花火が終わる頃には、空はすっかり夜の色へ沈んでいた。
祭りの熱気も少しずつ落ち着き始め、人々は名残惜しそうに帰路へ着いていく。
山道を下りながら、音羽は何度も振り返って夜空を見上げていた。
最後の光が消えてしまうのが惜しいらしい。
「姫様」
そんな音羽の方を振り返りながら、真白は呆れたように肩を竦める。
「そろそろ現実見ましょうか」
「?」
「宿探しですよ、宿探し。流石に野宿は勘弁です」
そこまで考えていなかったらしい音羽は、ぱちぱちと瞬きをする。
そんな反応を見て、真白は思わず吹き出した。
「……本当に攫われる側の才能ありますねえ」
軽口を叩きながら、人通りの多い通りへ戻る。
祭り帰りの客を呼び込もうとする声が、あちこちから飛び交っていた。
『旅籠はこちらだよ!』
『空き部屋あります!』
けれど、何処も人でいっぱいだった。
「いやあ、完全に祭りの日を舐めてましたね」
真白は項に触れながら、途方に暮れた。音羽も少し不安そうに周囲を見回す。
そんな様子に気付いた真白が、ふっと笑った。
「安心してください。最悪、その辺の木の上でも寝られますし」
音羽は一瞬きょとんとした後、じわじわと顔を引き攣らせると露骨に嫌そうな顔をした。
そう理解した瞬間、じとりとした視線を真白へ向けた。
すると真白は、そんな反応が可笑しかったのか肩を震わせた。
「ははっ。冗談ですよ」
そう言って歩いていると、大通りから少し外れた場所に、小さな木造の旅籠が見えた。
古びてはいるが、何処か落ち着いた雰囲気の宿だった。軒先には柔らかな灯りが揺れている。
「……まあ、ここでいいですかね」
祭り帰りの客で賑わっていた大通りとは違い、その旅籠の中は妙に静かだった。
木の軋む音。
微かに漂う香の匂い。
古びた柱や壁には長年使われてきた温もりが残っている。
音羽はきょろきょろと落ち着きなく辺りを見回した。こうして外の宿へ入ることすら初めてなのだろう。
「すみませーん。二人なんですが、空いてます?」
張り上げた真白の声に、帳場に座っていた初老の女将が顔を上げる。
「あいよ、ちょっと待っ――」
宿帳へ伸ばしかけていた手が宙で固まり、細められた目がじっと音羽を見つめた。まるで、遠い記憶の中にいる誰かと重ねるように。
音羽は突然向けられた視線に戸惑い、小さく肩を揺らす。
真白もそれに気付いたのか、僅かに目を細めた。
「……あら?」
何か信じられないものでも見たように目を見開き、女将は音羽をじっと見つめた。
「お客さん、その子の名前……聞いてもいいかい?」
女将は探るように問い掛ける。懐かしむようでもあり、確かめるようでもある、不思議な声音だった。
音羽は突然名前を尋ねられ、僅かに身を強張らせる。
一方で真白は、その空気の変化を敏感に察したのか、細めた瞳で女将を見返した。
「橘、音羽ですが」
「たち、ばな……」
掠れた呟きが、静かな帳場へ落ちる。
女将は何度も音羽の顔を見つめ直した。
黒い髪。
伏せがちな瞳。
何処か儚げな空気。
その面影に、遠い昔の誰かが重なっているのだと分かるほど、女将の表情は揺れていた。
「……まさか」
女将は信じられないものを見るように、ゆっくりと音羽へ手を伸ばしかける。
けれど、途中で我に返ったように指先を止めた。
懐かしさと驚きが入り混じった表情のまま、掠れた声を零す。
「夜鷹さんとこの、お嬢ちゃんかい?」
祭りの熱気も少しずつ落ち着き始め、人々は名残惜しそうに帰路へ着いていく。
山道を下りながら、音羽は何度も振り返って夜空を見上げていた。
最後の光が消えてしまうのが惜しいらしい。
「姫様」
そんな音羽の方を振り返りながら、真白は呆れたように肩を竦める。
「そろそろ現実見ましょうか」
「?」
「宿探しですよ、宿探し。流石に野宿は勘弁です」
そこまで考えていなかったらしい音羽は、ぱちぱちと瞬きをする。
そんな反応を見て、真白は思わず吹き出した。
「……本当に攫われる側の才能ありますねえ」
軽口を叩きながら、人通りの多い通りへ戻る。
祭り帰りの客を呼び込もうとする声が、あちこちから飛び交っていた。
『旅籠はこちらだよ!』
『空き部屋あります!』
けれど、何処も人でいっぱいだった。
「いやあ、完全に祭りの日を舐めてましたね」
真白は項に触れながら、途方に暮れた。音羽も少し不安そうに周囲を見回す。
そんな様子に気付いた真白が、ふっと笑った。
「安心してください。最悪、その辺の木の上でも寝られますし」
音羽は一瞬きょとんとした後、じわじわと顔を引き攣らせると露骨に嫌そうな顔をした。
そう理解した瞬間、じとりとした視線を真白へ向けた。
すると真白は、そんな反応が可笑しかったのか肩を震わせた。
「ははっ。冗談ですよ」
そう言って歩いていると、大通りから少し外れた場所に、小さな木造の旅籠が見えた。
古びてはいるが、何処か落ち着いた雰囲気の宿だった。軒先には柔らかな灯りが揺れている。
「……まあ、ここでいいですかね」
祭り帰りの客で賑わっていた大通りとは違い、その旅籠の中は妙に静かだった。
木の軋む音。
微かに漂う香の匂い。
古びた柱や壁には長年使われてきた温もりが残っている。
音羽はきょろきょろと落ち着きなく辺りを見回した。こうして外の宿へ入ることすら初めてなのだろう。
「すみませーん。二人なんですが、空いてます?」
張り上げた真白の声に、帳場に座っていた初老の女将が顔を上げる。
「あいよ、ちょっと待っ――」
宿帳へ伸ばしかけていた手が宙で固まり、細められた目がじっと音羽を見つめた。まるで、遠い記憶の中にいる誰かと重ねるように。
音羽は突然向けられた視線に戸惑い、小さく肩を揺らす。
真白もそれに気付いたのか、僅かに目を細めた。
「……あら?」
何か信じられないものでも見たように目を見開き、女将は音羽をじっと見つめた。
「お客さん、その子の名前……聞いてもいいかい?」
女将は探るように問い掛ける。懐かしむようでもあり、確かめるようでもある、不思議な声音だった。
音羽は突然名前を尋ねられ、僅かに身を強張らせる。
一方で真白は、その空気の変化を敏感に察したのか、細めた瞳で女将を見返した。
「橘、音羽ですが」
「たち、ばな……」
掠れた呟きが、静かな帳場へ落ちる。
女将は何度も音羽の顔を見つめ直した。
黒い髪。
伏せがちな瞳。
何処か儚げな空気。
その面影に、遠い昔の誰かが重なっているのだと分かるほど、女将の表情は揺れていた。
「……まさか」
女将は信じられないものを見るように、ゆっくりと音羽へ手を伸ばしかける。
けれど、途中で我に返ったように指先を止めた。
懐かしさと驚きが入り混じった表情のまま、掠れた声を零す。
「夜鷹さんとこの、お嬢ちゃんかい?」

