嘘言〜声を失った姫と嘘つき陰陽師の邂逅〜

 真白が僅かに眉を顰め、喉の奥を焼くような痛みに耐えようとした。
 けれど、飲み込めなかった息が小さく漏れる。それでも笑った。
 苦しいとも痛いとも言わず、いつもの調子で誤魔化そうとする。
 音羽はじっとそんな真白を見つめていた。
 それから、ゆっくりと紙へ視線を落とす。さらさら、と再び筆が走った。
 真白は半ば諦めたようにその文字を覗き込む。

 ┈┈┈┈┈┈┈

  うそ

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 今度こそ、真白の笑みが固まった。
 音羽は真白を見上げたまま、じっと動かない。逃がさないと声に出さずとも、その視線が訴えている。
 そんな視線に貫かれた真白は、困ったように頭を掻いた。

「姫様が気にすることではないですよ」

 誤魔化そうとしたその時、不意に袖が引かれる。

「?」

 視線を落とせば、音羽が真白の袖をきゅっと握っていた。
 離さないように、何処か不安そうに申し訳ない程度に握っている。
 それでも、行灯の灯りに照らされた音羽の顔は、真剣そのものだった。
 心配している。ただ、それだけが真っ直ぐ伝わってくる。
 その視線に耐え切れなくなったように、真白はふい、と顔を逸らした。

「……そんな顔しないでくださいよ」

 ぽつりと零れた声は、今までより少しだけ掠れていた。

「大丈夫ですから」

 その瞬間、ぴしり、とまた黒い紋様が浮かび上がる。今度は先程より深い。
 まるで、“大丈夫ではない”と呪いそのものが告げているようだった。

「もう寝ましょう。少々疲れた」

 これ以上追及されたくない。そんな風に話を打ち切る声音だった。
 真白は誤魔化すように立ち上がると、押し入れから適当に布団を引っ張り出す。

「姫様はそっち使ってください」

 そう言いながら、自分は部屋の隅へ雑に布団を放った。
 音羽はまだ納得していない顔で真白を見つめている。だが、真白は気付かないふりをした。
 布団を敷く手付きは慣れたものだったが、時折小さく呼吸が乱れる。
 喉を押さえる仕草も、今日だけで何度目だろう。

「……」

 音羽は唇をきゅっと結ぶ。
 誤魔化している、それくらいは分かった。けれど、これ以上踏み込めば真白が苦しそうな顔をすることも、もう理解してしまっていた。
 だから、音羽は何も書かなかった。否、書けなかった。
 文字にも声にもできない代わりに、そっと真白の袖を引く。

「今度は何です?」

 半ば呆れたように笑った真白が振り返る。
 すると音羽は、少し迷うように視線を彷徨わせた後、自分の布団の隣を指差した。

「…………は?」

 真白の動きが止まった。
 音羽は真剣な顔のまま、もう一度隣を示す。
 離れた場所じゃなくて、ここ。そう言いたいらしい。

「いやいやいや」

 真白は思わず乾いた笑いを漏らした。

「姫様、年頃の娘が無防備過ぎません?」

 その瞬間、ぴしり、と黒い紋様が浮かぶ。

「…………」
「…………」

 音羽は“やっぱり”と言いたげな目で真白を見つめていた。
 一方の真白は、誤魔化し切れなかったことを悟ったのか、片手で額を押さえる。
 言葉と本心が噛み合っていないことに、とうとう音羽も気付き始めているらしい。

「……本当に勘弁してくださいよ」

 掠れた声でそう呟きながら、観念したように小さく息を吐く。
 結局、真白は音羽の隣へ布団を敷いた。