嘘言〜声を失った姫と嘘つき陰陽師の邂逅〜

 ――その瞬間。
 カチリ、と、何かが弾けるような小さな音がした。

「……?」

 悠真の眉が僅かに動く。
 次の瞬間、音羽の袖口から淡い白銀の光が溢れた。
 バチッ、と火花にも似た霊気が弾け、悠真の指先を強く打つ。

「っ!」

 悠真が反射的に手を引いた。
 それと同時に音羽も身を退ける。呼吸が荒くなるほどに、心臓が激しく暴れた。
 空気が一瞬だけ震え、室内に張り詰めた霊力が霧散していく。
 女中達がざわめき、部屋の中には混乱が渦巻いた。

「な……」

 悠真は驚いたように自らの指先を見る。その白い皮膚には、赤い痕が薄く残っていた。
 その後を見るなり、悠真の顔色は青白く変わっていく。
 音羽自身も何が起きたのか分からず、目を見開いた。
 が、何が起きたのか理解するよりも先に、袖の奥で、ころり、と小さな感触が揺れた。

「…………!」

 はっと息を呑み、慌てて袖を押さえる。そこにある物を悠真から隠すように。
 脳裏に浮かんだのは、一週間前の夜こと。
 誰もいない庭先で、白い髪を夜風に揺らしながら、真白が呆れたように笑っていた。

『姫様は不用心すぎますから』

 そう言って差し出されたのは、小さな鈴。白い花を模した銀細工の根付だった。

『護身用です』

 さらりと告げた真白に、音羽は首を傾げた。
 すると、真白は肩を竦めながら持っていた和紙に筆を走らせる。

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

  触られたくなければ握ってください

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 その時は、何のことか分からなかった。
 けれど今、袖の奥に隠していた根付は、まだ微かに熱を持っている。

「……陰陽術、ですか」

 悠真は低く呟き、昏い瞳を細めて音羽を睨んだ。だが、その瞳には微かな興味が滲んでいる
 まるで、面白い玩具を見つけた子供のようだ。

「僕も陰陽術を幾つか心得ているんですよ。なので分かるのですが……」

 袖の中で握り締めていた音羽の手を乱暴に掴み、自身へと引き寄せる。
 その反動で開いた手の中から値付けを奪い取ると、見せつけるように音羽の眼前に掲げた。

「これは貴方の物ではない。掛けられた陰陽術もだ。随分と荒れた術ですが、何処の無能な陰陽師なのでしょうねぇ」
「!!」

 返せと声に出せず、手を伸ばして奪い返そうとする。
 けれど、どれだけ病弱な身体をしていようと相手は男。音羽が叶うはずもない。
 高々に掲げられた根付は、悠真の手の中でパキンと音を立てて割れてしまった。
 その瞬間、音羽の全身から血の気が引いていく。どうして根付き如きに必死になっているのか、自分でも分からなかった。
 ただ、持っているだけで安心できた。真白がくれたものだから大事にしようと思った。それだけ。

「少し、おいたが過ぎましたか……まあでも、こんな塵と変わらない根付なんていらないでしょう?」

 声を出せないから否定することも肯定することもできない。悠真は不敵な笑みでそう訴えてくる。
 手首を掴まれたまま、音羽は今にも泣き出しそうになるのを必死に堪えることしかできなかった。