嘘言〜声を失った姫と嘘つき陰陽師の邂逅〜


「……何が言いたい」

 夜鷹の低く掠れた声と共に、身体中妖気が滲み出ている。
 怒りに呼応するように、床へ落ちた影がゆらゆらと蠢いていた。
 それでも真白は怯まない。
 むしろ、ようやく本題に入れると言わんばかりに目を細める。

「別に? ただ、気になっただけですよ」

 薄ら笑いを浮かべながら、ひらり、と記事を揺らした。
 黄ばんだ紙には、掠れた文字が並んでいる。
 ──声を失った姫。
 ──緋彩。
 ──橘へ嫁入り。
 今となっては都の誰も覚えていないような、古い古い記事。

「姫様だけじゃなかったんだなあって」

 ぽつり、と零された言葉に、夜鷹の眉がぴくりと動く。

「母親も声を失っていた。娘も声を失った」

 チリン。

「しかも、どっちも貴方の傍に来てから」

 鈴の音が、やけに静かに響いた。
 夜鷹は何も言わない。否、言えないのだ。
 真白は、その沈黙すら答え合わせのように笑う。

「いやあ、俺としては“母親の祟り”って線を疑ってたんですがね」

 その瞬間、夜鷹の妖気が僅かに揺らいだ。

「おや、違うんですか?」

 くつくつと喉を鳴らしながら、わざとらしく首を傾げる。
 細められた瞳がまるで狐のように見え、夜鷹の背筋がひやりと冷えた。

「姫様を呪ってるのは、死んだ奥方じゃない?」

 びり、と、障子が大きく震えた。
 夜鷹の表情が歪む。
 その顔を見た瞬間、真白の笑みがふっと薄くなった。

「……成程」

 そこでようやく、真白は、夜鷹という男の“後悔”の深さを理解する。
 あれは憎悪ではない。
 祟りでもない。
 もっと別の――。

「貴方、まだ奥方に縋ってるんですね」

 静かに落とされたその一言に、夜鷹は初めて言葉を失った。
 真白は頬杖をついたまま、じっと夜鷹を見上げる。その瞳は笑っているのに、妙に鋭かった。

「……まあ、十中八九」

 チリン、と鈴が鳴る。

「姫様には、“母親の祟りで声を失った”ってことにしてるんでしょうけど」

 娘と産むと同時に死んだとなれば、皮肉にも娘が母親を殺したと言える。
 被害者は子供の方だとよく言ったものだが、大元を辿れば、妖に見初められた母親の方が被害者だった。
 橘緋彩。
 音羽は顔も声も知らない生みの母親は、死して尚も呪を残していたのだ。

「あ、図星ですか」

 側近の陰陽師として雇われてから、音羽の母親が屋敷の中で見当たらないことに、真白自身薄々感じるものはあった。
 そして何より、音羽の首を覆う厚い包帯。その下を直接見たことはないが、何が隠されているのかくらい想像できる。