まるで、そこに綴られた涙ごと隠してしまうように、文机の端に積み上げていく。
積み重ねた紙を軽く叩き、真白は「さて」と息を吐いた。
「では、諦めましょう」
「……?」
和紙の山に手を置いた真白は、貼り付けた微笑みを音羽に向けて言った。
その微笑みを見た音羽の頭上には疑問符が浮かぶ。握っていた筆を落として文机が汚れようと、その微笑みから目を逸らせない。
諦める、と確かにそう言った。
何の迷いもなく、脅すでも蔑むでもなく、淡々と事実だけを述べるように。
「外には出られません。呪いも解けません。この部屋から出たところで、待っているのは碌でもないものばかりです」
外の世界を知らない音羽にとって、外の世界を知っている真白の言葉が全てだった。
彼が外は素晴らしいと言えばそうなのだと信じるし、外は危険だ何だと言えば素直に恐れる。
だから、音羽は信じてしまいそうだった。
自分の理想が詰まっている外の世界に出て、待っているものは碌でもないものばかり。そんなことを信じたくはないのに、妙に納得してしまう自分がいた。
やはり、この男も同じなのだ。
期待させておいて、最後には突き放す。そういう人間なのだと。
「――だから」
視線を提げかけたその時、真白のやけに弾んだ声が聞こえて音羽は顔を上げた。
先程とは違う笑みを浮かべた真白と目が合う。
真白は嫌なことを思いついた子供のような顔で、囁くように言った。
「全部捨てて逃げましょうか」
「!!」
あまりにも自然に告げられた言葉に、音羽の思考が真っ白になる。
逃げる。
その発想自体、今まで一度も持ったことがなかった。
逃げてはいけない。
ここにいなければならない。
忌み子は外に出てはならない。それが当たり前だったから。
けれど、真白はそんな音羽の動揺など気にも留めない。
驚きに目を見開く音羽を見て、くすりと喉を鳴らす。
「橘も、呪いも、忌み子だなんだも」
まるで、大した価値などないものを並べ立てるように、真白は軽い口調で言った。
真白の薄情さに、音羽は息を呑む。
それは、自分を縛り続けてきたものであり、生まれた時から言い聞かせられてきたこと。
逆らってはならないもの。
恐れなければならないもの。
橘の娘として、忌み子として当たり前であったことを簡単に否定されてしまった。
なのに真白は、そんなものは取るに足らないとでも言いたげに笑っている。
「姫様を閉じ込めるには、少々退屈すぎる理由です」
真白はゆっくりと立ち上がると、閉ざされた障子へ視線を向けた。
その向こうに広がる屋敷を見透かすように、細く目を眇める。
「外には化け物がいる。呪われた者は嫌われる。だから閉じ込めておく――」
スパンと音を立てて勢いよく障子を開けると、振り返った真白は小さく肩を竦めた。
ずっと浮かべていた不敵な笑みは消え、力ない微笑みを浮かべている。
外から差し込む光が逆光となり、真白の姿を覆い尽くす様を音羽は見つめた。
「実にくだらない」
「……!」
くだらない、そんな言葉を陰陽師であり音羽の側近になる人が口にできてしまう。
今まで自分を縛り付けてきたものを、真白はたった一言で切り捨てた。
積み重ねた紙を軽く叩き、真白は「さて」と息を吐いた。
「では、諦めましょう」
「……?」
和紙の山に手を置いた真白は、貼り付けた微笑みを音羽に向けて言った。
その微笑みを見た音羽の頭上には疑問符が浮かぶ。握っていた筆を落として文机が汚れようと、その微笑みから目を逸らせない。
諦める、と確かにそう言った。
何の迷いもなく、脅すでも蔑むでもなく、淡々と事実だけを述べるように。
「外には出られません。呪いも解けません。この部屋から出たところで、待っているのは碌でもないものばかりです」
外の世界を知らない音羽にとって、外の世界を知っている真白の言葉が全てだった。
彼が外は素晴らしいと言えばそうなのだと信じるし、外は危険だ何だと言えば素直に恐れる。
だから、音羽は信じてしまいそうだった。
自分の理想が詰まっている外の世界に出て、待っているものは碌でもないものばかり。そんなことを信じたくはないのに、妙に納得してしまう自分がいた。
やはり、この男も同じなのだ。
期待させておいて、最後には突き放す。そういう人間なのだと。
「――だから」
視線を提げかけたその時、真白のやけに弾んだ声が聞こえて音羽は顔を上げた。
先程とは違う笑みを浮かべた真白と目が合う。
真白は嫌なことを思いついた子供のような顔で、囁くように言った。
「全部捨てて逃げましょうか」
「!!」
あまりにも自然に告げられた言葉に、音羽の思考が真っ白になる。
逃げる。
その発想自体、今まで一度も持ったことがなかった。
逃げてはいけない。
ここにいなければならない。
忌み子は外に出てはならない。それが当たり前だったから。
けれど、真白はそんな音羽の動揺など気にも留めない。
驚きに目を見開く音羽を見て、くすりと喉を鳴らす。
「橘も、呪いも、忌み子だなんだも」
まるで、大した価値などないものを並べ立てるように、真白は軽い口調で言った。
真白の薄情さに、音羽は息を呑む。
それは、自分を縛り続けてきたものであり、生まれた時から言い聞かせられてきたこと。
逆らってはならないもの。
恐れなければならないもの。
橘の娘として、忌み子として当たり前であったことを簡単に否定されてしまった。
なのに真白は、そんなものは取るに足らないとでも言いたげに笑っている。
「姫様を閉じ込めるには、少々退屈すぎる理由です」
真白はゆっくりと立ち上がると、閉ざされた障子へ視線を向けた。
その向こうに広がる屋敷を見透かすように、細く目を眇める。
「外には化け物がいる。呪われた者は嫌われる。だから閉じ込めておく――」
スパンと音を立てて勢いよく障子を開けると、振り返った真白は小さく肩を竦めた。
ずっと浮かべていた不敵な笑みは消え、力ない微笑みを浮かべている。
外から差し込む光が逆光となり、真白の姿を覆い尽くす様を音羽は見つめた。
「実にくだらない」
「……!」
くだらない、そんな言葉を陰陽師であり音羽の側近になる人が口にできてしまう。
今まで自分を縛り付けてきたものを、真白はたった一言で切り捨てた。

