音羽は真っ赤になったまま、じと、と真白を睨み上げる。けれど、その通り過ぎて何も言い返せない。
悔しそうに唇を引き結ぶ姿が子供っぽくて、真白はまた喉を鳴らした。
「そんな顔しなくても、別に食べたりしませんよ」
音羽の真横に立つと、振り返って柵に背を預ける。
冗談めかした口調だが、その瞬間、喉の奥に鋭い熱が走った。
――大事にしたい。
浮かび上がった本音を、真白は無理矢理押し殺す。けれど、ほんの少し遅かった。
ぴり、と首筋が痛む。
黒い紋様が一瞬だけ浮かび、すぐに消えた。
「……っ」
僅かに眉を寄せた真白へ、音羽が気付いたように顔を上げる。
心配そうな目をする音羽に向かって、真白はすぐに笑った。
「何です、その顔」
何でもないと誤魔化すように、音羽の額を指先で軽く小突く。
「姫様は花火だけ見てれば良いんですよ」
どん、とまた夜空へ花が咲く。赤い光が二人を照らした。
音羽は少しだけ迷うように真白を見た後、ゆっくり空を見上げる。
その横顔を見つめながら、真白は小さく息を吐いた。
駄目だ。
近くにいるほど、抑えが利かなくなる。
閉じ込められていた姫君。
妖を惹き寄せる呪われた声。
面倒事の塊みたいな娘。
本来なら関わるべきではなかった。
それなのに、夜空を見上げて笑う姿を見ていると、どうしようもなく胸が騒ぐ。
――攫わなければ良かった。
そんな言葉とは裏腹に、真白の手はまだ音羽の手首を離せずにいた。
花火はなおも夜空へ咲き続ける。
その度に音羽の表情がころころ変わるものだから、真白は半ば呆れたように笑っていた。
「本当に分かりやすいですねえ」
音羽はむっと頬を膨らませて不満を露わにする。
だが、反論する代わりに、今度はそっと真白の袖を摘んだ。
「……?」
視線を向ければ、音羽が遠慮がちに地面を指差す。
足元には、細い枝。
真白は察したように「ああ」と声を漏らした。
「書きたいんですか」
段々と言葉無くして考えていることが分かってきた。訴えたいことが伝わった喜びに、微かに笑った音羽はこくりと頷く。
真白は苦笑しながらしゃがみ込んだ。
「どうぞ」
音羽は枝を拾い、少し迷ってから地面へ文字を刻み始める。
さらさら、と小さな音がした。
やがて浮かび上がった文字を見て、真白の目が僅かに細められる。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ありがとう
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
真白はしばらく黙ってその文字を見下ろしていた。花火の光が、白い髪へ淡く落ちる。
『ありがとう』
たったそれだけの言葉なのに、不思議なくらい胸の奥へ刺さった。
こんな風に真っ直ぐ感謝を向けられることなんて、今までなかったから。
真白はふっと視線を逸らすと、どう答えたらよいか分からず曖昧に笑う。
「……別に、成り行きですよ」
本当は違う。
貴方を助けたかった。
攫ってでも、外へ連れ出したかった。
そんな本音が喉元まで込み上げる。
けれどその瞬間、ずきり、と焼けるような痛みが待っていたように走った。
「っ……」
真白が僅かに顔を顰める。首筋へ黒い紋様が浮かびかけ、すぐに消えた。
何度目かによる呪の影響が出始め、真白の顔には微かな焦りが滲む。そんな真白のことを音羽が不安そうに見上げた。
「そんな顔しないでください」
まだ音羽に呪いについて詳しくは語っていない。
ただ呪われていることしか言っていないから、音羽は何が真白を蝕んでいるのかも分からず不安が募った。
「恩を感じるなら、もう少し扱いやすい姫様になってくれると助かるんですが」
音羽はぱちぱちと瞬きをした後、むっとしたように枝を握り直す。
そして乱暴に地面へ文字を書き殴った。
┈┈┈┈┈┈┈┈
むり
┈┈┈┈┈┈┈┈
その文字を見た瞬間、真白はとうとう堪え切れずに吹き出した。
「ははっ」
夜空に花火が咲く。
その光の下で笑う真白を見て、音羽もつられるように目を細めた。
