静かにそう言った父は、音羽へ徐ろに手を伸ばすと、乱雑に巻かれた首元の包帯に触れた。
この包帯は怪我を隠しているわけではない。その下にある呪を隠すために巻かれたもの。
最も、巻くようになったのは最近になってから。
「呪の侵食が進んでいるだろう」
「……っ」
しゅるりと包帯を解けば、その下に隠れていた呪が顔を出す。
鎖骨辺りから、首全体を覆い隠す彼岸花の茎のような痣がある。それはまるで、咲きかけの彼岸花。
細い茎が喉元へ絡みつくように伸び、花弁だけが不気味なほど鮮やかに刻まれている。
――まるで、声を奪うために咲いた花。
「以前までこんな痣はなかった。だが、明らかに広がってきている。お前も気づいているだろう」
自身の首に手を添えながら、音羽は静かに頷く。
毎朝、鏡の前で身支度を整えるのだから気づかないはずがない。
「いつまであいつは私達に固執するのやら……呪いが解ける日は来るのか」
小さく小さく呟きながら、父は包帯を首に巻き直す。
朝に音羽が自分で巻いた時よりもきつく巻くと、色のない目を一瞬だけ音羽に向けた。
瞳の奥深くにある何かを見透かそうとする父の目が、深く音羽の目に焼き付いた。
「今日も外には出ぬように。庭にもな」
吐き捨てるように言い残し、逃げるように部屋を出ていく。
ぱたりと障子が閉じられてから、音羽は崩れるようにその場に座り込んだ。
「胡散臭い男って……随分な言われようですな」
「!!!!!!!」
突然何の前触れもなく、耳元で真白の声が聞こえて音羽は思わず後ずさる。
壁に背を付けた時、部屋の中央に真白が立っていた。父が去ってから一度も障子は開いていない。襖もだ。
一体何処から現れたのか。というか、いつからいたのか気になることが山程出てくる。
バクバクと暴れ回る心臓を押さえながら困惑する音羽をよそに、真白は昨夜と変わらない陰陽師の装束姿で辺りを練り歩いた。
「まさか、橘の大旦那が娘に説明していないとは。大雑把にもほどがあります」
音羽に聞かせているのか、それとも単なる文句なのか曖昧なことを呟く。
腕を組んで天井を見上げる真白の目を盗んで文机の前に移動した音羽は、筆を握って適当な和紙に殴り書いた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ましろ のろい とけないといった
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
殴り書いた和紙を突き付けながら、音羽は再び首に触れた。
この包帯の下に隠れているものなど、真白であればずっと前から気づいている。父が腕だけは確かだと称したこと、突然姿を現す様子を見ていれば信じられない話ではなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
でも とうさまはとけるとしんじてる うそつきはどっち
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二枚目の和紙を突き付けた時、真白の目の色が変わった。まるで、気づかれたくないことを気づかれてしまった怒りが目に滲む。
「姫様が信じたいと思う方を信じれば良いのでは?」
そうできないから問うていると言う必要はない。
何故なら、この陰陽師こそが嘘つきなのだと分かっているから。
真実を言ったら死ぬ陰陽師。死なないためには嘘を吐くしかない。つまり、真白が呪は解けないと言えばそれは嘘となる。
部屋を出た所で碌でもないものばかりが待っているというのも、嘘。
この包帯は怪我を隠しているわけではない。その下にある呪を隠すために巻かれたもの。
最も、巻くようになったのは最近になってから。
「呪の侵食が進んでいるだろう」
「……っ」
しゅるりと包帯を解けば、その下に隠れていた呪が顔を出す。
鎖骨辺りから、首全体を覆い隠す彼岸花の茎のような痣がある。それはまるで、咲きかけの彼岸花。
細い茎が喉元へ絡みつくように伸び、花弁だけが不気味なほど鮮やかに刻まれている。
――まるで、声を奪うために咲いた花。
「以前までこんな痣はなかった。だが、明らかに広がってきている。お前も気づいているだろう」
自身の首に手を添えながら、音羽は静かに頷く。
毎朝、鏡の前で身支度を整えるのだから気づかないはずがない。
「いつまであいつは私達に固執するのやら……呪いが解ける日は来るのか」
小さく小さく呟きながら、父は包帯を首に巻き直す。
朝に音羽が自分で巻いた時よりもきつく巻くと、色のない目を一瞬だけ音羽に向けた。
瞳の奥深くにある何かを見透かそうとする父の目が、深く音羽の目に焼き付いた。
「今日も外には出ぬように。庭にもな」
吐き捨てるように言い残し、逃げるように部屋を出ていく。
ぱたりと障子が閉じられてから、音羽は崩れるようにその場に座り込んだ。
「胡散臭い男って……随分な言われようですな」
「!!!!!!!」
突然何の前触れもなく、耳元で真白の声が聞こえて音羽は思わず後ずさる。
壁に背を付けた時、部屋の中央に真白が立っていた。父が去ってから一度も障子は開いていない。襖もだ。
一体何処から現れたのか。というか、いつからいたのか気になることが山程出てくる。
バクバクと暴れ回る心臓を押さえながら困惑する音羽をよそに、真白は昨夜と変わらない陰陽師の装束姿で辺りを練り歩いた。
「まさか、橘の大旦那が娘に説明していないとは。大雑把にもほどがあります」
音羽に聞かせているのか、それとも単なる文句なのか曖昧なことを呟く。
腕を組んで天井を見上げる真白の目を盗んで文机の前に移動した音羽は、筆を握って適当な和紙に殴り書いた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ましろ のろい とけないといった
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
殴り書いた和紙を突き付けながら、音羽は再び首に触れた。
この包帯の下に隠れているものなど、真白であればずっと前から気づいている。父が腕だけは確かだと称したこと、突然姿を現す様子を見ていれば信じられない話ではなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
でも とうさまはとけるとしんじてる うそつきはどっち
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二枚目の和紙を突き付けた時、真白の目の色が変わった。まるで、気づかれたくないことを気づかれてしまった怒りが目に滲む。
「姫様が信じたいと思う方を信じれば良いのでは?」
そうできないから問うていると言う必要はない。
何故なら、この陰陽師こそが嘘つきなのだと分かっているから。
真実を言ったら死ぬ陰陽師。死なないためには嘘を吐くしかない。つまり、真白が呪は解けないと言えばそれは嘘となる。
部屋を出た所で碌でもないものばかりが待っているというのも、嘘。

