女将はそんな二人の空気を見て、何処か微笑ましそうに目を細めた。
「ほらほら、立ち話も何だしねぇ」
そう言いながら、帳場の奥から鍵を取り出す。
「丁度一部屋空いてるんだ。古い宿で悪いけど、ゆっくりしていきな」
部屋番号か書かれた木の板に吊るされた鍵が差し出される。
真白は鍵を受け取りながら、にこりと笑った。
「助かります」
「飯はもう食べたかい?」
「姫様が屋台で満喫してたので多分大丈夫ですねえ」
「……!」
飴細工だの焼き団子だの、見付ける度に足を止めていた姿を思い出したのか、真白は可笑しそうに肩を震わせる。
一方の音羽は、暴露するみたいに言わないでほしいと言いたげに真白を睨み付けた。
そんな二人のやり取りを見ていた女将が、ふっと吹き出す。
「仲良いんだねぇ、あんた達」
「全然」
迷いも間もなく、真白は反射的にそう言い切った。
その瞬間、ぴしり、と乾いた痛みが喉の奥を裂く。
首筋へ黒い紋様が浮かび上がり、肌の下を這うように広がった。
「…………」
音羽はその変化を見逃さなかったのか、不思議そうに真白を見上げる。
けれど、真白は視線を合わせない。
胸の奥へ浮かびかけた言葉を、無理矢理押し殺すみたいに。
そんな二人を見ていた女将だけが、何かを察したように小さく目を細めていた。
「ほら、行きますよ姫様」
さっさと話を切り上げるように歩き出す。音羽は少しだけ不満そうな顔をしながら、その後を追った。
ぎし、と古い階段が鳴る。
二階へ上がる途中、窓の外にはまだ祭りの灯りが見えていた。
遠くから祭囃子が微かに聞こえてくる。
女将は廊下の突き当たりで足を止めると、二人の方に振り返った。
「ここだよ」
からり、と引き戸を開けば、畳の匂いがふわりと流れ出た。
決して広くはない。
けれど、綺麗に掃除された和室には、何処か落ち着く温もりがあった。
窓際には小さな行灯が置かれ、外からは祭囃子が微かに聞こえてくる。
逃げるように飛び出してきた二人にとって、その静けさは不思議なくらい心地良かった。
「何も無い宿だけど、ゆっくりしていって」
女将は柔らかく笑いながら、音羽へ視線を向ける。
その目は、今の音羽ではなく、遠い昔の誰かを見ているようだった。
懐かしさと少しの寂しさを滲ませながら、ぽつりと呟く。
「……ほんと、緋彩さんによく似てる」
ぽつりと呟きを残し、静かに部屋を後にした。
からり、と戸が閉まる。途端に部屋の中へ静寂が落ちた。
しん、と静まり返った部屋の中で、遠くの祭囃子だけが微かに響いている。
音羽はしばらく閉じられた襖を見つめていた。
緋彩とは自分を産んだ母の名前。その名前を他人の口から聞くのは初めてだった。
「……」
この宿に来て、女将に出会って聞かされたのは知らないことばかりだった。
母が笑う人だったことも。
父と花火を見に来ていたことも。
自分が生まれるのを楽しみにしていたことも。
音羽はゆっくり襖から視線を逸らし、そして俯いた。
「姫様」
気の抜けた声が聞こえて顔を上げれば、真白は既に畳へごろりと寝転がっていた。
「人の感動話の余韻に浸る前に確認なんですが、寝相悪かったりします?」
「……?」
音羽はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
あ女音羽を見た真白は面倒臭そうに頭を掻く。
「いや、一部屋しかないので」
その言葉の意味を理解した瞬間、ぼんっ、と音羽の顔が一気に赤く染まった。
「ほらほら、立ち話も何だしねぇ」
そう言いながら、帳場の奥から鍵を取り出す。
「丁度一部屋空いてるんだ。古い宿で悪いけど、ゆっくりしていきな」
部屋番号か書かれた木の板に吊るされた鍵が差し出される。
真白は鍵を受け取りながら、にこりと笑った。
「助かります」
「飯はもう食べたかい?」
「姫様が屋台で満喫してたので多分大丈夫ですねえ」
「……!」
飴細工だの焼き団子だの、見付ける度に足を止めていた姿を思い出したのか、真白は可笑しそうに肩を震わせる。
一方の音羽は、暴露するみたいに言わないでほしいと言いたげに真白を睨み付けた。
そんな二人のやり取りを見ていた女将が、ふっと吹き出す。
「仲良いんだねぇ、あんた達」
「全然」
迷いも間もなく、真白は反射的にそう言い切った。
その瞬間、ぴしり、と乾いた痛みが喉の奥を裂く。
首筋へ黒い紋様が浮かび上がり、肌の下を這うように広がった。
「…………」
音羽はその変化を見逃さなかったのか、不思議そうに真白を見上げる。
けれど、真白は視線を合わせない。
胸の奥へ浮かびかけた言葉を、無理矢理押し殺すみたいに。
そんな二人を見ていた女将だけが、何かを察したように小さく目を細めていた。
「ほら、行きますよ姫様」
さっさと話を切り上げるように歩き出す。音羽は少しだけ不満そうな顔をしながら、その後を追った。
ぎし、と古い階段が鳴る。
二階へ上がる途中、窓の外にはまだ祭りの灯りが見えていた。
遠くから祭囃子が微かに聞こえてくる。
女将は廊下の突き当たりで足を止めると、二人の方に振り返った。
「ここだよ」
からり、と引き戸を開けば、畳の匂いがふわりと流れ出た。
決して広くはない。
けれど、綺麗に掃除された和室には、何処か落ち着く温もりがあった。
窓際には小さな行灯が置かれ、外からは祭囃子が微かに聞こえてくる。
逃げるように飛び出してきた二人にとって、その静けさは不思議なくらい心地良かった。
「何も無い宿だけど、ゆっくりしていって」
女将は柔らかく笑いながら、音羽へ視線を向ける。
その目は、今の音羽ではなく、遠い昔の誰かを見ているようだった。
懐かしさと少しの寂しさを滲ませながら、ぽつりと呟く。
「……ほんと、緋彩さんによく似てる」
ぽつりと呟きを残し、静かに部屋を後にした。
からり、と戸が閉まる。途端に部屋の中へ静寂が落ちた。
しん、と静まり返った部屋の中で、遠くの祭囃子だけが微かに響いている。
音羽はしばらく閉じられた襖を見つめていた。
緋彩とは自分を産んだ母の名前。その名前を他人の口から聞くのは初めてだった。
「……」
この宿に来て、女将に出会って聞かされたのは知らないことばかりだった。
母が笑う人だったことも。
父と花火を見に来ていたことも。
自分が生まれるのを楽しみにしていたことも。
音羽はゆっくり襖から視線を逸らし、そして俯いた。
「姫様」
気の抜けた声が聞こえて顔を上げれば、真白は既に畳へごろりと寝転がっていた。
「人の感動話の余韻に浸る前に確認なんですが、寝相悪かったりします?」
「……?」
音羽はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
あ女音羽を見た真白は面倒臭そうに頭を掻く。
「いや、一部屋しかないので」
その言葉の意味を理解した瞬間、ぼんっ、と音羽の顔が一気に赤く染まった。

