久我家から抜け出すことに成功した音羽と真白は、見知らぬ街へと来ていた。
宵闇にはっきりと月が浮かんでいる夜。けれど、橘家の屋敷で見ていた静かな夜とは全く違う。
通りには沢山の人が行き交い、店先には明かりが灯り、賑やかな笑い声があちこちから響いている。
焼き菓子の甘い匂い。
香ばしい肉の匂い。
風に混じって流れてくる知らない音や声に、音羽は思わず目を丸くした。
「……!」
声に感情を出すことはできないが、辺りを見渡す音羽の目は夜でもはっきりと輝いて見えた。
隣を歩いていた真白が、くつくつと喉を鳴らす。
「姫様、そんなにきょろきょろしてると迷子になりますよ」
揶揄うような声音を発しながらも、真白はしっかりと音羽の手首を掴んだままだった。
人混みではぐれないように、今にも飛び出さんばかりの音羽を留めるために強く。
手首を握る真白の手に力が込められ、音羽ははっとしたように真白を見た。それから、そろそろと周囲へ視線を戻す。
見るもの全部が初めてだった。
鮮やかな硝子玉。
屋台に並ぶ菓子。
笑いながら歩く子供達。
橘家の屋敷で閉じ込められていた音羽にとって、外の世界はあまりにも眩しかった。
「……」
やっぱり真白は嘘つきだ。
何が外の世界に出ても碌でもないものしか待っていないだ。こんな景色を見て、喜ばずにはいられないだろう。
幼子のようにあたりを見渡していた音羽は、ふと足を止めた。
真白もつられて立ち止まり、音羽の視線を追いかけて辺りを見渡す。
迷いなく音羽が真っ直ぐな視線を向ける先では、屋台の軒先で飴細工がきらきらと光っていた。
兎。
花。
鳥。
透き通る飴が灯りを反射して、宝石のように輝いている。
音羽は完全に見入っていた。
真白はその横顔を見て、小さく目を瞬く。それから、手首を離して手を握ると、無邪気な音羽の横顔に問い掛けた。
「欲しいんですか?」
図星だったのか、音羽の肩がびくりと跳ねた。
慌てて視線を逸らそうとして、でももう一度飴細工を見てしまう。
そんな分かりやすすぎる反応に、真白はとうとう吹き出した。
「ふはっ」
肩を震わせながら笑う姿が珍しく、音羽は思わずその笑顔を見上げた。
「姫様、思ったより俗っぽいですねえ」
初めて見る笑顔にほんの少しときめいた心を返してほしい。
勝手に笑われた上に馬鹿にされ、む、と音羽は睨む。
けれど、真白は全く気にした様子もなく、飴細工の店へと手を引いて歩き出した。
「一つ下さい」
中年の男店主へ金を渡し、差し出された飴細工を音羽へ向ける。
「ほら」
おずおずと手を伸ばして飴細工を受け取ると、音羽は宝石を見る子供のように目を瞬かせた。
硝子のように透き通った、小さな桜の飴。
本当に貰えるとは思っていなかった。その横顔が子供みたく嬉しそうで、真白は不意に目を細める。
「……そんな顔もするんですねえ」
ぽつりと零れた声に、音羽が顔を上げた。
真白はいつもの胡散臭い笑みを浮かべている。なのに何故か、その目だけは優しかった。

