嘘言〜声を失った姫と嘘つき陰陽師の邂逅〜

 馬鹿みたいだ。本当に馬鹿みたいだ。
 この世にあるものは何もかもが嘘。偽りだらけの嘘言でしかない。
 なんとも分かりやすいことなのに、どうして今まで気づかなかったのだろう。ああ、そうか、気づこうとしてこなかったのか。
 嘘だと思いもしないから、全てが嘘言であったと気づくのは裏切られてから。
 この腕に刻まれた無数の火傷痕がその何よりの証拠だ。嘘に騙され、忌み嫌われ、操られるままの人形。
 陽の光を知らない腕は、何処か現実味を欠いて見える。
 ここにいるのに。
 確かに存在しているはずなのに。まるで、最初からなかったもののように。
 静かな部屋の中で、ただ息を繰り返す。
 何も変わらない日々の中で、何も変わらないはずの時間が、ゆっくりと過ぎていく。
 そのはずだった。

「?……」

 その時、風もないのに部屋の空気が揺れた気がした。僅かに墨の匂いに混じって、別の気配が入り込む。
 ゆっくりと顔を上げてみても、障子は閉じられたままで誰も入ってきた様子はない。
 それなのに。

 ――いる。

 確かに何かが部屋の中にいる。他の気配がすぐ近くから感じた。
 視線を巡らせる。柱の影。部屋の隅。文机の向こう。けれど、何処にも人の姿はない。
 だが、気配だけが確かにそこにあった。
 ぞくりと、背筋に冷たいものが走る。
 逃げなければ。そう思うのに、身体が動かない。
 畳に手をついて立ち上がろうとした、その時。

「随分と呆けた顔をしていらっしゃる」
「……っ!?」

 頭上から見知らぬ男の声が聞こえて、勢いよく見上げた。

「実の娘に火傷させるとは、随分と手荒なお方だ。それで声を上げない姫様も姫様だが」
「?……???」
「どうされました? 俺の顔に何か付いてます?」

 いつの間にか、またがるようにして一人の男が見下ろしていた。
 まるで最初からそこにいたかのように、何の違和感もなく立っている。
 陰陽師の装束を纏ったその男は、貼り付けたような笑みを向けた。

「!!」
「おっと」

 慌てて男から距離を開けると、部屋の隅に置いていた箱から和紙を取り出す。
 文机に向かい、筆を握ると乱雑に書き殴った。

「っ! っ!」

 振り返って紙を掲げながら、部屋の中央で目を点にする男に見せる。指で叩きながら、見るように主張した。

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  あなたはだれ

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 和紙に書かれた文字を読んだ男は、少ししてから首を傾げた。

「何故、わざわざ紙で問うのです? 口で言えばいいじゃあありませんか」

 すっと細められた男の目には、確かな警戒心が滲んだ。
 確かに、目の前にいるのに紙に文字を書いて読ませるのは不自然だ。男が警戒するのは理解できる。
 ならばともう一枚和紙を文机に乗せると、滑るように書いてもう一度男に見せる。

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  わたしはこえがだせません

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 もう一枚和紙を用意して、また殴り書いては男に見せる。

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  なので こうしないとかいわができません

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 紙を持つ手が震えて、目の前が歪んだ。男の顔がぼやけていく。
 きっと、また忌み子だと言われて逃げられてしまう。声を出せないのは神の祟だと言って。
 
「……なるほど」

 この男も今まで傍を離れていった人達と同じなんだと思っていたのに。
 何故か、男は紙に書かれた言葉を読み終えると、畳の上を滑るようにして近寄った。
 そして、辺りに散らばっていた和紙を拾い上げ、文机に載せると筆を取る。
 達筆な字で書かれたそれを隣から覗き見た。

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  俺は 貴方様の呪を解くために呼ばれた陰陽師

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 陰陽師?
 どうして陰陽師がここに?
 そ問う前に、また紙の上には言葉が綴られた。