ふと、悠真は店の外へ視線を向け、何かを思い出したように息を吐く。
春の陽射しの中を、親子連れが横切っていくのが見えた。
その姿を眺めていた悠真が、不意に静かな声を落とす。
「……貴方のご両親は、ただ貴方を守りたかっただけなんでしょうね」
音羽の睫毛が、ぴくりと揺れた。
賑やかだった店の音が、ほんの少しだけ遠くなる。
夜鷹。
緋彩。
二人の最期を思い出すたび、胸の奥が少しだけ痛んだ。
彼らがしてきたことは、間違っていたのかもしれない。
十五年間執着し続けてきたことは、歪んでいたのかもしれない。
それでも確かに、二人は音羽を愛していた。
自分自身が壊れるほどに、音羽を時に傷付けても守ろうとしてしまうほどに。
「……うん」
音羽は何も答えられず、曖昧に頷いた。
あの日までは、怖かった。
閉じ込められていた記憶も、声を奪われていたことも、全部、“愛されていなかった証拠”だと思っていたから。
けれど、違った。
あの二人は、守り方を間違えただけだった。
最期の瞬間まで、自分の娘を守ろうとしていただけなのだ。
「ちゃんと、分かってるよ」
ぽつりと零した声は、驚くほど穏やかだった。
悠真はそんな音羽を見つめ、それ以上は何も言わない。
「お母さんがこの声で産んでくれたんだもん。私は嬉しいよ」
かつては恐れていた。
自分の声が妖を呼ぶことも、誰かを傷付けてしまうかもしれないことも。
けれど、今は違う。
この声は呪いなんかではない。
母が命を削って守ってくれたものであり、父が壊れるほど執着してしまったものである。
そして、真白が“それでもいい”と言ってくれたものだ。
だからもう、否定したくなかった。
「貴方らしい。素敵な声です」
「ふふっ、ありがと」
過去は紙の上でしか本心を語れなかったけれど、今は何だって言葉にできる。
笑うことも泣くことも、声を出して感情を剥き出しにできるのだ。
少しの沈黙の後、ふっと吐き出された悠真の笑い声が春風に乗って飛んだ。
「……さて、そろそろ行かれたほうが良いのでは?」
「え、行く? 行くって何処に?」
言葉の意味が理解できずぽかんと口を開ける音羽を見て、悠真はとうとう堪えきれないと声を上げて笑った。
ひとしきり笑った後、持っていた湯呑みを机に置く。やけに真剣な眼差しが音羽を貫いた。
「会いに行かなきゃならない人の所に、ですよ」
直接名前を出さずとも、悠真が誰のことを言っているのかすぐに分かった。
呪が解け、本来の声を取り戻してから数カ月。
その数カ月は、彼と別れて消息不明になって会えなくなった期間でもあった。
「そう、だね」
「姫君が行く所なら、きっと何処にだって出てきますよ。あの人は、それができるから」
夜鷹と緋彩を残して山奥の屋敷を飛び出してから、音羽は気を失ってしばらく寝込んだ。
気がついて目覚めた時にいたのは、あの夜に泊まった宿。隣には女将と悠真がいた。
そう、あの屋敷を飛び出してから真白には会えていない。
今何処で何をしているのかなど、誰も知らないのだ。
「悠真」
席を立ち、真っ直ぐと目の前の少年に視線を向ける。
「ありがとね」
淀み無くそう言うと、悠真は静かに頷いて微笑んだ。
何も言わないのは、もうここに音羽を留まらせないため。
悠真の気遣いを汲み取った音羽は、お代を置いて店を飛び出した。
春の陽射しの中を、親子連れが横切っていくのが見えた。
その姿を眺めていた悠真が、不意に静かな声を落とす。
「……貴方のご両親は、ただ貴方を守りたかっただけなんでしょうね」
音羽の睫毛が、ぴくりと揺れた。
賑やかだった店の音が、ほんの少しだけ遠くなる。
夜鷹。
緋彩。
二人の最期を思い出すたび、胸の奥が少しだけ痛んだ。
彼らがしてきたことは、間違っていたのかもしれない。
十五年間執着し続けてきたことは、歪んでいたのかもしれない。
それでも確かに、二人は音羽を愛していた。
自分自身が壊れるほどに、音羽を時に傷付けても守ろうとしてしまうほどに。
「……うん」
音羽は何も答えられず、曖昧に頷いた。
あの日までは、怖かった。
閉じ込められていた記憶も、声を奪われていたことも、全部、“愛されていなかった証拠”だと思っていたから。
けれど、違った。
あの二人は、守り方を間違えただけだった。
最期の瞬間まで、自分の娘を守ろうとしていただけなのだ。
「ちゃんと、分かってるよ」
ぽつりと零した声は、驚くほど穏やかだった。
悠真はそんな音羽を見つめ、それ以上は何も言わない。
「お母さんがこの声で産んでくれたんだもん。私は嬉しいよ」
かつては恐れていた。
自分の声が妖を呼ぶことも、誰かを傷付けてしまうかもしれないことも。
けれど、今は違う。
この声は呪いなんかではない。
母が命を削って守ってくれたものであり、父が壊れるほど執着してしまったものである。
そして、真白が“それでもいい”と言ってくれたものだ。
だからもう、否定したくなかった。
「貴方らしい。素敵な声です」
「ふふっ、ありがと」
過去は紙の上でしか本心を語れなかったけれど、今は何だって言葉にできる。
笑うことも泣くことも、声を出して感情を剥き出しにできるのだ。
少しの沈黙の後、ふっと吐き出された悠真の笑い声が春風に乗って飛んだ。
「……さて、そろそろ行かれたほうが良いのでは?」
「え、行く? 行くって何処に?」
言葉の意味が理解できずぽかんと口を開ける音羽を見て、悠真はとうとう堪えきれないと声を上げて笑った。
ひとしきり笑った後、持っていた湯呑みを机に置く。やけに真剣な眼差しが音羽を貫いた。
「会いに行かなきゃならない人の所に、ですよ」
直接名前を出さずとも、悠真が誰のことを言っているのかすぐに分かった。
呪が解け、本来の声を取り戻してから数カ月。
その数カ月は、彼と別れて消息不明になって会えなくなった期間でもあった。
「そう、だね」
「姫君が行く所なら、きっと何処にだって出てきますよ。あの人は、それができるから」
夜鷹と緋彩を残して山奥の屋敷を飛び出してから、音羽は気を失ってしばらく寝込んだ。
気がついて目覚めた時にいたのは、あの夜に泊まった宿。隣には女将と悠真がいた。
そう、あの屋敷を飛び出してから真白には会えていない。
今何処で何をしているのかなど、誰も知らないのだ。
「悠真」
席を立ち、真っ直ぐと目の前の少年に視線を向ける。
「ありがとね」
淀み無くそう言うと、悠真は静かに頷いて微笑んだ。
何も言わないのは、もうここに音羽を留まらせないため。
悠真の気遣いを汲み取った音羽は、お代を置いて店を飛び出した。

