鵺だ。あいつら、江戸の理を乱して妖を道具扱いしてやがる。滝姫、お前の耳に何か入ってねえか」

 その名前が出た瞬間、滝姫の浮ついた空気がわずかに冷え込んだ。

「……あー、それね。マジちょうどよかった。うちもぜんちゃんに相談しようと思ってたんだよね。……実はさ、ちょっと前にうちの手下の一体が、マジ最悪な方法で祓われたんだわ」

 彼女の話によれば、事件は隣の無縁墓地ではなく、もう少し町に近い場所にある墓地で起きたという。

 そこで滝姫の手下の骸骨二体が呑気に酒盛りをしていたところ、突然現れた一人の男に襲われた。一体はその場で消滅させられ、もう一体が逃げようとした際、背中に奇妙な呪術を受けたのだ。

「逃げ帰ってきた子の骨を見たらさ、白い骨の中に、あの不気味な鵺の紋様が直接刻み込まれてて。……うちの術でも消せなくて、そのまま塵になって消えちゃった」

 滝姫は、派手な扇子を力任せに握りしめた。

「前々から黒鵺がチョロチョロしてるのは知ってたけど、うちの身内に実害出したのはマジで許せない。……ねえ、ぜんちゃん。あいつら、どうにかしてくんない?」
「わかった。……今から直接、そのしっぽを掴みに行ってくる」

 榊は立ち上がり、キセルを懐に仕舞い込んだ。その瞳には、獲物を追い詰める妖屋の冷徹な光が宿っている。

「滝姫、その墓地はどのあたりだ」
「案内するけど、マジで気をつけなよ? ぜんちゃん。鵺のしっぽは毒蛇なんだからさ」

 滝姫は立ち上がり、丈の短い着物の裾を翻した。

「もし戦力足りないなら、うちの兵隊いつでも貸してあげるから。……派手にやっちゃいなよ!」
「あぁ、とりあえずはこいつ一人で充分だ」

 榊は私を指さし、微笑む。

 姫君の軽快な激励を受け、私たちは江戸の闇へと再び足を踏み出した。目的地は呪われた墓地。