静まり返った屋敷の奥で、その微かな音だけが異様なほど大きく響く。
その音が聞こえると夜鷹が一歩を踏み出し、流されるまま三人も屋敷の中へと歩みを進めた。
おころり ころり 眠りゃんせ
月が隠れりゃ 朝が来る
この場にはいない女の歌声が何処からともなく聞こえてくる。
廊下の真ん中で立ち止まった三人は、警戒心を剥き出しにして辺りを見渡した。
誰もお前を 攫えぬよう
母がこの手で 声を抱く
ねんねや ねんねや 可愛い子
夜の向こうへ 行かぬよう
もしも迷えば 鈴鳴らせ
母が迎えに 行ってやる
「っ……!」
「姫様?」
咄嗟に真白の腰に抱き着いた音羽は、青白い顔をして身体を震わせていた。
この歌は、この声は、幼い頃に毎日耳にしていたもの。
眠る直前に、すぐ近くで聞いていた大好きな声だ。記憶は曖昧なのに、身体だけが鮮明に反応している。
夜鷹はゆっくりと目を細めると、聞こえてくる声にそっと耳を傾ける。
「ようやく起きたか」
その言葉と同時に、屋敷の奥からふわりと風が吹き抜けた。
古びた襖が、ぎぃ、と軋む。
真白は即座に音羽の前へ半歩出る。悠真もまた、無言で呪符へ指を添えた。
だが、次の瞬間、現れた気配に三人は息を呑む。
妖気ではない。
もっと静かで、もっと弱々しい。
「……大旦那、何が起こっているんです」
「まあ、黙って付いて来い。来れば分かる」
そう言うや否や歩き出した夜鷹は、廊下の先の戸を開けると先に続く階段を降りていく。明らかに不気味な雰囲気が漂う地下への階段だ。
「姫様」
「姫君!」
この場で誰よりも恐怖するであろう音羽が迷いもなく夜鷹の後を追った。
慌てて真白と悠真も地下へと続く階段を降りていく。一段降りる度に、肌を深いな妖気が撫でた。
暗闇の中、手で壁を伝いながら降りていくと、突然視界が開ける。階段の先は、小さな牢屋のある地下室になっていた。
「ここは……」
おころり ころり 眠りゃんせ
月が隠れりゃ 朝が来る
またあの歌が聞こえたかと思ったその瞬間、牢屋の中に小さな灯りが灯った。
「こ、これは!?」
悠真の叫びと牢屋の中にある“それ”が動きを見せたのはほとんど同時。
長い黒髪。
白い着物。
痩せ細った女が、手錠に足枷を付けた状態で牢屋の中に佇んでいた。
まるで幽霊のようだと思ったのは、誰だって同じだ。
肌は血の気を失い、細い指先は今にも折れてしまいそうなほど白い。
けれど、その顔を見た瞬間に音羽の瞳が大きく揺れる。
「緋彩。音羽だ」
信じたいのに信じ切れない。
夢を見ているように、音羽の瞳が揺れている。
牢の奥にいた女――緋彩は、ゆっくりと顔を上げた。虚ろだった瞳に、僅かに光が宿る。
そして、音羽の姿を認識した瞬間、その細い肩が大きく震えた。
「……音羽」
鈴を転がしたような、弱々しい声が空気に溶けて消える。
その一言だけで、音羽の喉が詰まった。
ずっと会いたかった。
もう二度と会えないと思っていた。
なのに、ようやく再会できた母親は、まるで生きた屍みたいに痩せ細っていた。
「っ…っ……!」
言いたいことが、伝えたいことが溢れ出して止まらないのに声が出せない。
口をパクパクと開けながら音羽が一歩踏み出した、その瞬間だった。
「来るな!!」
悲鳴のような、怒号のような叫びが地下室へ響き渡る。
鉄格子に触れるかという距離で音羽の足が止まった。
真白も悠真も目を見開く。
緋彩は牢へ縋り付くように立ち上がり、怯え切った顔で音羽を見ていた。
「駄目……来ちゃ駄目……!」
「……?」
「逃げて……!」
ガンッ、と、緋彩が自ら牢へ身体を打ち付ける。
その瞬間、地下室全体へびっしりと刻まれていた術式が、一斉に赤黒く発光した。
