真白は小さく息を吐くと、そのまま歩き出した。露店の前に置いて行かれていた音羽も慌てて後を追う。
人混みを抜け、賑やかな通りを進む。
屋台から漂う甘い匂い。
遠くで鳴る祭囃子。
行き交う人々の笑い声。
世界はこんなにも騒がしくて、眩しいのだと音羽は初めて知った。
「おーいっ! 早くしないと始まっちまうぜー!」
「待ってよぉ。鼻緒が切れちゃうよ!」
音羽と同じ年頃の男女がすぐ傍を走り去っていく。彼らが向かった方向にあるのは、小さい山だ。
「祭り、ですね」
なるほど。辺りを見渡してみれば、何処もかしこも浴衣を着た人々でごった返している。
いつの間にか、祭りが開かれている街に迷い込んでいたようだった。
「行ってみましょうか?」
「??」
行くって何処へ?
そう声には出さず首を傾げると、真白は再び手を取る。
「よく見える場所にですよ」
あの二人組が走り去って行った道を辿ると、すぐに木々が生い茂る山道へと入る。
それからしばらく坂道を登るれば、突然開けた場所に出た。
祭り会場にいるよりも夜空が広く見え、空気も澄んでいて静かだ。あの二人組の他に、数組が空を見上げて楽しげに話している。
これから何が起こるのか、この場所で何が始まろうとしているのか、分からないのは音羽くらいだ。
「ほら、もっと前に行きましょう。貴方は小さいから見えないし」
「……?」
「あそこが良いですかね。はい、落ちないように気をつけて」
真白に連れられて人がいない場所に行くと、音羽は柵に手を着いた。
そして、ぱん、と乾いた音が夜空へ響く。
音羽がはっと顔を上げた。次の瞬間、夜空へ光が咲く。
赤。
青。
金。
大輪の花の如く広がって、ゆっくり夜へ溶けていった。
「……!」
音羽の目が大きく見開かれる。
花火だ。
次々と打ち上がる光が、夜空を鮮やかに染めていく。
ここは会場よりも空に近く花火がよく見えるようで、周囲からはどっと歓声が上がった。
音羽はしばらく呆然と空を見上げていたが、やがて堪えきれずに真白の袖を引く。
「はいはい、見えてますよ」
花火よりも真白の様子を伺おうと必死になる音羽に、花火を見ろと促す。
けれど、花火を見上げる音羽の横顔から、視線が離せなかった。
ぱっと咲く光が、その瞳へ映り込む。
嬉しそうに細められた目。
声は出ないのに、楽しそうなのが痛いほど伝わってくる。その顔を見るたび、胸の奥が妙に騒いだ。
(橘の娘なら、花火など幾らでも見られるだろうに)
こんな顔を見せられて、何とも思うなという方が無理だ。
自分の気持ちを誤魔化すために視線を空へと向け、真白も花火を見る。
だが、その時。
どん。
遠くで一際大きな花火が打ち上がった。
驚いた音羽の肩が跳ねる。同時に、ぐらりと身体が傾いた。
「っと」
真白は咄嗟にその肩を抱き寄せる。音羽の身体が、真白の胸元へぶつかった。
「……」
「……」
一瞬、時間が止まる。花火の音も人々の歓声も消える。
息が掛かるほどに、二人の顔は近づいた。ぱちりと瞬きをすれば、目の前に互いの瞳がある。
音羽は目を丸くしたまま固まっていた。
一方の真白も、思った以上に近い距離へ僅かに目を細める。
腕の中に収まる身体は驚くほど軽かった。
華奢で、柔らかくて。守らなければ簡単に壊れてしまいそうだった。
その瞬間、どくり、と胸が脈打つ。
真白は反射的に音羽から離れた。
「……危なっかしいですねえ」
いつもの軽い声音なのに、今は少しだけ掠れていた。
音羽は顔を真っ赤にしたまま、慌てて俯く。
その耳まで赤く染まっているのを見て、真白はとうとう耐え切れず吹き出した。
「人が少ない場所を選んで正解でしたね」
転びそうになるところを他の人に見られなくて良かった。
あくまでもそういう意味で言ったのだと付け加えて、真白は曖昧に笑った。
人混みを抜け、賑やかな通りを進む。
屋台から漂う甘い匂い。
遠くで鳴る祭囃子。
行き交う人々の笑い声。
世界はこんなにも騒がしくて、眩しいのだと音羽は初めて知った。
「おーいっ! 早くしないと始まっちまうぜー!」
「待ってよぉ。鼻緒が切れちゃうよ!」
音羽と同じ年頃の男女がすぐ傍を走り去っていく。彼らが向かった方向にあるのは、小さい山だ。
「祭り、ですね」
なるほど。辺りを見渡してみれば、何処もかしこも浴衣を着た人々でごった返している。
いつの間にか、祭りが開かれている街に迷い込んでいたようだった。
「行ってみましょうか?」
「??」
行くって何処へ?
