「閉じ込めた?」
夜鷹の纏う空気が一気に冷え込む。
殺気にも似た圧が室内を満たした。
普通の人間なら息を呑み、言葉を失っていただろう。
けれど真白は、まるで春風でも浴びているように気楽な顔で笑っている。
「傷付けて、脅して、世界から隠して。随分と歪な守り方ですね」
「黙れ」
「おや怖い」
まるで堪えていない声音で笑いながら、真白は頬杖をつく。
「でもまあ、安心してください」
細められた白い瞳が、ゆるりと夜鷹を見上げた。
「姫様は俺が攫いますので」
その瞬間、夜鷹の視線が鋭く真白を射抜いた。
大きく踏み出した夜鷹は、今にも掴みかからん勢いで真白の顔に自身の顔を近づける。
「……何のつもりだ」
怒鳴っているわけではない。感情を荒げてもいない。それなのに、空気が軋む。
真白はそんな夜鷹を前にしても、まるで脅威を感じていないように肩を竦めて見せた。
「そのままの意味ですよ」
机の上に散らばる紙を一枚摘み上げ、ひらひらと揺らす。
開け放たれた窓から飛んでいってしまうのではと不安になるほど揺れる紙は、全て夜鷹にとって都合の悪いもの。
本来であれば、真白のような部外者が持っているはずのない情報だった。
「久我へ嫁がせれば、姫様は遅かれ早かれ壊れる」
良く言えば純粋無垢。
悪く言えば世間知らず。
そんな音羽が初めて見る外の世界が久我の家であり、趣味の悪いことばかりを繰り返す一家だと知ればどうなるかなど、想像するだけで腸が煮えくり返りそうになる。
真白が浮かべる微笑みの裏に怒りがどれほどのものか、決して夜鷹には気づけなかった。
「まあ、今のまま橘に置いていても大差ありませんが」
「……貴様」
夜鷹の眉間に深い皺が刻まれる。真白の軽薄な態度が癇に障るのだろう。
だが真白は意に介した様子もなく、頬杖をついたまま窓の外へ視線を向けた。
「姫様、外を知らないんですよ」
ぽつり、と落とされた声は妙に静かだった。
「空がどれだけ広いかも。夜の町がどれだけ騒がしいかも。祭りの匂いも、雨上がりの土の匂いも知らない」
真白はそこで一度言葉を切る。
脳裏に浮かぶのは、閉ざされた部屋の中で筆を握っていた少女の姿。
“でたい”
歳の割に拙く幼い文字は、ただ外に出たいと願っていた。
あれほど小さな願いを、どうしてあそこまで必死に押し殺さなければならなかったのか。
「……あんなもの、飼い殺しでしょう」
夜鷹は何も答えない。答えられないのか、答える気がないのか。
沈黙だけが落ち、やがて真白は、ふっと笑った。
「安心してください。別に恨んじゃいませんよ」
白い髪を揺らしながら、ゆるりと立ち上がる。
その声音は皮肉めいているのに、不思議と完全な嘲笑には聞こえなかった。
真白なりに理解はしているのだ。
橘夜鷹という男が、最初から娘を憎んでいたわけではないことを。
「貴方なりに、守ろうとしていたんでしょうし」
その言葉に、夜鷹の指先がぴくりと動いた。
夜鷹の声は低く掠れていて、問い掛けというより確かめるような響きがある。
何故、そこまで音羽へ執着するのか。
何故、わざわざ厄介事へ首を突っ込むのか。
まるで理解できないと言いたげな視線を受けながら、真白は楽しげに口角を上げた。
「……だったら何故」
「気に入ったからですよ」
後ろで組んだ手の中で、いつの日か音羽に贈ったものと同じ鈴を弄ぶ。
部屋の中に、チリン、チリンという鈴の音が妖しく響いていた。
「姫様、面白いじゃないですか」
悪戯を企む子供のような笑みが零れ、真白は口元に手を当てる。
「だから、欲しくなった」
その瞬間、夜鷹の瞳が僅かに揺れた。
