嘘言〜声を失った姫と嘘つき陰陽師の邂逅〜

 逸らしてしまえば、真白が言うことが本当にそうなってしまいそうで。
 いくら本当のことを言えないと言っても、相手は陰陽師だ。何をしでかすか分からない。
 油断ならないと気を引き締めつつも、震える手で筆を掴見直す。
 力が入りすぎて、指先が白くなっていた。それでも構わず、和紙に文字を落とした。

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  うそ

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 短い一文。たったそれだけで、音羽の心の内を言い表すのには十分だった。
 見せつけるように紙を左へずらすと、真白はそれを見てふっと笑う。まるで、それを待っていたかのように。

「そうですね」

 音羽が差し出した紙を持ち上げ、たった一言だけのそれをまじまじと見つめる。
 “うそ”という二文字を見る横顔が、やけに悲しげに音羽には見えた。

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  俺は嘘つきです

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 サラサラと滑るように筆を動かして綴られるのは、声に出せない本当のこと。
 肯定でも否定でもない、ただの事実のように冷えた文字が和紙の上に浮かんでいる。
 音羽は思わず息を呑んだ。
 嘘つきだと自称してしまうのかと。だが真白は、気にした様子もなく肩を竦める。

「別に困りませんがね」

 そう言って、指先で和紙を軽く叩いた。

「何が本当で、何が嘘か。ちゃんと分かりますし」

 くすり、と小さく笑う。その笑みは、何処か歪んでいた。
 真白の言う通り、本当のことが言えないのだとしたら。今言ったことも嘘なのだろうか。
 もし嘘だとしたら、本当に言いたいことは。

 ───何が本当で、何が嘘か。分からない。

 音羽は思わず顔を上げ、真白の横顔にじっと見入った。
 嘘つき。
 自身をそう言い表す男なのに、真白が向ける微笑みは偽っていないように見える。
 あの女中が向けていた笑みとは違う。心の底から溢れる想いを感情に乗せてそのまま出したような。
 嘘偽りのない優しい笑みだった。

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  うそをついたら どうなるの

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 ほとんど無意識の内に、音羽は和紙にそう綴っていた。
 わざわざ聞かなくても良いこと。けれど、一度気になると誤魔化せなくなること。
 書いてしまってから、踏み込みすぎた問だと後悔が襲ってきた。

「………お待ちを」

 けれど、その問いを読んだ真白は怒ることもせず、傍らに転がっていたもう一本の筆を拾う。
 硯を引き寄せて墨を付けると、音羽に見えるようにして書いた。

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  死にます

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 胸の奥が僅かに揺れ、ぎゅうっと締め付けられるような感覚が襲った。
 それは、誰にも教わったことのない理解できない感情。
 怖いのか。
 違う。
 では、何なのか答えは出ないまま。

「姫様は、何故呪われているのです」

 何故呪われているのか。改めて問われると、案外すぐに答えは出なかった。
 産まれた時から呪われていて声が出せない。それが当たり前で生きてきたから、どうして自分は呪われているのか分からないのだ。
 筆を握ったまま、真っ黒になった和紙を見つめる。それから、音羽はもう一度筆を握り直した。

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  わたしはいみご

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 ぽたり、ぽたり、と和紙の上に染みが生まれた。
 紙の上に綴られた言葉は、音羽が一番信じたくないことであり、一番思い知っている事実。