嘘言〜声を失った姫と嘘つき陰陽師の邂逅〜

 声が、出ない。

 喉に触れても、そこにあるはずの震えは返ってこなかった。息は漏れるのに、音にならない。何度試しても、ただ静寂だけが落ちる。

 呼びたかった名前がある。伝えたかった言葉がある。けれど、それらはもう何処にも届かない。

 ――声を発せば、命が削れる。

 そう告げられたあの日から、言葉を捨てた。
 紙と筆だけが、生きていて許される世界になった。

 擦れる音だけは、辛うじて“声”の代わりで。

 それでも、想いは零れる。
 書いては消し、書いては伏せる。誰にも見せられない言葉ばかりが、増えていった。

 屋敷の庭は、今日も静か。
 風が枝を揺らし、花弁がひとひら、音もなく落ちる。その様をただ見つめるのが好きだった。

 音のない世界。

 それは、あまりにも穏やかで、あまりにも残酷だった。

「随分と呆けた顔をしていらっしゃる」

 出会いは、夢などない最悪なもの。

 陰陽師の装束を纏いながら、その佇まいは何処か歪んでいる。整った顔立ちに浮かぶのは、嘲るような笑み。

「どうせ何も言えぬのでしょう? ならばその顔も、無意味ですね」

 初めて顔を見た時、開口一番に言われたのはそんな言葉。
 何を言っているのか分からなくて、けれど何を言っているんだと声に出せなくて。

 そんな時、陰陽師の彼は文机の上の紙を見た。

 そして、筆を取った。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


俺は本当のことを言えません。なので、筆談で。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 これは彼との秘密。
 
 声を失った姫と嘘しか吐けない陰陽師は、紙の上でだけ本心を語れる。

 いつの日か、
 本当の想いを声に出せる日が来ることを願って。