嘘言〜声を失った姫と嘘つき陰陽師の邂逅〜

 障子の隙間から、柔らかな朝日が差し込んでいた。
 昨夜聞こえていた祭囃子はもうない。
 代わりに聞こえるのは、遠くの波音と、小鳥の囀りだけだった。

「……」

 音羽はぼんやりと目を開ける。
 見慣れない天井を見ると、一瞬、自分が何処にいるのか分からなくなる。
 けれど、鼻先を掠めた畳の匂いと、すぐ近くから聞こえた鈴の音で思い出した。
 久我悠真との見合いを放棄して逃げ出し、真白と一緒にこの宿へ来たのだと。
 身じろぎすれば、隣の布団は既に空になっていた。

「起きました?」

 不意に声が降ってくる。
 音羽が顔を上げれば、窓際へ腰掛けた真白がこちらを見ていた。
 朝日に照らされた白髪が淡く光っている。既に着替えも済ませているらしく、寝起きの気配など全くない。
 その指先では、いつもの鈴が小さく揺れていた。

「姫様、寝起き悪いんですねえ」

 揶揄うように笑う声に、音羽はむっとしながら身体を起こした。
 その瞬間、さらり、と髪が肩から零れ落ちる。
 昨夜付けてもらった簪は、布団の横へ転がっていた。
 真白の視線がそこへ止まり、一瞬だけ目が細められた。けれど、すぐに意地悪な笑みに変わる。

「寝癖酷いですよ」

 口から出たのは、やっぱりそんな意地悪な言葉だった。
 ぴしり。黒い紋様が首筋へ浮かぶ。

「…………」

 音羽はじっと真白を、というより首元をじっと見る。
 その視線に気づいた真白は、バツが悪そうに窓の外へ視線を逸らした。

「……見ないでくださいよ」

 掠れた声でそう呟きながら、小さく息を吐く。
 朝の静かな空気の中、遠くで波の音だけが静かに響いていた。
 音羽は布団の上へ座ったまま、しばらく真白を見つめる。
 やはり、おかしい。
 意地悪なことを言う度に苦しそうな顔をする。、けれど、優しい言葉を言おうとした時ほど、呪いは強く反応している気がした。

「……」

 考え込むように視線を落としていると、真白がわざとらしく鈴を鳴らす。

「姫様、朝から難しい顔しないでください」

 窓枠へ頬杖をつきながら、面倒臭そうに肩を竦めた。

「折角攫われたんですから、もっと気楽に楽しめばいいでしょうに」

 そんなことを言う真白の顔は笑っているのに、何処か苦しげなまま。
 音羽と違って、真白の首に浮かぶ模様は一瞬にして消える。だから包帯で巻いて隠す必要がない。
 それが余計に呪いによる影響力を誤魔化しているように思えた。

「……」
「何です、その目」

 真白は居心地悪そうに眉を顰める。まるで、“また見抜かれた”とでも言いたげだった。
 すると、からり、と障子の向こうで音がした。

「あんた達、起きてるかい?」

 女将の声だ。

「朝飯持って来たよ」

 襖を開けて入ってきた女将を見るなり、真白は小さく息を吐く。

「ありがとうございます」

 焼き魚の香ばしい匂いと、湯気の立つ味噌汁の香りが部屋へ流れ込んだ。
 女将は盆をちゃぶ台の上に置きながら、くすりと笑う。

「若い子ってのはよく寝るねぇ」
「姫様だけですよ」

 馬鹿にされたことよりも、もう一度ましろの首元に浮かんだ黒い模様に意識が向かう。

「…………」

 女将が「あらあら」と言いたげに目を細めた。女将には、音羽は真白に馬鹿にされたから怒っているように見えたのだろう。