真白が呪は解けないと無慈悲に言い放った後、音羽が縋り付くような目を向けてきたのを覚えていた。
『うそつきはどっち』
分かりきっていることを改めて問うのは、本人の中で揺らぎがあるから。
その揺らぎをふるいにかけてより強め、何もかもを暴いて逃げ出すのが真白の企みだった。
「死人に罪を押し付けて娘を閉じ込めるとは、随分と趣味が悪い」
「……黙れ」
「だってそうでしょう」
何が違うのかと、真白は不思議でならない。
「声を失った母親と同じように声を失った娘」
チリン。
「偶然にしては出来すぎてる」
ただ遺伝によって声が出せないのなら、あの首に刻まれたものは何と説明する。
見るつもりはなかったと言えば良いのだろうが、真白には包帯の下に隠されたあれを見抜くなど容易いことだった。
華奢な体を蝕むように広がる彼岸花。あんなにも禍々しいものをあの少女が抱えているなど、考えるだけで虫唾が走る。
「でも、妙なんですよねえ」
指先で縁談記事を摘み、ひらひらと靡かせる。
「本当に奥方が姫様を呪ったなら、貴方はもっと奥方を憎むはずだ」
窓の外から月明かりが差し込む。その光は、真白の冷え切った表情を妖しく照らした。
「なのに貴方、今でも忘れられていない顔をしている」
夜鷹は何も答えず、ただ、室内を満たしていた妖気だけが不安定に揺れている。
図星だった、と認めるように。
真白はそんな夜鷹を眺めながら、ふっと笑みを薄くする。
「……まあ、いいです」
ひらり、と記事を畳むと、傍らに置いて窓の外に視線を投げた。
空に浮かぶ雲に隠れた月を睨め付け、小さく息を吐く。
「貴方と奥方の痴話喧嘩に興味はない」
二人が何処で出会い、何があって音羽を授かったのかなどどうでもいい。
「問題は、その尻拭いを姫様に押し付けてることだ」
チリン。
鈴が鳴る。
「姫様は何も知らない」
外の世界も。
母親のことも。
自分の呪いの意味すら。
「知らないまま、あの部屋で朽ちていく」
真白はゆっくり立ち上がり、舞い散った紙を踏み越えながら、夜鷹の前まで歩み寄った。
ずいっと顔を近づけ、奥底にある知られたくないであろう秘密を見透かそうとした。
「だから俺が攫うんですよ」
真白は夜鷹の目を真っ直ぐ見据えたまま、静かに言い切った。
軽薄な笑みは浮かべているくせに、その言葉だけは妙に鋭い。
「貴方みたいになる前に」
淡々と並べられた言葉は、責め立てるというより事実を確認するようだった。
「愛した女を閉じ込めて、娘まで閉じ込めて」
夜鷹の喉奥から、低く掠れた声が漏れる。怒りなのか、動揺なのか、それとも別の感情なのか。
握り締められた拳から、じわりと黒い妖気が滲み出ていた。
その容器を横目で見ながらも、煽る態度を崩さない。
「次は何を失うつもりです?」
「……貴様」
夜鷹の声音には、押し殺しきれない感情が滲んでいた。
けれど、真白は気にした様子もなく、ひらひらと片手を振る。
「安心してください」
チリン。
「姫様は俺が連れて行く」
鈴の音が静かに響く。
「もう二度と、“橘の檻”には戻らないように」
その言葉を最後に、真白は踵を返した。
ばさり、と白い髪が揺れる。
障子へ手を掛けながら、真白は振り返りもせずに言った。
「……見合い、急いだ方がいいですよ」
「何」
「久我の坊ちゃん、姫様を随分気に入ったみたいなので」
ぴたり、と、夜鷹の妖気が止まる。
真白はそれを感じ取りながら、楽しげに口角を吊り上げた。
「下手すると、近い内に“嫁入り”の話になりますよ」
そして、最後に一度だけ真白は肩越しに夜鷹を見た。
「――今度こそ、手遅れになる前に決めてください」
静かに障子が閉まる。