夜鷹の纏う空気が一気に冷え込む。
殺気にも似た圧が室内を満たした。
普通の人間なら息を呑み、言葉を失っていただろう。
けれど真白は、まるで春風でも浴びているように気楽な顔で笑っている。
「傷付けて、脅して、世界から隠して。随分と歪な守り方ですね」
「黙れ」
「おや怖い」
まるで堪えていない声音で笑いながら、真白は頬杖をつく。
「でもまあ、安心してください」
細められた白い瞳が、ゆるりと夜鷹を見上げた。
「姫様は俺が攫いますので」
その瞬間、夜鷹の視線が鋭く真白を射抜いた。
大きく踏み出した夜鷹は、今にも掴みかからん勢いで真白の顔に自身の顔を近づける。
「……何のつもりだ」
怒鳴っているわけではない。感情を荒げてもいない。それなのに、空気が軋む。
真白はそんな夜鷹を前にしても、まるで脅威を感じていないように肩を竦めて見せた。
「そのままの意味ですよ」
机の上に散らばる紙を一枚摘み上げ、ひらひらと揺らす。
開け放たれた窓から飛んでいってしまうのではと不安になるほど揺れる紙は、全て夜鷹にとって都合の悪いもの。
本来であれば、真白のような部外者が持っているはずのない情報だった。
「久我へ嫁がせれば、姫様は遅かれ早かれ壊れる」
良く言えば純粋無垢。
悪く言えば世間知らず。
そんな音羽が初めて見る外の世界が久我の家であり、趣味の悪いことばかりを繰り返す一家だと知ればどうなるかなど、想像するだけで腸が煮えくり返りそうになる。
真白が浮かべる微笑みの裏に怒りがどれほどのものか、決して夜鷹には気づけなかった。
「まあ、今のまま橘に置いていても大差ありませんが」
「……貴様」
夜鷹の眉間に深い皺が刻まれる。真白の軽薄な態度が癇に障るのだろう。
だが真白は意に介した様子もなく、頬杖をついたまま窓の外へ視線を向けた。
「姫様、外を知らないんですよ」
ぽつり、と落とされた声は妙に静かだった。
「空がどれだけ広いかも。夜の町がどれだけ騒がしいかも。祭りの匂いも、雨上がりの土の匂いも知らない」
真白はそこで一度言葉を切る。
脳裏に浮かぶのは、閉ざされた部屋の中で筆を握っていた少女の姿。
“でたい”
歳の割に拙く幼い文字は、ただ外に出たいと願っていた。
あれほど小さな願いを、どうしてあそこまで必死に押し殺さなければならなかったのか。
「……あんなもの、飼い殺しでしょう」
夜鷹は何も答えない。答えられないのか、答える気がないのか。
沈黙だけが落ち、やがて真白は、ふっと笑った。
「安心してください。別に恨んじゃいませんよ」
白い髪を揺らしながら、ゆるりと立ち上がる。
その声音は皮肉めいているのに、不思議と完全な嘲笑には聞こえなかった。
真白なりに理解はしているのだ。
橘夜鷹という男が、最初から娘を憎んでいたわけではないことを。
「貴方なりに、守ろうとしていたんでしょうし」
その言葉に、夜鷹の指先がぴくりと動いた。
夜鷹の声は低く掠れていて、問い掛けというより確かめるような響きがある。
何故、そこまで音羽へ執着するのか。
何故、わざわざ厄介事へ首を突っ込むのか。
まるで理解できないと言いたげな視線を受けながら、真白は楽しげに口角を上げた。
「……だったら何故」
「気に入ったからですよ」
後ろで組んだ手の中で、いつの日か音羽に贈ったものと同じ鈴を弄ぶ。
部屋の中に、チリン、チリンという鈴の音が妖しく響いていた。
「姫様、面白いじゃないですか」
悪戯を企む子供のような笑みが零れ、真白は口元に手を当てる。
「だから、欲しくなった」
その瞬間、夜鷹の瞳が僅かに揺れた。

