もしもあの時

 家に入り、着替えて、部屋の灯りをつける。
 そして、机の上のフォトスタンドに視線を向けた。
 学祭のときの写真。そこには、ゼミのみんなの顔。笑っている私、笑っている貴矢くん。
 その光の粒みたいな一瞬が遠く感じられた。

 私は、貴矢くんのことを「友達以上、恋人未満」だと思いこんでいた。
 今日みたいな絶好のタイミングで何も言ってこなかったということは、やっぱり私は──ただの友達だった──ということ。
 フォトスタンドから写真をゆっくり抜き取って、机の引き出しにしまった。
 それは、何だかほんの少し、儀式みたいな手つきに自分でも思えた。

 翌日の卒論発表会は無事に終わった。
 大学に行くことも、もうほとんどない。
 卒業式も淡々と過ぎて、私は春休みのふにゃりとした時間の中にゆっくり沈んでいた。
 大学では彼氏はできなかったけれど、新しい職場では別の出会いがあるのかもしれない。
 そんな漠然とした期待が、まだ形にならないまま胸の中で揺れていた。