嘘言〜声を失った姫と嘘つき陰陽師の邂逅〜

 娘を物のように語られたことへの怒りか。
 それとも、真白の言葉に別の何かを感じ取ったのか。
 真白は何も答えず、ただ、鈴を指先で転がしながら愉快そうに目を細めている。
 チリン。
 小さな音が鳴る度に、室内の空気が微かに揺れた。

「駄目ですか?」

 真白はわざとらしく目を瞬かせた。
 まるで今、とても意外な言葉を聞いたとでも言いたげな顔。
 そのくせ、瞳の奥では愉快そうな色が揺れている。

「久我へ渡すくらいなら、俺が貰った方が有意義でしょうに」
「貴様に、音羽をどうこうする権利はない」
「おや」

 チリン、と鈴が鳴る。
 真白は薄く笑みを浮かべたまま、夜鷹を見上げていた。
 その視線は軽薄そうに見えて、妙に鋭い。まるで、相手の本心を暴こうとする色が滲んでいた。

「閉じ込めておきながら、随分と父親らしいことを言う」

 夜鷹の眉がぴくりと動いた。けれど、反論は返ってこない。
 真白はそんな夜鷹を眺めながら、鈴を握り込む。

「まあ安心してくださいよ」

 ゆるりと細められた瞳が、夜鷹を映した。
 軽薄な笑みはそのままなのに、その声音だけは不思議と静かだった。
 巫山戯ているようで、冗談には聞こえない。
 だからこそ夜鷹も、何も返せずに真白を睨み続けることしかできない。

「別に姫様を不幸にしたいわけじゃない」

 そこで真白は少しだけ笑みを深めた。
 ただ、脳裏には、あの閉ざされた部屋で筆を握っていた少女の姿が浮かぶ。
 “でたい”
 たった四文字を書くだけで、あんなにも必死だった少女がいる。そして、その少女は攫われてでも、名を捨ててでも外に出ることを望んでいる。

(見てみたいじゃないか。何も知らない一人の少女が、外に出て目を輝かせる様を)

 その言葉は決して口にすることはできなかった。口にすれば、呪が発動して死ぬ。
 実際、今まで嘘ばかりを吐き続けてきたことで、呪によって死ぬのかどうか確認はできていない。試しに思ったことを言ってやろうかとも思ったが、本当に死んでしまえば計画が台無しになってしまう。
 今はなんとしてでも、音羽を屋敷から連れ出さねばならないのだ。

「私が雇ったとしても、貴様は部外者に変わりない」
「まあ、そうですけど。雇われの身として、姫様が望むことをするまでです」

 飄々とした態度は変わらない。
 掴みどころのない笑みもそのまま。
 それなのに、その一言だけは妙に本音じみて聞こえる。
 夜鷹はじっと真白を見据えていた。やがて、低く息を吐くとぽつりと呟いた。

「……あれは、弱い。外へ出れば、すぐに壊れる」
「でしょうね」

 真白は否定すること無く、あっさり頷いた。
 音羽が脆く、危ういことなど最初から分かっているのだ。

「だから俺が攫うんですよ」

 当たり前のように言ってのける。その声音には、不思議なほど迷いがなかった。
 軽薄で、掴みどころがなくて、嘘ばかり吐く男のくせに。
 今だけは、妙に本気じみて聞こえる。
 最も、死ぬ気配がない辺り、真実かどうかは分からない。ただ、夜鷹に呪のことを打ち明けていないから、彼は真白の言葉を信じる他無かった。

「壊れる前に」

 チリン、と鈴の音が静かに消えていく。
 その余韻だけが残る部屋の中で、夜鷹はじっと真白を見据えていた。