じっくりとそんな景色を見て、音羽は小さく息を吐く。
それから少しして、そっと枝を持ち直すと、再び地面へ文字を書き始めた。
さらさらと迷いのない文字が地面に刻まれる。
真白は何気なく視線を落とし、少しだけ目を瞬いた。
┈┈┈┈┈┈┈┈
たのしい
┈┈┈┈┈┈┈┈
音羽の足元に刻まれたのは、あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
「……」
音羽は照れ臭そうに視線を逸らす。けれど、その横顔は隠しきれないほど嬉しそうで、真白は思わず吹き出した。
「姫様」
くつくつと喉を鳴らしながら、真白は面白そうに音羽を見下ろす。
少し屋台を歩いただけ。
飴細工を買っただけ。
それだけで目を輝かせているのだから、揶揄いたくもなる。
「貴方、案外ちょろいですねえ」
意思に反して、口から飛び出すのは意地悪な言葉ばかり。真白の言葉を真に受けた音羽が、む、と睨み付けた。
すぐさま枝を動かし、地面へ乱暴に文字を書く。
┈┈┈┈┈┈┈┈
ちがう
┈┈┈┈┈┈┈┈
「はいはい」
真白は笑ったまま、視線を逸らして適当に流す。
その態度が余計に気に入らなかったのか、音羽は頬を膨らませた。そんな子供みたいな反応すら、真白には妙に新鮮だった。
橘家で見た音羽は、もっと静かで、壊れ物のような娘だったから。
こうして感情を表へ出す姿など、想像もしていなかった。
「……」
「何です?」
ある一点を見つめた音羽が真白の着物の裾を引いた。つられて視線を向ければ、そこには池がある。
広場の中央にある池の周りからは、賑やかな笑い声が響いた。
五、六歳ほどの子供達が池の中で泳いでいる鯉を眺めたり、水面に指先を付けたりして遊んでいる。
何気ない日常の一部分であるその光景は、音羽にとって願っても手に入れられなかったものだった。
子供達を見る音羽の目に一抹の悲しみが滲む。羨ましいという想いと、もう手にできないという悲しみ。
時に、子供の一人が転びそうになり、慌てて母親らしき女性が抱き留めた。
叱るような声が広場中に響く。それでも子供はけらけらと笑っていた。
「───……」
その光景をじっと見つめる音羽の口元が、その時ほんの僅か開いた。
何と言ったのか声にはならないが───。
『いいな』
そう呟いたように思えた。真白は横目でそんな様子を眺める。
橘家で閉じ込められて育った音羽には、きっと縁のない景色だった。
「姫様」
静かな声が聞こえて、音羽ははっと振り返る。
穏やかな真白の瞳が細められ、少しの間が空く。
真白は頬杖をつきながら、何でもないことのように口を開いた。
「まだ夜は長いですし」
チリン、と鈴が鳴る。
「もう少し攫われてみます?」
何処に潜ませているのか分からない鈴の音が、真白が身動きする度に聞こえる。
音羽は何を言われたのか理解できず、ぽかんと口を開けて固まった。
それから、ほんの少し迷うように視線を彷徨わせた後、こくりと頷いた。
その反応を見た瞬間、真白は堪え切れずに笑う。
「ははっ、本当に警戒心ないですねえ」
真白は立ち上がると、当たり前に音羽へ手を差し出した。
音羽は少しだけその手を見つめる。
鈴を鳴らし、妖を祓い、自分を連れ出した手。ゆっくりと、恐る恐る音羽はその手へ自分の指先を重ねた。
その瞬間、真白の指が僅かにぴくりと動いた。
それから少しして、そっと枝を持ち直すと、再び地面へ文字を書き始めた。
さらさらと迷いのない文字が地面に刻まれる。
真白は何気なく視線を落とし、少しだけ目を瞬いた。
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たのしい
┈┈┈┈┈┈┈┈
音羽の足元に刻まれたのは、あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
「……」
音羽は照れ臭そうに視線を逸らす。けれど、その横顔は隠しきれないほど嬉しそうで、真白は思わず吹き出した。
「姫様」
くつくつと喉を鳴らしながら、真白は面白そうに音羽を見下ろす。
少し屋台を歩いただけ。
飴細工を買っただけ。
それだけで目を輝かせているのだから、揶揄いたくもなる。
「貴方、案外ちょろいですねえ」
意思に反して、口から飛び出すのは意地悪な言葉ばかり。真白の言葉を真に受けた音羽が、む、と睨み付けた。
すぐさま枝を動かし、地面へ乱暴に文字を書く。
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ちがう
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「はいはい」
真白は笑ったまま、視線を逸らして適当に流す。
その態度が余計に気に入らなかったのか、音羽は頬を膨らませた。そんな子供みたいな反応すら、真白には妙に新鮮だった。
橘家で見た音羽は、もっと静かで、壊れ物のような娘だったから。
こうして感情を表へ出す姿など、想像もしていなかった。
「……」
「何です?」
ある一点を見つめた音羽が真白の着物の裾を引いた。つられて視線を向ければ、そこには池がある。
広場の中央にある池の周りからは、賑やかな笑い声が響いた。
五、六歳ほどの子供達が池の中で泳いでいる鯉を眺めたり、水面に指先を付けたりして遊んでいる。
何気ない日常の一部分であるその光景は、音羽にとって願っても手に入れられなかったものだった。
子供達を見る音羽の目に一抹の悲しみが滲む。羨ましいという想いと、もう手にできないという悲しみ。
時に、子供の一人が転びそうになり、慌てて母親らしき女性が抱き留めた。
叱るような声が広場中に響く。それでも子供はけらけらと笑っていた。
「───……」
その光景をじっと見つめる音羽の口元が、その時ほんの僅か開いた。
何と言ったのか声にはならないが───。
『いいな』
そう呟いたように思えた。真白は横目でそんな様子を眺める。
橘家で閉じ込められて育った音羽には、きっと縁のない景色だった。
「姫様」
静かな声が聞こえて、音羽ははっと振り返る。
穏やかな真白の瞳が細められ、少しの間が空く。
真白は頬杖をつきながら、何でもないことのように口を開いた。
「まだ夜は長いですし」
チリン、と鈴が鳴る。
「もう少し攫われてみます?」
何処に潜ませているのか分からない鈴の音が、真白が身動きする度に聞こえる。
音羽は何を言われたのか理解できず、ぽかんと口を開けて固まった。
それから、ほんの少し迷うように視線を彷徨わせた後、こくりと頷いた。
その反応を見た瞬間、真白は堪え切れずに笑う。
「ははっ、本当に警戒心ないですねえ」
真白は立ち上がると、当たり前に音羽へ手を差し出した。
音羽は少しだけその手を見つめる。
鈴を鳴らし、妖を祓い、自分を連れ出した手。ゆっくりと、恐る恐る音羽はその手へ自分の指先を重ねた。
その瞬間、真白の指が僅かにぴくりと動いた。