そう声には出さず首を傾げると、真白は再び手を取る。
「よく見える場所にですよ」
あの二人組が走り去って行った道を辿ると、すぐに木々が生い茂る山道へと入る。
それからしばらく坂道を登るれば、突然開けた場所に出た。
祭り会場にいるよりも夜空が広く見え、空気も澄んでいて静かだ。あの二人組の他に、数組が空を見上げて楽しげに話している。
これから何が起こるのか、この場所で何が始まろうとしているのか、分からないのは音羽くらいだ。
「ほら、もっと前に行きましょう。貴方は小さいから見えないし」
「……?」
「あそこが良いですかね。はい、落ちないように気をつけて」
真白に連れられて人がいない場所に行くと、音羽は柵に手を着いた。
そして、ぱん、と乾いた音が夜空へ響く。
音羽がはっと顔を上げた。次の瞬間、夜空へ光が咲く。
赤。
青。
金。
大輪の花の如く広がって、ゆっくり夜へ溶けていった。
「……!」
音羽の目が大きく見開かれる。
花火だ。
次々と打ち上がる光が、夜空を鮮やかに染めていく。
ここは会場よりも空に近く花火がよく見えるようで、周囲からはどっと歓声が上がった。
音羽はしばらく呆然と空を見上げていたが、やがて堪えきれずに真白の袖を引く。
「はいはい、見えてますよ」
花火よりも真白の様子を伺おうと必死になる音羽に、花火を見ろと促す。
けれど、花火を見上げる音羽の横顔から、視線が離せなかった。
ぱっと咲く光が、その瞳へ映り込む。
嬉しそうに細められた目。
声は出ないのに、楽しそうなのが痛いほど伝わってくる。その顔を見るたび、胸の奥が妙に騒いだ。
(橘の娘なら、花火など幾らでも見られるだろうに)
こんな顔を見せられて、何とも思うなという方が無理だ。
自分の気持ちを誤魔化すために視線を空へと向け、真白も花火を見る。
だが、その時。
どん。
遠くで一際大きな花火が打ち上がった。
驚いた音羽の肩が跳ねる。同時に、ぐらりと身体が傾いた。
「っと」
真白は咄嗟にその肩を抱き寄せる。音羽の身体が、真白の胸元へぶつかった。
「……」
「……」
一瞬、時間が止まる。花火の音も人々の歓声も消える。
息が掛かるほどに、二人の顔は近づいた。ぱちりと瞬きをすれば、目の前に互いの瞳がある。
音羽は目を丸くしたまま固まっていた。
一方の真白も、思った以上に近い距離へ僅かに目を細める。
腕の中に収まる身体は驚くほど軽かった。
華奢で、柔らかくて。守らなければ簡単に壊れてしまいそうだった。
その瞬間、どくり、と胸が脈打つ。
真白は反射的に音羽から離れた。
「……危なっかしいですねえ」
いつもの軽い声音なのに、今は少しだけ掠れていた。
音羽は顔を真っ赤にしたまま、慌てて俯く。
その耳まで赤く染まっているのを見て、真白はとうとう耐え切れず吹き出した。
「人が少ない場所を選んで正解でしたね」
転びそうになるところを他の人に見られなくて良かった。
あくまでもそういう意味で言ったのだと付け加えて、真白は曖昧に笑った。