残された部屋の中で、夜鷹だけが、長い沈黙の中に立ち尽くしていた。
『うそつきはどっち』
分かりきっていることを改めて問うのは、本人の中で揺らぎがあるから。
その揺らぎをふるいにかけてより強め、何もかもを暴いて逃げ出すのが真白の企みだった。
「死人に罪を押し付けて娘を閉じ込めるとは、随分と趣味が悪い」
「……黙れ」
「だってそうでしょう」
何が違うのかと、真白は不思議でならない。
「声を失った母親と同じように声を失った娘」
チリン。
「偶然にしては出来すぎてる」
ただ遺伝によって声が出せないのなら、あの首に刻まれたものは何と説明する。
見るつもりはなかったと言えば良いのだろうが、真白には包帯の下に隠されたあれを見抜くなど容易いことだった。
華奢な体を蝕むように広がる彼岸花。あんなにも禍々しいものをあの少女が抱えているなど、考えるだけで虫唾が走る。
「でも、妙なんですよねえ」
指先で縁談記事を摘み、ひらひらと靡かせる。
「本当に奥方が姫様を呪ったなら、貴方はもっと奥方を憎むはずだ」
窓の外から月明かりが差し込む。その光は、真白の冷え切った表情を妖しく照らした。
「なのに貴方、今でも忘れられていない顔をしている」
夜鷹は何も答えず、ただ、室内を満たしていた妖気だけが不安定に揺れている。
図星だった、と認めるように。
真白はそんな夜鷹を眺めながら、ふっと笑みを薄くする。
「……まあ、いいです」
ひらり、と記事を畳むと、傍らに置いて窓の外に視線を投げた。
空に浮かぶ雲に隠れた月を睨め付け、小さく息を吐く。
「貴方と奥方の痴話喧嘩に興味はない」
二人が何処で出会い、何があって音羽を授かったのかなどどうでもいい。
「問題は、その尻拭いを姫様に押し付けてることだ」
チリン。
鈴が鳴る。
「姫様は何も知らない」
外の世界も。
母親のことも。
自分の呪いの意味すら。
「知らないまま、あの部屋で朽ちていく」
真白はゆっくり立ち上がり、舞い散った紙を踏み越えながら、夜鷹の前まで歩み寄った。
ずいっと顔を近づけ、奥底にある知られたくないであろう秘密を見透かそうとした。
「だから俺が攫うんですよ」
真白は夜鷹の目を真っ直ぐ見据えたまま、静かに言い切った。
軽薄な笑みは浮かべているくせに、その言葉だけは妙に鋭い。
「貴方みたいになる前に」
淡々と並べられた言葉は、責め立てるというより事実を確認するようだった。
「愛した女を閉じ込めて、娘まで閉じ込めて」
夜鷹の喉奥から、低く掠れた声が漏れる。怒りなのか、動揺なのか、それとも別の感情なのか。
握り締められた拳から、じわりと黒い妖気が滲み出ていた。
その容器を横目で見ながらも、煽る態度を崩さない。
「次は何を失うつもりです?」
「……貴様」
夜鷹の声音には、押し殺しきれない感情が滲んでいた。
けれど、真白は気にした様子もなく、ひらひらと片手を振る。
「安心してください」
チリン。
「姫様は俺が連れて行く」
鈴の音が静かに響く。
「もう二度と、“橘の檻”には戻らないように」
その言葉を最後に、真白は踵を返した。
ばさり、と白い髪が揺れる。
障子へ手を掛けながら、真白は振り返りもせずに言った。
「……見合い、急いだ方がいいですよ」
「何」
「久我の坊ちゃん、姫様を随分気に入ったみたいなので」
ぴたり、と、夜鷹の妖気が止まる。
真白はそれを感じ取りながら、楽しげに口角を吊り上げた。
「下手すると、近い内に“嫁入り”の話になりますよ」
そして、最後に一度だけ真白は肩越しに夜鷹を見た。
「――今度こそ、手遅れになる前に決めてください」
静かに障子が閉まる。
残された部屋の中で、夜鷹だけが、長い沈黙の中に立ち尽くしていた。