その音が聞こえると夜鷹が一歩を踏み出し、流されるまま三人も屋敷の中へと歩みを進めた。
おころり ころり 眠りゃんせ
月が隠れりゃ 朝が来る
この場にはいない女の歌声が何処からともなく聞こえてくる。
廊下の真ん中で立ち止まった三人は、警戒心を剥き出しにして辺りを見渡した。
誰もお前を 攫えぬよう
母がこの手で 声を抱く
ねんねや ねんねや 可愛い子
夜の向こうへ 行かぬよう
もしも迷えば 鈴鳴らせ
母が迎えに 行ってやる
「っ……!」
「姫様?」
咄嗟に真白の腰に抱き着いた音羽は、青白い顔をして身体を震わせていた。
この歌は、この声は、幼い頃に毎日耳にしていたもの。
眠る直前に、すぐ近くで聞いていた大好きな声だ。記憶は曖昧なのに、身体だけが鮮明に反応している。
夜鷹はゆっくりと目を細めると、聞こえてくる声にそっと耳を傾ける。
「ようやく起きたか」
その言葉と同時に、屋敷の奥からふわりと風が吹き抜けた。
古びた襖が、ぎぃ、と軋む。
真白は即座に音羽の前へ半歩出る。悠真もまた、無言で呪符へ指を添えた。
だが、次の瞬間、現れた気配に三人は息を呑む。
妖気ではない。
もっと静かで、もっと弱々しい。
「……大旦那、何が起こっているんです」
「まあ、黙って付いて来い。来れば分かる」
そう言うや否や歩き出した夜鷹は、廊下の先の戸を開けると先に続く階段を降りていく。明らかに不気味な雰囲気が漂う地下への階段だ。
「姫様」
「姫君!」
この場で誰よりも恐怖するであろう音羽が迷いもなく夜鷹の後を追った。
慌てて真白と悠真も地下へと続く階段を降りていく。一段降りる度に、肌を深いな妖気が撫でた。
暗闇の中、手で壁を伝いながら降りていくと、突然視界が開ける。階段の先は、小さな牢屋のある地下室になっていた。
「ここは……」
おころり ころり 眠りゃんせ
月が隠れりゃ 朝が来る
またあの歌が聞こえたかと思ったその瞬間、牢屋の中に小さな灯りが灯った。
「こ、これは!?」
悠真の叫びと牢屋の中にある“それ”が動きを見せたのはほとんど同時。
長い黒髪。
白い着物。
痩せ細った女が、手錠に足枷を付けた状態で牢屋の中に佇んでいた。
まるで幽霊のようだと思ったのは、誰だって同じだ。
肌は血の気を失い、細い指先は今にも折れてしまいそうなほど白い。
けれど、その顔を見た瞬間に音羽の瞳が大きく揺れる。
「緋彩。音羽だ」
信じたいのに信じ切れない。
夢を見ているように、音羽の瞳が揺れている。
牢の奥にいた女――緋彩は、ゆっくりと顔を上げた。虚ろだった瞳に、僅かに光が宿る。
そして、音羽の姿を認識した瞬間、その細い肩が大きく震えた。
「……音羽」
鈴を転がしたような、弱々しい声が空気に溶けて消える。
その一言だけで、音羽の喉が詰まった。
ずっと会いたかった。
もう二度と会えないと思っていた。
なのに、ようやく再会できた母親は、まるで生きた屍みたいに痩せ細っていた。
「っ…っ……!」
言いたいことが、伝えたいことが溢れ出して止まらないのに声が出せない。
口をパクパクと開けながら音羽が一歩踏み出した、その瞬間だった。
「来るな!!」
悲鳴のような、怒号のような叫びが地下室へ響き渡る。
鉄格子に触れるかという距離で音羽の足が止まった。
真白も悠真も目を見開く。
緋彩は牢へ縋り付くように立ち上がり、怯え切った顔で音羽を見ていた。
「駄目……来ちゃ駄目……!」
「……?」
「逃げて……!」
ガンッ、と、緋彩が自ら牢へ身体を打ち付ける。
その瞬間、地下室全体へびっしりと刻まれていた術式が、一斉に赤黒く発光した。