声はなくても、今だけは確かに、二人で笑っている気がした。
悔しそうに唇を引き結ぶ姿が子供っぽくて、真白はまた喉を鳴らした。
「そんな顔しなくても、別に食べたりしませんよ」
音羽の真横に立つと、振り返って柵に背を預ける。
冗談めかした口調だが、その瞬間、喉の奥に鋭い熱が走った。
――大事にしたい。
浮かび上がった本音を、真白は無理矢理押し殺す。けれど、ほんの少し遅かった。
ぴり、と首筋が痛む。
黒い紋様が一瞬だけ浮かび、すぐに消えた。
「……っ」
僅かに眉を寄せた真白へ、音羽が気付いたように顔を上げる。
心配そうな目をする音羽に向かって、真白はすぐに笑った。
「何です、その顔」
何でもないと誤魔化すように、音羽の額を指先で軽く小突く。
「姫様は花火だけ見てれば良いんですよ」
どん、とまた夜空へ花が咲く。赤い光が二人を照らした。
音羽は少しだけ迷うように真白を見た後、ゆっくり空を見上げる。
その横顔を見つめながら、真白は小さく息を吐いた。
駄目だ。
近くにいるほど、抑えが利かなくなる。
閉じ込められていた姫君。
妖を惹き寄せる呪われた声。
面倒事の塊みたいな娘。
本来なら関わるべきではなかった。
それなのに、夜空を見上げて笑う姿を見ていると、どうしようもなく胸が騒ぐ。
――攫わなければ良かった。
そんな言葉とは裏腹に、真白の手はまだ音羽の手首を離せずにいた。
花火はなおも夜空へ咲き続ける。
その度に音羽の表情がころころ変わるものだから、真白は半ば呆れたように笑っていた。
「本当に分かりやすいですねえ」
音羽はむっと頬を膨らませて不満を露わにする。
だが、反論する代わりに、今度はそっと真白の袖を摘んだ。
「……?」
視線を向ければ、音羽が遠慮がちに地面を指差す。
足元には、細い枝。
真白は察したように「ああ」と声を漏らした。
「書きたいんですか」
段々と言葉無くして考えていることが分かってきた。訴えたいことが伝わった喜びに、微かに笑った音羽はこくりと頷く。
真白は苦笑しながらしゃがみ込んだ。
「どうぞ」
音羽は枝を拾い、少し迷ってから地面へ文字を刻み始める。
さらさら、と小さな音がした。
やがて浮かび上がった文字を見て、真白の目が僅かに細められる。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ありがとう
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
真白はしばらく黙ってその文字を見下ろしていた。花火の光が、白い髪へ淡く落ちる。
『ありがとう』
たったそれだけの言葉なのに、不思議なくらい胸の奥へ刺さった。
こんな風に真っ直ぐ感謝を向けられることなんて、今までなかったから。
真白はふっと視線を逸らすと、どう答えたらよいか分からず曖昧に笑う。
「……別に、成り行きですよ」
本当は違う。
貴方を助けたかった。
攫ってでも、外へ連れ出したかった。
そんな本音が喉元まで込み上げる。
けれどその瞬間、ずきり、と焼けるような痛みが待っていたように走った。
「っ……」
真白が僅かに顔を顰める。首筋へ黒い紋様が浮かびかけ、すぐに消えた。
何度目かによる呪の影響が出始め、真白の顔には微かな焦りが滲む。そんな真白のことを音羽が不安そうに見上げた。
「そんな顔しないでください」
まだ音羽に呪いについて詳しくは語っていない。
ただ呪われていることしか言っていないから、音羽は何が真白を蝕んでいるのかも分からず不安が募った。
「恩を感じるなら、もう少し扱いやすい姫様になってくれると助かるんですが」
音羽はぱちぱちと瞬きをした後、むっとしたように枝を握り直す。
そして乱暴に地面へ文字を書き殴った。
┈┈┈┈┈┈┈┈
むり
┈┈┈┈┈┈┈┈
その文字を見た瞬間、真白はとうとう堪え切れずに吹き出した。
「ははっ」
夜空に花火が咲く。
その光の下で笑う真白を見て、音羽もつられるように目を細めた。
声はなくても、今だけは確かに、二人で笑っている気がした。

