甘ったるい香が漂う一室で、紫煙がゆらりと揺れた。
「それで、どうなった?」
「……それが、どれだけ森の中を探しても見つからぬのです」
「見つからぬ? どういうことだ」
咥えていた煙管を放り投げ、深麗は畳を強く叩く。
その音にビクリと身体を震わせた深冬は、深く頭を下げたまま続けた。
「森中隈無く探しても、深雪の遺体が何処にも……」
数日、深雪をたった一人で任務に向かわせてから消息が途絶えた。
黄泉守の神社がある森には、一体に結界が張られている。黄泉守の巫女がその結界を任務以外で破ることはご法度。
森に住まう妖を人里に放たぬように貼られた結界は、当主の深麗しか解くことができない。
無理矢理にでも破ろうとすれば、その場で呪われ死ぬ。
「森の外に出たとでも言うのか?」
「そ、そういうわけではありませんが……これだけ探して見つからないとなると、それしか」
深冬は顔を上げない。上げれば、何を見せられるか分かっているからだ。
返答はない。
ただ、微かに衣擦れの音だけが耳に届く。
「……はあ」
苛立ちでも、怒りでもない。感情を削ぎ落とした、ただの吐息を吐き出す。
だが、それが返って場の温度を下げた。
「厄介だ」
言いながら、深麗は煙を細く吐き出した。
その声音は淡々としている。評価をなぞるだけの、温度のない言葉。
これまで幾度となく口にしてきたそれと、何も変わらないはずの響きを宿していた。
「確かに、あれは“失敗作”」
深冬は顔を上げないまま、息を詰める。
“失敗作”。
そう断じているのに、その一言だけでは片付かない何かが、確かにそこにあった。
かつてはどの姉達からも愛されていた娘。けれど、その姉達が死んだきっかけを作った娘でもある。
「妖も祓えない。役にも立たない。おまけに甘い」
“不要”であるはずのものに、“放っておけない理由”がある。
問いを口にしてはならないと分かっているのに、思考だけが先に辿り着いていた。
何故。
何故、あれほどまでに切り捨てていたものを——。
「だが、“あれ”を野に放つわけにはいかない」
「……あれ、とは」
深冬は息を詰めた。問いを発したのは自分だというのに、続きを聞くのが怖い。
知らないままでいた方がいいと、本能が告げている。
それでも、ここで目を逸らせば、さらに深く叩き落とされることも分かっていた。
顔を上げられないまま、僅かに視線だけを動かす。
畳に落ちた影が、ゆらりと揺れていた。
「気づいてないのか、お前達は」
くす、と、押し殺したような短い笑いが零れる。
愉快そうでも、可笑しそうでもない。
ただ、あまりにも理解していない者を前にした、諦めにも似た響きだった。
「深雪は——“祓えない”のではない」

